39話 異質


「「「「「わあぁっ!」」」」」


「おっ、押さないように……!」


「そこっ! ちゃんと並んでおくれよっ!」


「こらー! ルール破りをした者は直ちに退去させますよ!? 行儀よく並びましょうね!」


 銅貨1枚という破格の値段設定で、俺たちがスラム街の人々に蛇料理を振る舞ってからというもの、それが評判になったらしくて教会にはひっきりなしに客が訪れるようになった。


 これだけの数の人間が、今まで一体どこに隠れていたのかとびっくりさせられるほどだが、こちらとしてもスキルを使うだけで蛇の石焼きが出てくるもんだから、本当に色んな意味で楽だった。


 それにしても、都の商店街でなんでも解決屋をやってたときとは違って、この地区の人間は揃って同じような依頼をしてくることが多いと感じる。


 それだけ普段の生活に困ってる人が多いってことなんだろうな。衣食住は大事なんだと改めて思い知らされる。ほとんどが食べ物に困っているという相談や、ボロボロの衣類をなんとかしてほしいっていうお願いが多かった。


「――わぁっ、綺麗になったぁっ!」


「よかったな」


「あんた、綺麗になったねえ」


「なんて美しいのでしょう!」


「うふふっ! ありがとー!」


「「「またー!」」」


 ルンルンとした足取りで客の女の子が引き上げていく。あれだけ喜ばれるとこっちまで釣られて楽しくなってくる。なんでも解決屋をやっててよかったと心の底から思う瞬間だ。


 彼女が身にまとっていた切れ目だらけのワンピースに対して、【指捌き】スキルで縫合してやっただけでなく、で服の汚れまでも綺麗にしてあげたからな。


 それは【視線清掃】といって、見るだけでその場所を掃除できるスキルなわけなんだが、衣類だけじゃなく、そばかすや皺、シミ等、体の汚れも取れるという驚きの追加効果があったんだ。


 そういうのも個人差があって、年齢が高い人ほど軽減し辛いっぽいが、それでもしないよりはずっとマシにはなるということもあって、続々と見た目を改善してほしいという客が訪れているという状況だった。


 ――ふう、さすがに疲れてきたな。待たせている客に悪いが、【宙文字】で休憩と書いて少し休ませてもらうとするか……。


「ねえねえ、フォードォ……」


「フォード様ぁ……」


「ん?」


 なんだ、リリとメアがトロンとした目で俺を見上げてくるんだが、名前を呼ぶだけでそれ以上何も言ってこないから、わけがわからない……。


「二人とも、どうした? お腹空いたのか?」


「いや、違うんだよ、フォード。ほらっ、例のスキル……【視線清掃】を掛けてほしいんだよ!」


「そうそう、それです! そのスキルを是非、私たちに掛けていただけないかと……」


「えぇ……? リリもメアも、別にどこも悪いところはないだろ?」


「フォード……」


「フォード様……」


「……」


 な、なんか凄く真剣な顔を近付けられてるんだが。あれか、それ以上は言わせないでほしいって感じか。となると、軽い化粧的な意味で綺麗にしてほしいんだろうな。


「よし、わかった」


「「わぁっ!」」


 二人に対して【視線清掃】スキルを使用すると、肌や服が磨かれたかのように綺麗になっていく。


「メ、メア、あんた、ピカピカだしスベスベだよ!」


「リ、リリ様っ! あなたもですよっ!」


「……」


 抱き合うほど感動しちゃったのか。色んな意味で眩しい二人だな……。


「「「「「ざわざわっ……!」」」」」


 ん? 行列のほうが騒がしいな。10分間ほど休憩すると宙に書いておいたはずだが……って、列の先頭にいる、マントを頭から羽織った人物が倒れたところだった。一体なんだ、この客は……。




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 教会前の行列を前にして、アッシュたちはしばし放心した様子で固まっていたが、まもなくどよめきが発生し、彼らの表情が驚きの色で塗り替えられる。


「な……なんだあぁぁっ!? 行列の先頭にいるやつが倒れたぜっ!」


「おや……?」


「ホントだー……って、なんであいつマントなんて被ってるのぉー?」


「気温が低いわけでもないのに、なんとも奇妙ですわね……って、まさか……」


 はっとした顔でグレイシアが口を押さえる。


「あ、あれはもしや、ここを縄張りにしている犯罪者の手の込んだ芝居で、フォードたちを懲らしめに来てくれたのではないですことっ……!?」


「ま、マジかよ、グレイシア! でもありえそうだよな、魔境のスラム街なだけに!」


「いいねー! それならパルル、はりきって応援しちゃうのぉー!」


「い、いえ、みなさん、それは残念ながら違うと思います。確かに異様ですが、殺気をまったく感じられませんので……」


「「「えっ……」」」


 若干申し訳なさそうに発言したハロウドに対し、仲間たちのいかにも無念そうな視線が束になって送られるが、まもなく彼はそれを払いのけるが如くニヤリと笑ってみせた。


「フッ……しかし、落ち込むのはまだ早いかと。それ以上にが訪れたようですから……」


「「「異質な客……?」」」


「はい……。あの客の異常さは、見た目だけではありません。あれが発する異質な気配は、、そんな予感がします。僕の勘は、昔から当たるのです……」


「「「おおぉっ……!」」」


 ハロウドの台詞により、アッシュ、パルル、グレイシアの顔が、異常なほどに明るく輝くのであった……。

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