48話 変化


「そ、それで、じ、自分のお願いっていうのは――」


「「「「――なるほど……」」」」


 顔を赤くした客の依頼に、俺たちの神妙な声色までもが被る。相方のリリ、助手のメア、それに、用心棒のユユだ。


 あれから一週間ほど経って、教会周辺だけでなく、スラム街はすっかり安全で綺麗な場所に変わりつつあった。時々、四人で見回りついでに【視線清掃】をしたことも影響してると思う。荒んだ場所はどうしてもならず者が集まってくるものだという考えから実行したことなんだ。


 教会前に客の行列ができるのは以前と変わらないが、彼らの出してくる依頼は個性的なものが多くなっていた。これぞ、スラム街が明らかに変わってきた証拠じゃないかな。街全体がリラックスして、落ち着いた呼吸をし始めたかのようだ。


 今回の依頼の場合、この青年には片思いの相手がいて、振り向かせるにはどうしたらいいかというもので、魔境とまで呼ばれた場所で発生したとは思えない内容だった。


 この手の依頼は、【鬼顔】スキルを掛けられたモイヤーと、その片思いの相手だった『うさぎ屋』のウサリアを思い出す。


 まだ二週間くらいしか経ってないと思うんだが、もう一年くらいここにいるような錯覚がするな。『桃源郷』の看板娘のモモも久しく顔を見てない感じになってる。みんな、今頃元気にしているだろうか……っと、郷愁に浸ってる場合じゃなかった。この客の依頼を解決してやらないとな。


【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】【声量】【歩き屋】【後ろ向き】


 平和になってきた影響から、俺は久々にスキルをこの初期状態に戻した。


 まあ緊急事態が起こる可能性もあるとはいえ、すぐさまスキル構成を弄って戦闘態勢に入れる自信があるし、心強い仲間たちもいるし問題ない。


 まず、俺が客の青年に使ったのは【声量】だ。あの王様ほどじゃないが、彼はボソボソと声が小さかったので、そこはマイナスポイントだと思ったんだ。はっきりと気持ちを伝える以前に、これじゃ相手を不安な気持ちにさせてしまう可能性がある。


 次に、【正直】と【後ろ向き】を合わせて【前向き】というスキルを作り出し、彼に使用した。


 かなり心配性な性格に見えたので、告白するときくらいは背中を押してやるべきだと思ったんだ。


 さらに、【目から蛇】【輝く耳】【希薄】を用いて、【綺麗な瞳】スキルを作り出し、彼を男前にしてやる。【輝く目】だとやりすぎだし、顔は悪くないので【希薄】で薄めるくらいがちょうどいいはずだ。


 最後に使ったのが、【火文字】というスキル。【降焼石】と【宙文字】を合わせた結果、【石文字】【火文字】【落文字】という三つのスキルが生じたわけだが、この場合【火文字】が一番インパクトがあると考えたのでこれに決めた。これでしばらくの間、彼は念じるだけで情熱的な火文字を宙に描くことが可能になるってわけだ。


「――ありがとうございます! 頑張って告白してきます!」


「ああ、男になってこい!」


「頑張っといで!」


「応援しておりますっ!」


「うむ、しっかりと生殖行為に励むことじゃ」


「「「「……」」」」


 ユユの言葉が直接的すぎて、青年も含めて俺たちはしばらく固まってしまった。間違ってはいないと思うんだが、実に彼女らしい表現だ……。




「――ふう。ちょっと休憩するか」


 俺は【宙文字】で休憩とでかでかと書いてやった。


「そうだね、あたしも声を出しすぎて疲れてきたよ」


「お疲れ様です、フォード様、リリ様!」


「メアも頑張ってるじゃないか。なあリリ」


「うんうん、シスターがいると客も大人しくなるしねえ」


「そ、そうでしょうか! ただ、一部の客が大人しくなるのは、ユユ様の影響もかなりあるかと……」


「ふむ? 我は別に何もしてはおらんのじゃが……」


「「「……」」」


 ユユの反応に対し、俺たちは苦い笑みを向け合う。彼女は雰囲気からして怖いし、元ならず者っぽい客の間で喧嘩が起きてもすぐに収まるのは、スラム街のトップだった彼女がいるおかげといってもいいだろう。


「――メア」


 そこで、行列の先頭にいる白髭の老翁が声を掛けてきた。


「あ、お客様、残念ですが、今は休憩中でして、もうしばらくお待ちを……って、なんで私の名前を……あ……」


 ん? メアがはっとした顔になったかと思うと、声を掛けてきた老人を二度見した。


「し……神父様あぁっ……!」


 メアが涙を浮かべながら抱き付いていった。この人が神父だったのか……。普通の格好だったからよくわからなかった。まさか客として訪れて来るとはな。しかも行列に並んで。これが彼なりの礼儀なんだろう。


「メアよ、寂しい思いをさせてすまなかったな。治安が悪い状況では戻るに戻れず、戻ったところで周りを巻き込んでしまうと思っていたのだ……」


「心遣い、深く感謝しております。またこうしてお会いできるとは思いませんでした。本当に、本当に喜ばしい限りです……!」


「「「……」」」


 俺たちは目配せし合うと、そこから離れた。感動の再会を果たしたわけだし、しばらく二人だけの世界に浸らせておいてやるか……。

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