31話 送別会


「「「乾杯っ……!」」」


 俺とリリとウサリアの、若干元気のない声が室内に響く。


 一月だけ、最も治安の悪い地区――郊外の巨大なスラム街――へと出張することになった俺たちは、例のボロ宿『桃源郷』にて送別会を開いている真っ最中だった。モモも仕事が終わる頃だし、もうそろそろ来るんじゃないかな。


 稀に言葉を交わす程度でしんみりと飲み合ってて、気付けば夜になっていた。出発は明日の朝だからいよいよもうすぐなわけだが、悪いことばかりじゃない。


 スラム街に駐屯地はないが、教会はあると聞く。つまり、神授石が落ちている可能性があるということ。少なくとも、ゴミスキルでも価値が高まったために拾えなくなった都内の教会周辺よりは。


 それに、よっぽど良いスキルじゃないとあの魔境で人生を逆転させるのは難しいから、割りと良いスキルが封じられた神授石でも捨てられてるかもしれない。


「「「「……」」」」


 俺もそうだが、みんな黙り込んじゃってるな。別れが近付くと、こうも言葉を出すのが億劫になってしまうものなのか。何を言っても、寂しさが見え隠れするような気がして、それでためらいがちになってしまうんだろう。


 ただ、別れのときは確実に迫ってるわけで、その前に何か話さないとな。時間は待ってくれない。


「ウサリア、常連客のモイヤーの件はあれからどうなったんだ?」


「あ、はいっ、モイヤーさんは顔が戻ったこともありますけど、店長のウッサさんに謝ったことで出禁を解除されて、以前のようにお店に来てくださってますよぉー」


「おー、よかったな」


「だねえ……おえっぷ……」


「だから、リリ……無理して飲むなって」


「さっ、最後の酒宴になるかもだからねっ……」


 オーバーだなあ、リリは……。


「ふふっ……。でも、最近になって少し困ったことがあるんですよ……」


「「困ったこと……?」」


「はい……。それが、モイヤーさんったら今はウッサさんに夢中みたいで、毎回猛烈なアタックをするので彼女も困っているそうです……」


「「あはは……」」


 モイヤーは惚れやすいタイプなんだろう。それでも、今度は獣人か。どうやら兎系に執着してるみたいだな。


「で、ウッサにも片思いの人がいるとか?」


「はいっ。なんと……ウッサさんもフォードさんのことが……」


「え、えぇ……?」


 これはまさかの展開……。そういえば、食事中にカウンターの奥から粘つくような視線を感じることがあったような気はする。


「フォードったら、モテモテだねえ」


「ですねえ。フォードさんは女たらしさんですっ」


「おいおい……」


 リリとウサリアが結託しちゃってるな。意外とこの二人、相性がいいのかもしれない……。


「――フォードお兄ちゃんの本命は私だもんっ!」


「あっ……!」


 モモが部屋に入ってくるなり、飛びつくようにして俺に抱き付いてきた。この様子だと、扉の前で自分たちの話を聞いてたっぽいな。この宿はドアはもちろん壁も薄いから、よく隣の部屋の会話とかも聞こえてくるんだ。それにしても、やっぱりモモは三角巾とエプロンがよく似合う。


「モモッ、残念だけどさ、フォードはあたしのものだから、もう遅いよ!」


「はあ? 遅くなんかないもん! リリの阿婆擦れっ!」


「ちょっ!? モモ……どこで知ったんだい、そんな乱暴な言葉っ!」


「えへへっ! 逃げろぉっ!」


「待ていっ!」


「……」


 最早恒例行事となった、リリとモモの追いかけっこが始まってしまった。ぐおお、目が回る……。


「ふふっ、リリさんもモモさんも、仲がよろしいですねえ」


「あ、あぁ……しばらく見られそうにないのが残念だが、それでも一月だけだから……」


「はいっ……。あの、フォードさん、必ず帰ってきてくださいね」


「ああ、ウサリア。この宿にまた泊りたいし、人参ハンバーグも食べたいしな」


「ふふっ。フォードさんのために、特別に量を増やしておきますねっ」


「おおっ、ありがとう。ウサリアは本当に優しいなあ」


「はうぅ……嬉しいです……」


「……」


 ん? なんか凄く熱を帯びた視線を感じると思ったら、モモとリリが絡み合ってて、キメラモンスターみたいになってこっちを恨めしそうに見ていた。これはいかにも強敵だな。


 さて、寝る前に少しスキルシミュレーションをやるか。厳しい場所に行くことになってからさらに綿密にやるようになってて、最近はそれが日課なんだ……。




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 ボロ宿『桃源郷』の一室では、神妙な表情で壁に耳を当てる四人の姿があった。


「――今の話、聞きましたか、アッシュさん、パルルさん、グレイシアさん……」


「あ、あぁ、ハロウド、聞いたぜ。微生物野郎のフォードが、王国から実力を試される格好で一月だけ郊外のスラム街へ行くってんだろ」


「はー、すっかり大物ぶっちゃって、生意気ーっ! 一月どころかぁー、一週間も耐えられるわけないのに……!」


「まったくですわ。名のある冒険者ですら、あそこへ行って帰還した者など皆無だったからこそ、魔境とまで呼ばれておりますのに……」


「というわけですので、みなさん、僕たちもフォードさんたちについて行くとしましょう!」


「「「えっ……?」」」


 ハロウドの言葉に、メンバーが揃って呆然とした顔になる。


「みなさん……見たくないのですか? 魔境でフォードさんが破滅するところをっ! まさにこの上ない、最高のショーではありませんかっ……!」


「い、いや、それはそうだけどよお、ハロウド……魔境へ俺たちも行くって、それってこっちにも危険が及ぶってことだろ? いくらなんでもあそこはやべーって……」


「パ、パルルもアッシュの意見に同感なのっ。あんなところへ行くのはぁ、いくらなんでも怖すぎだよー!」


「アッシュとパルルの言う通りですわ、ハロウド……。あんな危険地帯にわたくしたちまでついて行くというのは、それこそ本末転倒ですことよ……」


「フッ……みなさん、切れ者の軍師がここにいることを忘れちゃいませんかね?」


 メンバーから次々と上がる不安の声に対し、ハロウドがかわすように涼し気に笑ってみせた。


「殺意さえも感知できる僕の【魔術】スキルさえあれば、あらかじめ危険人物を回避できますし、何よりフォードさんたちが一月の間生存してしまうという、万が一のことがあってはなりません。つまり、彼らにとどめを刺す最後の矢として、魔境へと赴くのです……」


「「「……」」」


 ハロウドの静かな物言いは、仲間たちにそれ以上何も言わせないほどの迫力を孕んでいた……。

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