42話 存在感


「――と、こういうわけなんです……」


「なるほど、そりゃ酷いな……」


「んだねえ」


「はい……まったくもってありえませんね……!」


 深刻そうな顔をした客の依頼に対し、俺は相方のリリ、助手のメアと神妙な顔を見合わせながらうなずいていた。


 あれから数日ほど経ったわけだが、巨大スラム街の一部――この教会周辺――の治安が良化してきた一方、裏ではならず者たちの動きに変化が生じているとか。


 今までは犯罪者の縄張り争いで死者が出ても、生活苦で荒んだ住民を仲間に取り込むことで新たな構成員にできたわけだが、俺たちがここで様々な問題を解決してきた結果、悪者の仲間になろうとする住民が著しく減少傾向にあるらしい。


 非常に喜ばしいことではあるものの、やつらはそれ以降さらに潜伏行動が目立つようになり、住民の家族を人質に取って無理矢理仲間にする等、鬼畜さに磨きをかけた行為が目立ってきているのだという。


 つまり、悪党がそれだけ焦っているということの裏返しでもあるわけだが、今回俺たちのほうに舞い込んできた依頼は、連中から身を守るための防衛策が欲しいというものだった。


「よしわかった、俺たちがなんとかしよう」


「あたしたちがなんとかするよ!」


「してみせますとも!」


「お、おぉっ、さすが、スラムキング……!」


「「「……」」」


 客の男から飛び出した大仰な言葉に、俺たちは苦笑いを共有し合う。スラムキングか。最近はそんな風に呼ばれてるんだな。皮肉の意味合いもあるのかもしれないが、大体は誉め言葉だと思うし結構なことじゃないか。


 その二つ名に恥じないようにやってやろう。特殊なケースはともかく、そういう身を守るためのスキルシミュは特に綿密にしてきたから準備は出来ているんだ。


【目から蛇】【輝く耳】【正直】を合わせて対象の耳目を敏感、正確なものにする【索敵】スキルを作り出し、それと【希薄】【後ろ向き】【視野拡大】を掛け合わせることで、敵の探りから身を守る【安全地帯】スキルが生じる。これを男に掛けてやればいいんだ。


「これでいい」


「え?」


「これからあんたの周りは、身近であればあるほど安全な場所に変わるはずだ。気付いてほしい相手にだけ自分の存在を認識されるようになるし、逆に気付いてほしくない相手には認識されなくなる。俺たちで試してほしい」


 このスキルは、騒音に悩まされていた青年に使った【静寂地帯】と似たようなもので、どの騒音を消すか、どの相手に認識されなくなるかの違いでしかない。


「……」


 お……早速試してみたらしくて、急に男の存在を認識できなくなった。


「あれ、どこに行ったんだい……?」


「お客様!? お代がまだでございますがっ!」


「――ぼ、僕ならここに……」


「「あっ……!」」


「へへっ……」


 男はリリとメアの後ろで照れ臭そうに立っていた。すぐ近くにいるのに気付けなかったんだし、かなりの防衛策になるだろう。むしろこれを利用することで、民家に侵入してきたならず者どもを追い払うこともできそうだ。




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 教会から少し離れた一軒家の裏側にて、今日も絶えることのない客の行列を、なんとも恨めしそうに見上げるアッシュたち。


「ち……ちっきしょおおぉっ……! なんなんだよ、この展開はよおおぉっ! このままじゃ微生物野郎がどんどん出世しちまうぞ!?」


「えーん、パルルやだやだー、そんなのやだよおぉーっ!」


「おえっ……し、失礼、胸糞すぎて吐き気まで催してきましたわ……」


「ヌウゥッ……」


 彼らの面持ちには一様に焦りの色が浮かんでいて、ハロウドまでもが、悔しそうに顔面を酷く歪めているという有様であった。


「っていうかだ……こんなのおかしいじゃねえかっ! 巨大スラム街っていうから犯罪者どもの台頭に期待したってのによぉ、予想と反して腑抜け揃いだったぜ! 微生物野郎のフォードになんにもできずに指咥えて見てるだけなんて、ありえねえだろおぉぉっ!」


「うんうんっ! パルルもアッシュに激しくドーイッ! スラム街の犯罪者なだけに、脳みそも実力も低クオリティのガラクタ同然なのぉー!」


「本当に、役立たずのクソヤローどもの集まりですこと! このお〇×▽野郎! って、さすがに下品すぎましたわっ。と、とにかく、ヘタレすぎてフォードにびびってるのは間違いありませんことよ……!」


「……」


 上気した顔で喚き散らかすアッシュ、パルル、グレイシアの三人だったが、ハロウドだけは我に返った様子で目を見開いた。


「み、みなさん、後ろを……」


「「「えっ……?」」」


 ハロウドの言葉で全員が振り返る格好になったわけだが、そこには額に青筋を浮かせ、ポキポキと指を鳴らす厳つい男たちの姿があった。


「おうおう……余所者ども、オラー! さっきから随分舐めた口きいてくれるじゃねえか。そこまで言ったんなら、覚悟はできてんだろうな。アァッ!?」


「「「「「そうだそうだっ!」」」」」


「くっ……まさか、僕たちにならず者どもの矛先が向けられることになろうとは……」


「ぐぐっ……てかよぉ、理不尽すぎだろおぉっ! おい、スラム街のならず者ども! なんでお前らは、教会にいるほうの余所者を狙わねえんだよ! やつらのほうが目立ってんだろうがっ!?」


「そうだよー! パルルたちには歯向かうくせに、なんでなのー!?」


「わたくしたちのほうが弱そうだからって手を出すようなら、痛い目に遭いますわよ!?」


 アッシュたちの疑念に満ちた言葉に対し、男たちは一様に蔑むように笑ってみせた。


「ブハハッ! アホか! んなの、当たり前だろ」


「「「「当たり前……?」」」」


「おう。確かに、教会にいる余所者たちは目立ってて邪魔くせえが、多くの民衆を味方にしている。そんなのに手を出したら、いくら俺たちでもひとたまりもない。なあ、オメーら?」


「「「「「イエスッ、親分っ!」」」」」


「「「「……」」」」


 アッシュたちはしばらく面食らった表情だったが、まもなく我に返った様子でリーダーを筆頭に口を開いた。


「き、聞いて呆れるぜ! あんなのに好き勝手にされて悔しくねえってのかあぁ!?」


「パルルもそう思うのー!」


「わたくしもですわ!」


「僕も同感です」


「ケケッ、強者には媚びへつらい、弱者には鞭打つのが賢いやり方ってもんよ。さて、オメーら、こいつら殺しちまうか?」


「「「「「イエスッ――!」」」」」


「――に、逃げましょう、みなさん!」


 そのときだった。それまで鋭い目で周囲を窺っていたハロウドの顔が見る見る青白くなり、酷く怯えた様子で後ずさりを始めたのだ。


「「「ハ、ハロウド……?」」」


「は、早く退散するのですっ!」


「「「……」」」


 ハロウドのただならぬ様子に、アッシュらは訝し気な顔になりながらも引き下がり、その場には勝ち誇った表情のならず者たちが残った。


「へっ、ビビりやがって。口ほどにもねえ。なあ、オメーら?」


「「「「「……」」」」」


「ん、どうした? オメーら、なんで黙っている――?」


「――教会地区に、が紛れ込んだというのは、本当じゃろうか?」


「えっ……」


 突然のしわがれ声に、男の目が今にも飛び出さんばかりに大きくなる。


「本当じゃろうかと聞いておるのじゃ」


「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ……あああっ、あなたはっ……!」


「「「「「ははぁっ!」」」」」


 両目を見開いた親分の男を筆頭に、全員がひざまずく。彼らの眼前に立っていたのは、フードで顔をほぼ隠したローブ姿の人物であり、とても小柄な体躯であるにもかかわらず異様な存在感を醸し出していた……。

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