16話 対抗心


 あれから俺とリリは商店街へ戻り、その一角にある馴染みのレストラン『うさぎ屋』で昼飯を食うことになった。


 冒険者ギルドの近くの店にしようかとも思ったんだが、治安がよくない地区だし事件に巻き込まれる可能性も考慮したんだ。


「あ、フォードさん、いらっしゃいませぇ……」


 若干舌足らずな口調の少女が、垂れた兎耳を弾ませるようにして近付いてくる。


 彼女は亜人のウサリアといって、兎耳と豊かな胸が特徴の看板娘だ。ちなみに店主のウッサも若い女の子なんだが獣人なので、ガッツリ兎頭である。それでも一部の客からは熱狂的な人気があるんだとか。俺にはその良さがよくわからないが……。


「こんにちは、ウサリア。久々だね」


 ここのメニューはとにかく美味しいものばかりなので贔屓にしてるんだが、二ツ星を貰っていて、結構値が張る店でもあるのでしばらく行けなかったんだ。


「本当に、とても久々ですねえ……って、そのお方は、もしかしてフォードさんの彼女さんなのでしょうか……?」


「えっ……ウサリアにはそう見えるのか?」


「はいっ、とっても可愛らしい方ですもの……」


「あははっ、兎ちゃん、あんたいいやつそうだね。あたしはリリっていって、フォードの嫁――」


「――っていうより、仕事のパートナーみたいなもんなんだ」


「むぅー……」


「うふふっ、そうなのですねえ。リリさん、よろしくですよっ」


「あいよー」


「それではごゆっくりー」


 まもなく注文した料理が運ばれてきて、俺はどうしても食べたかった人参のハンバーグをいただくことに。これってほとんど人参で作られてるらしいんだが、柔らかいしジューシーだし、癖になるような絶妙なスパイスも相俟って、なんともご飯が進む代物なんだ。


 ふー、食べた食べた……。リリもあっという間に平らげたし、よっぽど旨かったんだろう。さて……そろそろ、ギルドで受け取った五つの神授石の分析アナライズといこうか。


【囁き】:対象の声が小さくなる。


【無意識】:自分の意識が一時的になくなる。


【前進】:対象がしばらく前方にしか進めなくなる。


【寛容】:自身の気が少しの間大きくなる。


【消極的】:対象の思考を一定時間後ろ向きにする。


「……」


 安定のゴミスキルで、実家に帰ったかのような安心感に浸ることができた。


【宙文字】でリリにも見せてやると、俺と同じような感想を抱いたらしく、いかにも苦そうに笑っていた。このままじゃ到底使えそうにないスキルばかりだが、それでも俺には【分解】があるからな。こんなゴミ効果でも弄れば有用なものに変わるはず……。


 スキル名:【声量】

 効果:対象の声が大きくなる。


【囁き】と【寛容】の効果を合わせて弄ったものだ。どんなときでも大声を出せるというのは、単純に見えてかなり有用だと思える。相手を怯ませる、緊張する場面での自己主張等、それだけで色々と使えるんじゃないか。


 スキル名:【歩き屋】

 効果:対象が意識せずに歩行するようになる。


【無意識】と【前進】を合体させたもので、試しに少し席を立ってから使ってみると、勝手に歩き始めてしまった。俺の足が自分のものじゃないみたいで新鮮だし、普通に歩くよりも疲労感がないので役に立ちそうだ。


 スキル名:【後ろ向き】

 効果:対象を後ろ向きにする。


 これは、一つだけ余った【消極的】スキルを弄ったものだ。対象の思考ではなく向きを変えるだけのもので、今後役に立つかどうかはわからないが、とにかく中身を変えないと所持できないしな。


「さ、腹ごしらえも済ませたし、そろそろ行くか、リリ」


「だねぇ」


『うさぎ屋』をあとにした俺たちは、早速習得したばかりの【歩き屋】スキルを使い、商店街の一角にあるいつもの仕事場へと向かう。なんていうか、意識せずに歩くというだけでこんなに疲れないものなんだな……。


「「――あっ……」」


 まもなく到着したわけだが、俺はリリと呆然とした顔を見合わせることになった。いつもなら客が何人かスタンバイしてるんだが、今日は誰の姿もないんだ。


 すると、あれかな……なんでも解決屋を始める時間がいつもよりかなり遅めになったから、待ちくたびれてどこかへ移動したのかもしれない。ここに俺たちがいるとわかればすぐに戻ってくるだろう。


「……」


 そういうわけで、俺たちは気にせずに客を待ち始めたわけなんだが、一向に来ない。一体どうしたっていうんだ……? 自分たちの前を通り過ぎていく者たちが、ちらっとこっちのほうを振り返ったかと思えば、素知らぬ顔をしてすぐ立ち去っていく、という不可解な状況が続いた。


 これは……明らかにおかしいな。たまたま需要がないだけ、とは到底思えない。


「ここまで客が来ないのは変だな、リリ……」


「だねえ。それに……なんかさ、気のせいかもしれないけど、みんなあたしらのことなんて眼中にないみたいな感じなんだよ……」


「……だとすると、ほかに強力なライバルでもできた、とか……?」


「あっ……そうかも……」


「ありえそうだよな。探してみるか」


「あいっ」


 そういうことで、俺とリリは周辺の様子を探ることにした。


「「――あっ……!」」


 するとまもなく、商店街の十字通りの右側に行列ができてるのを確認できた。やっぱり、予想通りライバル店ができていたのか……って、あそこにいるのは……。


「フォ、フォード、どうしたんだい? そんなに驚いた顔しちゃって……」


「俺を追放した連中だ……」


「えぇっ……!?」


 まさか……いや、そうか、教会の周りに落ちていたはずの神授石がなかったのも、あいつらの仕業なのか。なるほどな……。それでなんでも解決屋を開き、俺たちのお株を奪おうってわけだな。


 よーし、【分解】もないのにどれくらいやれるのか、お手並み拝見といかせてもらおうか……。

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