14話 溜まり場
「――あれっ、フォード、どこへ行くのさ? こっちは商店街のほうじゃないよ……?」
俺の背後を任せているリリのほうから、いかにも怪訝そうな声が飛んできた。
「リリ、ついに気付いたか? クククッ……どこへ行くかは、これからのお楽しみってやつだ……」
「まーた勿体ぶっちゃってるよ、この人……。さっさと教えちゃいなよっ」
「さぁーな? ある意味、パラダイスかもしれない……」
「もー、気になるじゃないのさぁ……」
俺は口笛を吹きつつ、リリの尋問を煙に巻く。当然、そのタイミングで【足掬い】をされるのもお見通しだ。
「ん、リリ、今何かしたか?」
「むー……」
そんな他愛もないやり取りを交わしつつ、二人でしばらく歩いていると、やがて目指している目的地が見えてきた。
「――あ、あそこは……」
俺たちの前に姿を現わした、堂々たる円形の建造物を見て、リリがたじろくのも無理はないかもしれない。
あれは冒険者ギルドといって、各地の荒くれ者が集まる場所であり、周辺の治安については、この王都フォーゼリアの中でもかなり悪いほうだからだ。
なんせ、前国王であるジュリオール13世の、『冒険者ギルドは巨悪の巣窟』発言により、今まで189回も破壊されてきたところだからな。
それでもああして復活しているのは、現在の国王が怠け者だってこともあるし、決してあきらめない冒険者たちの不屈の魂があったからこそだといわれている。ただ、俺も冒険者だからわかるが、多分実際はそんな大層なもんじゃなくて、日々の生活がかかってるってのが一番大きいんだろう。
「フォ、フォードォ、なんだってあんな物騒なところへ行くのさ……」
不満を言いつつも、俺の手をしっかり握りしめてくるリリ。
「大丈夫だって。俺がこうして側にいるし。ただ、ああいう場所に行くのに今の姿は小奇麗すぎるからちょっと汚さないとな」
「へっ……?」
リリの頭を乱暴に撫でて、髪をボサボサにして服も少しはだけさせてやる。ヒーッと小さな悲鳴を上げたが、俺のやってることを察したのか抵抗はしなかった。裕福そうな見た目の子供は身代金目的で狙われやすいし、誘拐されるようなことはなるべく避けたいからな。
まあ俺自身、ここで募集した仲間たちに追放されたり、エルフのバラバラ殺人を目撃したりと、あまり良い思い出がないのも確かだが、今回は長居するつもりもないので大丈夫だと思う。
「とにかく俺から離れるなよ、リリ」
「あ、あいよ、フォード……」
リリのやつ、手が震えちゃってるな。まあ、あの物騒なフラッグ――錆びたナイフが頭蓋骨のこめかみを貫通した様子が描かれた旗――を見てもわかるように、基本的にまともなやつらが集まる場所じゃないからな。
「「……」」
俺たちがギルドの中へ足を踏み入れると、待ってましたと言わんばかりに無数の鋭い視線が突き刺さってくるのがわかる。
「いいか、リリ……絶対に怯むなよ。堂々としてるんだ」
「わ、わかったよぉ……」
「……」
リリのやつ、怖いものを目にした幼女みたいに縮こまってるな。このままじゃまずい。
「とにかくハッタリでもいいから笑うんだ。それとだな、睨んでくる相手に対して、自分を食べるつもりか? 逆に食ってやるぜって言いたげな凄みのある笑顔を作れ」
「こ、こうかな……?」
「そうそう。引き攣ってるけどそれでいい。ここじゃ不敵な笑みを浮かべるくらいでちょうどいいんだ」
少しでも隙があれば付け入ってやろうってやつらばかりだからな、ここは……。手を出したら痛い目に遭いそうだと思わせないといけない。
「――お客様、こんにちは。ギルドカードはお持ちでしょうか?」
まもなくカウンターに到着して、受付嬢から声をかけられる。彼女は口元にほくろのあるスタイリッシュな美人だが、どことなく怪しげな空気を醸し出していて、手を出したらヤバそうな臭いがプンプンと漂っていた。
実際、受付嬢に手を出したことで、それ推しの冒険者からリンチされて殺されるなんてのも珍しくないので、それ相応の覚悟がなければ関わりを避けたほうが無難だろう。
「あぁ、この前の騒動でうっかり紛失しちゃったから再登録をお願いしたい」
ちょうど、ギルド前でエルフによる冒険者の殺戮があったときだ。混乱の最中に落としてしまったんだ。
「かしこまりました。では、こちらに手を翳してください」
受付嬢に言われた通り、凝魔石で作られた平らな石板に手を翳すと、血管のような複雑な光を発し、その下に置かれたカードに自分の情報が刻まれていくのがわかる。紛失した場合でも、これを通すことでギルドカードを再取得できるんだ。このカードがないと、依頼書を出すことも受けることもできないからな。
「――これがギルドカードです。銅貨10枚になります」
「ありがとう」
「フォードって、Fランクなんだねえ」
「お、おいおい、勝手に覗くなよ、リリ……」
「Fって凄いのかい?」
「最下級だよ」
「ご、ごめっ。あたし、そんなの知らなくてさ……」
「まあそれでもFランクが普通っていうか、一般の冒険者レベルなんだけどな」
「そうなんだ……」
ランクの信用性を上げるためってことで、依頼を100回はこなさないと昇級できないようになってるため、冒険者の大半はFランクだといわれてるんだ。俺は真っ新な依頼書を手に取ると、そこに細かく条件等を書き込んでいく。
「あとのお楽しみだからな、リリ。見るなよ?」
「あいあい」
リリのやつ、表情が大分和らいでるしギルドの空気にも慣れてきたみたいだな。入ったときはそれこそ可哀想なくらい青ざめてたが、そこはやっぱり一人で孤児院を抜け出すくらいだし根性が違うんだろう。
「――これでよし、と……」
依頼書が完成し、貼り紙を張ることができるスペースへと向かう。
「見るなよ、絶対見るなよ……」
「そんなこと言われたら、余計に見たくなっちゃうじゃないのさあ……」
「ほら、もう行くぞ」
「わっ!?」
俺は依頼書を壁に貼り終わると、リリの手を引っ張って待合室へと向かった。あとは、あの貼り紙を見た冒険者が来てくれるかどうかだけだ……。
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