43話 予感


「――ぜぇ、ぜぇ……」


「「「……」」」


 走り疲れてうずくまるハロウドの背中に、仲間たちの重量感のある視線が圧し掛かる。


「ハ……ハロウドオォッ……! お前っ、軍師だからってなんで逃げるように指示したんだよ!? あれじゃ、ただの腰抜けみたいじゃねえかあぁぁっ!」


「アッシュの言う通りですわ。ハロウド……これは一体どういうことなのか、是非わたくしたちに説明していただきたいですわね……」


「うんうんっ、パルルも超疑問だし、カンカンなんだからねえ! ハロウド、なんで逃げたのー!?」


「……はぁ、はぁ……と、とととっ、当然……です……」


「「「当然……?」」」


「はい……」


 おもむろに振り返るハロウド。その充血した目は泳ぎっぱなしで、焦点がまったく定まっていなかった。


「彼らは雑魚なので、戦ってもなんら問題はありませんでしたが……、僕たちのほうに近付いていたのです……」


「「「もう一人……?」」」


「え、ええ……。あ、あのおぞましい、異常なまでの殺気は……ま、【魔術】スキルを持つ僕が、今まで感じた中で、間違いなく最高のものでした……。おそらく……都の商店街で見た、あのエルフ以上の化け物が接近していたのではないかと……」


「「「っ!?」」」


 ハロウドの弱々しくも重みのある台詞により、アッシュたちの顔は恐怖で塗り潰されたが如く、一斉に強張るのであった。




 ◆◆◆




「こ、こここっ……この界隈で、名を馳せるユユ様が、な、なんで、こんなところへ……?」


「「「「「なじぇ……」」」」」


 教会から少々離れた一軒家の陰では、なんとも異様な光景が広がっていた。体格の良い男たちが、いずれもガクガクと体を震わせながら、小柄なローブ姿の人物に向かって額突いていたからだ。


「だから、何度も言っておるじゃろう? このスラム街、教会地区に余所者という異物が紛れ込んだらしいではないか。それでわざわざこうして参ったのじゃ……」


 深く被ったフードの下から発せられる声はしわがれており、なおかつ小さなものだったが、小柄な体の持ち主とは思えないほどの迫力を孕んでいた。


「あ、あ、あの教会にいるみたいでっ、そ、それで、お、俺たちも、ふざけたやつらを退治したいって思ってたところでして……! な? オメーら……?」


「「「「「イッ、イエッス……!」」」」」


「そうであったか……。スラム街という荒んだ場所で産まれ、逞しく生きてきた我々にとって、恵まれた生活を享受している外部の者に侵入された挙句、好き勝手な真似をされているというのは、決して許容できぬことじゃ。ゆえに日常的な殺戮という、スラム街の厳しい掟というものを示してやらねばならぬ……」


「な、なるほどぉぉ! で、でででっ、では、是非、ユユ様に協力を……!」


「うむ。ならば早速、我のスキルでお前たちの体を弄らせてもらうぞ」


「えっ……?」


「我のスキル【改造】の実験台になってもらう。どうした? 今更嫌とは言わせぬぞ……?」


「い、い、い、いやっ、俺たち、具合が悪くて……なっ? オメーら?」


「「「「「……」」」」」


「お……おいおい、な、なんとか言えよ、オメーら! おい、後ずさりするなっ、俺を置いていくなっ……!」


「ふむ……ならば、我が今すぐ具合をよくしてあげようぞ?」


「にっ……逃げろおおおぉぉっ!」


 ならず者たちが必死の形相で逃走を試みるが、まもなく親分の男を始めとして派手に転倒することとなった。


「「「「「っ……!?」」」」」


 転んだ男たちが不審そうに足元を見ると、反対側に曲がっていただけではなく、よく見ると腕に変化していた。


「逃げようとしているのがバレバレだったから、我がお前たちの足と腕を交換してあげたのじゃ。さあ、それ以外の部分もたっぷりと【改造】してやるから、ありがたく思うことじゃ……」


「「「「「――ぎゃああああぁぁぁっ!」」」」」




 ◆◆◆




『あと1人まで』


【宙文字】で書いた文字が示すように、この客で終了するということもあって、すっかり行列はなくなっていた。もう日が暮れてきてるし、こうでもしないときりがないからな。


 銅貨1枚とはいえ、今日だけで304枚も貯めることができた。これは銀貨3枚分に相当するものだし、本当によく頑張ったと我ながら思う。


 もちろん、ここまでやれたのはリリやメアの協力があったからこそだ。待ちくたびれた客の間で喧嘩が起きることもよくあったが、そのたびに彼女たちが上手く宥めてくれたからな。


「――ありがとうございましたー」


「ああ、それじゃ、また」


「気を付けて帰るんだよっ!」


「……」


 最後の客が帰っていき、俺たちはホッとした顔を見合わせた……はずが、メアだけが何か浮かない顔をしていた。


「メア、さっきから表情が暗いが、どうしたんだ?」


「どうしたんだい? まさか、同僚たちが恋しくなったとか?」


 俺はリリの言葉にはっとする。そういや、隠居した神父たちがまだ帰ってこないんだったな。ただ、順調に治安も回復してるっぽいし、このままいけば教会も以前のように元通りになるんじゃないか。


「メア、大丈夫だ。神父や同僚たちもいつか戻ってくる」


「そうだよ、メア。フォードが言う通り、心配ないって!」


「……」


「「メア――?」」


「――あ、あああっ、フォード様、リリ様、申し訳ありません……! 考え事をしておりました……!」


「メア、神父たちのことが心配なのはわかるが、あんまり焦らないほうがいい。体に悪いからな」


「そうだよ、果報は寝て待て、さ!」


「い、いえ、私は神父様たちのことを考えていたわけではありません」


「「えっ……?」」


を覚えておりました……」


「「嫌な予感……?」」


「はい……。これから、近いうちになんらかの災いが起きるような予感がするのです。私の嫌な予感は結構当たるので、それで心配で……。実は、前回教会に行く前もそんな予感がして、フォード様とリリ様を発見しましたから」


「「なるほど……」」


「発見できたのは、埃だらけの教会ゆえ、足跡が目立っていたからでもありますが。

でも、おかしいですね。嫌なことなど、そのときはなかったはずですのに……」


「「……」」


 俺はリリと苦い顔を向け合う。【蛇忘れ】で蛇に関する記憶を消したとはいえ、【蛇の巣】スキルによって苦手な蛇の大群に襲われる結果になったんだから、確かにメアのよく当たるっていう嫌な予感は的中しちゃってるわけだ。


 となると、近々本当に嫌なことが起きる……?【聖域】スキルの隠し効果のようなものだろうか。ただ、もう今日の営業に関しては終わってるしなあ。


 多分気のせいだとは思うが、それでも妙に気になるので、俺は念のためにとあるスキルを使用することにした。


【目から蛇】【輝く耳】【視野拡大】を組み合わせると、【監視】という、視界に異変が起きるとすぐにわかるスキルが出来上がる。怪しいやつが近付いてないか定期的に使っているもので、これならメアの言う嫌な予感にも対応できるはず――


「――っ!?」


 なんだ……赤く染まった空からが飛んでくるぞ。あ、あれは……。

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