30話 飛躍


「「……」」


 あれから俺とリリは、左右を歩く兵士たちに挟まれる格好で連れられ、正面奥に見える王城へと向かっていた。


 兵隊に対して一体なんの罪状なのかと何度も問いかけるも、『黙ってついてこい』『話はあとだ』等、決まり文句を返されるばかりだった。


 それでも、ロープで縛られるようなこともなかったので、どうやら犯罪者としてではなさそうなのでホッとした反面、何か胸騒ぎめいたものを覚えていたのも事実だ。面倒なことにならなきゃいいが……。


 それから見慣れない地区をどんどん進んでいき、やがて王城へとつながっていく城門や、その先の上り坂が見えてきた。


 俺は密かにリリと自分に【歩き屋】スキルを使ってるからそんなにきつくないが、もうかなりの距離を歩いてるんじゃないかと思える。


 とにかく広い面積を誇る王都フォーゼリアにおいて、北部の王城周辺は治安が一番良いとされる地区なだけあり、この辺りは『桃源郷』のある貧民街はもちろんのこと、よく通ってる商店街ですら比べ物にならないほど洗練されていると感じた。


 何より歩いてる人の服装からして違うし、表情だって憎たらしいくらい明るい。まあこういうところでも、エルフとか一部の有名な犯罪者が暴れたら死者は沢山出ると思うが、なんせ王城が近い地区なだけに兵士たちも全力で来るだろうし、お互いに危ない橋は渡らないという意識が、この最高の治安を生み出してる大きな要因なんだと思う。


 それにしても、一体どこまで行くつもりなんだろう? まさか、王城までは行かないだろうし……。


「……」


 そういえば、城のすぐ近くに処刑広場なんてのがあったような……。最悪の事態を想定して背筋が寒くなってくる。でも、それなら逃げられないようにロープで括るくらいはするはずだし、何より罪状が思いつかない。


 ただ、こうして連行されている以上、そういった可能性を完全には排除できない上、ここまで来たらもう逃げるのは容易ではないという事実が胸を圧迫してくるが、俺たちは幾度も危機を乗り越えてきたんだ。だから今回も大丈夫のはず――


「――え、ここは……」


「「「「「黙ってついてこい!」」」」」


「……」


 それからほどなくして、俺とリリは王城へ向けての門を潜り抜けることになった。一層物々しい警戒態勢の中、不思議な感情を引き摺ったまま坂道を上っていく。なんで俺たちがこんなところにいるのか想像もできない。


 処刑広場が間近に迫っていることもあり、振り返れば素晴らしい景色を見下ろせるのに、そんな余裕すらなくて頭の中が真っ白になりそうだった。もし俺たちを処刑するということが確定的な状況になれば、戦闘用のスキルシミュレーションはしてあるので、そのときは国を敵に回してでも戦うしかないだろう……。


「「「「「――入れっ!」」」」」


「「っ!?」」


 歩きながら、あれこれと考え事をしていたときだった。兵士たちの怒号で、俺はリリとはっとした顔を見合わせる。ここは、まさか……。


 兵士たちに押し出されるようにして入った場所は、隅々まで高級感を主張する奥行きのある空間で、中央に敷かれた赤い絨毯の先には、豆粒のように小さく見える玉座があった。


「……こ、こ、ここは……え、謁見の間、だ……」


「……う、う……嘘ぉ……」


 俺たちの声がビブラートするのも当然で、玉座には現国王のジュリオール14世が鎮座していたのだ。


「「「「「――ひざまずけっ!」」」」」


「「……」」


 俺とリリは玉座から少し離れたところまで歩かされたあと、王様の前でひざまずくことになった。


 この状況、本当にわけがわからない。この国の王が俺たちに一体なんの用事があるっていうんだよ。いくらなんでも飛躍しすぎだろう。自分たちを誰かと間違えてないか……?


「お主たちが、なんでも解決屋のフォードとリリで相違ないであろうな……?」


「「は……ははあっ……!」」


 おいおい、俺たちで間違いないのかよ……。まるで夢の中の出来事みたいだが、一向に覚める気配がないのでどうやら現実らしい。


「お主たちのことは……ブツブツ……」


「「えっ……?」」


 今、王様が何を言ったのかよく聞こえなかった。


「ブツブツ、ブツブツブツ……」


「「……」」


 な、なんだ? 何か言ってるのはわかるが、声が小さすぎて聞き取れないぞ。王様に対してこれ以上近付くわけにもいかないし、どうしようか……。


「お、王様はこの通り、ゆえ、聞き取り辛くなるときがあるのだ。なので、大臣であるこの私が代わりに話をしよう」


 王様の傍らにいる垂れ目の男が、おもむろに前に出て来てそう告げてきた。声が小さいなんてレベルじゃないと思うが、自分じゃ気付いてないっぽい。それでも、代わりに大臣が話してくれるなら助かる……。


「大臣、余計なことを……ブツブツ……」


「は、ははあっ……」


 王様に睨まれて、大臣が青い顔で引っ込んでしまった。あくまでも王様は自分で話がしたいタイプなんだろうが、これじゃ聞こえないし返事もろくにできそうにもない。困ったな……って、そうだ。俺は【声量】スキルを王様に使ってみせた。


「――民から支持を集めていると聞く。そこでだな、お主たちにお願いしたいことがあるのだ……」


 よしよし、聞こえるぞ。これなら問題ない。大臣がびっくりした顔で王様を二度見しているのが印象的だった。


「これよりおよそ三月後に、隣国との重要な交渉があってだな……同盟関係を締結させるためにも、どうしても成功させたい。それはお主たちにもわかるな……?」


「「は、はっ……!」」


「そこで、交渉の際の出し物の一つとして、お主たちのなんでも解決屋の力を貸してほしいのである」


「「え……えぇっ……?」」


「ん、不服か……?」


「「い、いえっ……!」」


 おいおい……ここに来るまで胸騒ぎがしていたが、的中してしまってる。これは失敗したら即座に首が飛ぶやつだ。けど、だからって拒否なんてできるはずもないし……。


「お主たちの力を疑うわけではないのであるが……万に一つでも間違いがあってはいけない。そこでだ、一月だけでよいので、都で最も治安の悪い地区、すなわち郊外のスラム街にて、なんでも解決屋としての仕事を全うしてもらいたいのだ……」


「「……」」


 おいおい、嘘だろ……。


「不服か……?」


「「い、いえっ……!」」


 おそらく王様はこう言いたいんだ。俺たちの仕事は、比較的安全な場所だからできたことで、出し物にする前に力を試そうって腹積もりなんだろうが……いくらなんでも無謀すぎる。


「では、お主たちの健闘を祈るぞ……ブツブツ……」


「「は、ははあっ……!」」


 どうやら【声量】の効果が切れてしまったらしい。スキルの効果も相性があるのか、人によっては長引くものとそうでないものがあるみたいだから複雑だ。


 それにしても、またとんでもないことに巻き込まれてしまったもんだ。リリとともに額突きつつ、俺は今にも意識が飛びそうになっていた。


 郊外にある巨大なスラム街は魔境とも呼ばれ、都だけでなく、国内のあらゆる犯罪者どもが集結していて、なおかつ縄張りも多いと聞く。そんな場所で一月もなんでも解決屋をやるなんて、本当にできるんだろうか……。

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