12話 指捌き
「……」
恐怖のあまりか、自分の額から汗がポタポタとこぼれ落ちていた。
追い詰められすぎたためなのか、スキルでデバフでもかけられたかのように視野が極端に狭くなっているのがわかる。
俺よ、考えろ……。こういうときこそ頭をフル回転しないといけない。【希薄】スキルを自分たちに使い、存在感を消した上で逃げるという選択肢が俺の脳裏に浮かぶが、もし捕まった場合は死が確定してしまうことになる。
なんせ、エルフという種族は人間よりも身体能力が高いだけでなく、気配を感じ取る力も抜群に優れてるらしいし、小細工を見抜かれてすぐに殺されてしまう可能性が高いように思う。なので、どう考えても逃げるのは悪手だ。
「まさか……お前たちはなんでも解決屋だというのに、そんなこともできないというのか……?」
エルフの口から発せられる美声には、全身の毛が逆立つんじゃないかと思えるほどの圧が孕んでいた。
「……な、ななっ、なんとかします……い、いや、する。絶対に……」
押されてばかりではダメだと感じて、俺はエルフの目を睨むようにして声を絞り出す。
「ほう……どうせ逃げ出すくらいに思っていたが、お前……人間にしては割りと度胸がありそうだな」
「……」
正直、滅茶苦茶怖いしハッタリだった。虚勢だった……。それでも、ほんの少し……極めて僅かな量、指で摘まめる程度ではあるが、認められているという成分を感じ取ることができた。
そのおかげか圧が減り、俺は冷静さというものを徐々に取り戻していった。そういうわけで、なんとかするべくスキル群を眺める。
【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】……といった具合に、幅広い問題に対処しやすいよう、元の状態に戻しておいたものだ。
さあ、ここから何を選択するかで明暗がくっきりと分かれることになるだろう。残された時間は、おそらく想像以上に少ない。冷静沈着に、今何が必要なのかを判断するんだ……。
「……は、針と糸は……?」
「それならここにある」
エルフから、服の生地と同色の毛糸と針を渡される。あとは、いかに手が震えることなく正確に縫合していけるかなんだが、それははっきりいって難しい。
何故なら、首元に刃物をあてがわれた状態でやるようなものだからだ。頭の中ではいくら冷静になろうと努めても、そんな危うい状況だと体はすんなり言うことを聞いてくれないので、スキルでどうにかするしかないだろう。
なんとか手が震えないようにしたいんだが、小刻みに震えてしまっているし、短時間では収まりそうにもない。
「遅いな。まだなのか……?」
「……あ、も、もう少しだ……」
「だったら早くしろ」
「……」
エルフから怪訝そうに顔を覗き込まれ、心臓をわしづかみにされたような気分になる。指の震えは増すばかりだ。これを視力や聴力のように矯正できたらいいんだが、残念ながらそういうスキルはないし、一体どうしたら――って、そうだ。
【降焼石】というスキルは元々二つのスキルから生じていて、そのうちの一つは指に関するものがあったはず。というわけで【分解】すると、【火の挑発】と【石好き】になった。【火の挑発】は下に向けた親指から火が降るという効果だ。
これと、【正直】を崩してつなぎ合わせれば……よし、【
早速使ってみると、指先の震えがピタリと止まって驚く。これならいけるはずってことで、早速縫合を開始する。いいぞ……自分でも驚くほど綺麗に縫えた。正直、あっさり終わりすぎたから物足りないくらいだ。
「――ほほう。実に器用な指の動きだ。なんでも解決屋というのはダテじゃないな。助かったぞ。いくらだ……?」
「ど、銅貨10枚で……」
「銅貨10枚だと? 安すぎる。これをやろう」
「えっ……」
エルフから貰ったのは、なんと銅貨100枚分に相当する銀貨1枚だった。
「ん、不満か?」
「い、いえっ、最高っす……」
「ははっ、気に入った。ちなみに、私の名はレティシアだ。お前の名はなんという?」
「お、俺はな、フォードっていうんだ。と、隣にいるのは、助手のリリ……」
「そうか。ではフォードとリリよ、またお前たちに会える日を楽しみにしている……」
「……こ、こちら、こそ……」
エルフは凛々しい顔を近付けてきて、よく見ていないとわからないほど薄く笑ったあと、身を翻して颯爽と立ち去っていった。本当に、嵐が去った直後のような感じで力がどっと抜ける……。
「は……はあぁ……リ、リリ、お前も黙ってないで何か喋ってくれよ……」
「……ご、ごめんよ、フォード。あたし、怖すぎて声が出なかったし、ちびりそうだったよ……」
まあ、リリの気持ちもわかるけどな。エルフに対して失言でもしようものなら殺されるし。それこそ王城近辺で虐殺事件でも起こさない限り兵士たちが動くようなことなんてないわけだから、自分たちでなんとかするしかなかった。
「今日はもう疲労困憊だし、充分稼いだからな。この辺で店を閉めるか」
「んだねえ……お詫びに宿で肩を揉んであげるよっ」
「お……それじゃあ、俺がもういいって言うまでやってもらうからな」
「あいあいっ!」
こうして辛うじてピンチを脱した俺たちは、いつものボロ宿『桃源郷』に向かって歩き始めるのだった。なんだかんだいって、やっぱりあそこが一番落ち着ける場所だしな……。
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