13話 手段


「「「「……」」」」


 商店街の一角にある建物の陰にて、なんでも解決屋からエルフが立ち去る様子を、呆然とした顔で見やるアッシュ、ハロウド、パルル、グレイシアの四人。


「な、なんなんだよ、フォードのやつ……微生物野郎のくせに、エルフを相手にして生き残りやがった……」


「し、信じられません……。普通の人間であれば、あの膨大な殺気を浴びせられて服を縫うなんてことができるはずもないというのに、なんという胆力。化け物ですか……」


「もー! パルル、つまんなーい……!」


「本当に……フォードという男はきっと、悪運だけは強いタイプなのですわ……」


 この上なく悪い空気に包まれるパーティーだったが、まもなくハロウドがはっとした表情で掌をポンと叩く。


「今回はフォードさんにしてやられた格好ですが……たった今、を思いつきました……」


「「「えっ……?」」」


「どうぞみなさん、僕に耳をお貸しください……」


 ハロウドに耳打ちされるアッシュたちの顔には、波紋の如く次々と笑みが広がっていった。


「うおおおおぉっ! どう考えても名案じゃねえかっ! まさに一石二鳥ってやつだなあ。さすが軍師ハロウド!」


「軍師ハロウドなのー!」


「さすが軍師ハロウドですわね」


「フフッ……フォードさんには意外と度胸があり、運もよかった。それは認めます。認めますが……ここまでです。喜べるのは今のうちだけ……。頭脳の差というものを、いずれ近いうちに嫌というほど思い知ることになるでしょう……」


 長髪を掻き分けるハロウドの目に、不気味な光が宿った。




 ◆◆◆




「「乾杯っ!」」


 俺はボロ宿『桃源郷』の一室にて、リリと盃を合わせた。酒についてはそこまで得意なほうじゃないんだが、こうしてたまに飲むと結構旨いんだ。


「いやー、仕事のあとの一杯は格別だな……」


「だ、だねぇ……ウプッ……」


「お、おいおいリリ、酒が苦手なら無理するなって」


「た……確かにさ、苦いから苦手だけど、折角の祝いの席だからね。頑張ってフォードに付き合うよ……!」


「ははっ……リリは15歳なんだろ? もう洗礼を受けられるような立派な大人だってのに、まだまだガキだなあ」


「しょっ、しょうがないじゃないのさぁ……。15歳だけど、こんな貧弱な体だし……うえっぷ……」


 リリのやつ、ちょっとしか飲んでないっていうのに、もう目が据わってきやがった。


「それにしても、本当に一時はどうなるかと思ったなあ」


「あははっ……ひっく……そうだねえ……。エルフが出てきたときはさ、さすがにもうやられるかと思ったよ……」


「あれはなあ……本当に予想できなかったし、誰だってそう思うだろう……」


 ただ、あの件については未だに腑に落ちない点がある。なんでも解決屋を始めたのはつい最近だというのに、稀にしか見る機会のないエルフにまで知られていたことだ。


 あのあと、一応武具屋周辺を探ってみたところ、結局貼り紙は見つからなかった。噂話でも耳に入ったんだろうか。とにかく、どうにもきな臭さを感じるし気をつけたほうがよさそうだな――


「――だぁれだっ」


「あっ……」


 後ろから誰かに目を塞がれたわけだが、声でわかる。


「モモ」


「あったりー! 今日はね、非番だから遊びに来たんだよぉっ」


 手を離してくれたモモが、俺の前に来て笑顔でクルッと回ってみせた。お下げ髪にワンピース姿だ。確かに非番ということでいつもの三角巾とエプロンをつけてないからか、雰囲気がガラリと変わってる。


「そうかそうか……って、あれ? モモ、当たったのに何か賞金はないのか?」


「そんなのないよ? 代わりに罰金が欲しいくらい……」


「へ……?」


 罰金? なんのことだと思ったら、モモが急に拗ねた様子で床を弄り始めた。


「だってぇ、フォードお兄ちゃん、最近遊んでくれないんだもん。前はお風呂とか一緒に入ってくれたのに……」


「マ、マジかい、フォード……」


「お、おいリリ……子供と風呂に入ったってだけでそんなに驚くなって――」


「――子供じゃないもん! 胸だってほら、最近出始めたんだよ……?」


「……」


 あんまり変わらないと思うんだが、それを言えるような空気じゃなかった。


「あははっ……! ぺったんこじゃないか。胸ならまだあたしのほうがあるよっ」


「私のほうがおっきいもんっ!」


「イテテッ!? こ、このおっ!」


「えへへっ!」


 太腿をつねられたこともあって、リリが犯人のモモを追いかけ始めた。


「……」


 二人とも、俺の周りをグルグルと忙しく回り始めたもんだから、酔いも手伝って目が回りそうになる。


「それっ! 捕まえたよ!」


「ひゃっ!」


 リリが俺の予想通り【足掬い】でモモを転ばせると、倒れたところに覆い被さって脇腹をくすぐり始めた。


「モモッ、もう許さないよおっ!」


「きゃっきゃ!」


 あれ以降、二人とも打ち解けたのか仲がよくなったんだよな。家族を殺されたモモと、親に捨てられたリリでは違いはあるが、どっちも寂しいという点では共通してるんだと思う。


 ちなみに俺はというと、親父とは喧嘩ばかりだったが、お袋とはさほど仲は悪くなかった。それでも、親父はとにかく自分の非というものを頑なに認めない男だったから、どうしてこんな糞親父なんかと一緒になったんだって、一時期はお袋共々恨んだもんだ。今頃どうしてるだろうか……。


「……」


 なんだかやけに眠くなってきた。いつもは夜になってもしばらくは目が冴えてるんだが、久々に旨い飯と酒にありつけたからっていうのもあるんだろう。


「お前たち、明日も早いしそろそろ寝るか」


「「うんっ!」」


「……」


 二人とも、じゃれ合ってるうちにそうなったんだろうけど、面白いくらい縺れ合ってるなあ……。




 翌朝、軽く朝食を済ませた俺とリリは、いつもより少し早めに教会へと出かけることにした。昨日のエルフの件で痛感したんだ。もっとスキルを増やして選択肢の幅を広げておかないと、命が幾つあっても足りないんじゃないかって。


「ふわあ……フォード、あたし、まだ眠いよ……」


「我慢しろ、リリ」


「ふぁい……」


 ゴミスキルの可能性が高い神授石とはいえ、最低でも銅貨1枚の価値はあるわけで、乞食とかに拾われる可能性を考えるとなるべく急ぎたかったんだ。


 ――よし、教会が見えてきた。


「さー、リリ、気合入れて拾うぞ!」


「あいよっ……!」


 朝陽に照らされる教会へ向かって意気揚々と駆け出し、その周囲を探り始めた俺たちだったものの、すぐにに気付かされる格好になった。浅く掘り返されたような、荒らされた痕跡がちらほらと散見できるんだ。ま、まさか……。


 俺はリリとはっとした顔を見合わせたあと、急いで神授石を探し始めたわけだが、どこにも見当たらなかった。


「――ないな……」


「ないねえ……」


 嫌な予感が的中してしまった。普段放置されてるはずの神授石が、一つも落ちてなかったんだ。よっぽど金に困った乞食の仕業か……?


 事情はわからないが、とりあえず今日は手持ちのスキル群でいくしか――って、そうだ。いいことを思い付いた。を使えば、すぐに神授石を手に入れることができるはずだ……。

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