20話 ほの字


「――と、こういうわけなんです……」


「「なるほど……」」


 今までの経緯を説明してくれたウサリアを前にして、俺とリリはほぼ同時にうなずいてみせた。


 彼女は最近になって『うさぎ屋』を訪れてきた常連客に愛の告白をされたわけだが、以前と違って鬼のような形相だったため、驚きや恐ろしさの余り逃げ出してしまったんだそうだ。


 しかもその男は、客にも迷惑をかけたってことで店を出禁にされ、ウサリアは自分のせいでそうなったんじゃないかと気に病んでいたらしい。


 告白してきた男に関しては、鬼のような顔だっていうからピンときた。あの男だ……。


 片思いの子に告白するため、少しでも格好よくなりたいという要求があって、偽なんでも解決屋のハロウドに【鬼顔】スキルを掛けられた気の毒な男だ。さすがにあれは大雑把すぎる。それにしても、まさかその片思いの相手がウサリアだったとは……。


「本当に、とっても良い方なんです……。私には片思いの方がいますので、お付き合いすることはできませんけど……それでも、あの方が店にさえ来られなくなるのはあまりにも可哀想で……」


「まあ、確かに気の毒ではあるな……。それでウサリアは、その男の鬼みたいになった顔を直してやってほしいから、俺たちに頼もうとしてたってわけだね」


「はいっ……」


「でも、それならこんなところから覗いてないで、早く言ってくれたらよかったのに……」


「ったく、フォードってば、女心ってやつがわからないんだからねえ……」


「ん、リリ。じゃあお前はわかるのか……?」


「そりゃねっ。大方、その客の顔が直って出禁が解除されたら、ストーカー化するのが怖くてためらってるんじゃないかい? あたしなら、自分に気があるんだってニヤニヤしちゃいそうだけど、普通の子なら怖くて逃げちゃうと思うんだよ」


「な、なるほど……」


「い、いえっ、そうではないんです……」


「「えっ……」」


「あの方は、そういう人ではないので……。実際、あのあと謝りに行ったんですが、もう気にしないでほしいと、鬼のような顔でしたがそう仰ってくれましたから……ぐすっ……」


「……」


 思い遣りのあるウサリアが涙ぐむのもわかるし、その人の顔はともかく性格だって悪くないのもわかったわけだが、それで余計に気になるのが、俺たちに依頼するのをためらった理由だ。


「じゃあ、どうして俺たちに頼むのをためらっていたんだ?」


「そ、それはぁ……」


 ウサリアが目を泳がせて、やたらと言い辛そうにもじもじしちゃってるんだけど、どうしたんだろう……?


「ははーん……さてはウサリア、フォードになんだねえ……!?」


「は……はうぅっ……!」


「……」


 リリにニヤニヤした顔で突っ込まれると、ウサリアが真っ赤な顔で座り込んでしまった。兎耳の先っぽがヒクヒクと痙攣している。つ、つまり、彼女が俺に惚れてるってことなのか……? そんなことは夢にも思わなかった。『うさぎ屋』で、いつも親切にしてくれる子だとは思ってたが、営業スマイル程度にしか思ってなかったし、まさかなあ……。


 そういや、以前彼女から、いつもアイドルみたいに崇められてるから、誰とでもぶっきらぼうに話す俺と接してると楽しい、みたいなことを言われてた気がする……。


「しょ、正直……フォードさんのこと、遠くから眺めてるだけで幸せだったんです……。それが、実際に自分で依頼するとなると、なんだかキュンキュンしちゃって……!」


「なるほど。仕事してるところを見られてたのか……って、俺なんてそんな大したやつじゃないって……」


「そんなことないですっ! 私、ここからどうやってフォードさんが解決するかを、びくびくしながら見守ってて、そのたびにスカッと解決しちゃうので、いつの間にか虜になっちゃってました……!」


「は、ははっ……まさかそんなに熱烈に応援してくれてたなんてな。ありがとう、ウサリア」


「は、はう……」


 両手で赤い顔を隠しちゃって、本当に可愛いもんだ。


「とにかく、その常連客の顔をなんとかしてみるよ」


「ほ……本当ですかっ!? ありがとうございますぅ……」


「はー、フォードってば、モテモテだねえ。あたし、なんだか腹が立ってきちゃったよ……」


「ん、リリ、もしかして妬いてるのか?」


「やっ、やっ……妬いてなんかいないよぉっ……!」


「……」


 わかりやすいやつ……。




 それから、俺たち三人は常連客の男の家へと向かうことに。出張なんでも解決屋を継続する格好になるわけだが、鬼の顔じゃ外出なんてなるべくしたくないだろうし仕方ない。


 その男の家は、広い広い王都内の外側にあるってことで結構な遠回りをする羽目になった。なので【歩き屋】スキルを自分たちに使用したわけだが、それでもかなり疲労感を覚えたので、これがなかったらと思うとゾッとする。ちょうど冒険者ギルドとは真逆の方向で、住宅街が多いところだ。


 この辺はまだ安全地帯だが、そこからさらに進んだところ、すなわち郊外には広大なスラム街があって、『桃源郷』のある貧民街なんて比べ物にすらならないくらい、桁違いに治安が悪いので絶対に近付かないほうがいいんだ。ギルド周辺のほうがまだずっとマシなくらいだからな。


 そこには、性質の悪い犯罪者集団の根城が幾つもあるらしくて、今では駐屯地すらもない魔境と化してるんだ。何度か凄腕の冒険者たちが向かったそうだが、いずれも行方不明になってるらしいし、完全な無法地帯だといっていい。


「――あ、ありましたぁ、あの家ですっ……!」


「「あ……」」


 ウサリアが指差した方向には、二階建てのかなり立派な家が佇んでいて、一応高級レストランの部類に入る『うさぎ屋』の常連客なだけあると感じた。


 今のスキル群で鬼の顔を直せるかどうかは不明だが、もしこれを直すことができれば、失墜してしまったなんでも解決屋のイメージも少しは回復するだろうし、そういうことの積み重ねが成功につながると信じて突き進むだけだ……。

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