37話 騒音


「「「あっ……」」」


 俺たちの声が被る。あれからほどなくして、数人の者たちが教会へと足を運んできたからだ。


 いかにもみすぼらしい服装といい、貧弱な体格やオドオドした目つきといい、モヒカン男とは明らかに雰囲気が違うし、おそらく現地の住民だろう。


【流星文字】の看板を見てやって来たんだろうけど、あのモヒカン男を追い払ったことも少なからず影響してそうだ。それこそ、あんなのが闊歩してたら外なんて歩き辛いだろうしな。


「ほ、本当に、銅貨1枚でなんでも解決してくれるんじゃろうか……?」


「変なこと、しないよね……?」


「お願いできるかしら……」


 不安そうな顔で訊ねてくる住民たちに向かって、俺は安心させるべく強い表情でうなずいてみせた。


「ああ、大丈夫だ。お代は銅貨1枚でいいし、払うのは解決したらでいい。気軽に相談してほしい」


「そうそうっ、フォードは頼りになるから、遠慮してたら損だよっ!」


「フォード様は、必ずやあなた方の心に希望という光を灯すことでしょう……!」


「「「「「おおっ……!」」」」」


 リリとメアの力強い言葉もあって、住民たちの濁った目に輝きが生じるのがわかった。これから一月だけの滞在だが、その間に一人でも多くの者たちの悩みを解決していきたいものだ。


「で、ではよろしく……」


 最初に祭壇の前に立ったのは、眉間にしわのある神経質そうな青年だった。いよいよ聖なんでも解決屋のスタートってわけだな。


「それで、あなたは何を解決してほしいのかな?」


「……お、俺は、ならず者たちの悪行を目にしながら、巻き込まれぬようにひっそりと暮らしていたわけなんですが、最近では駐屯地もなくなり、抗争が激化したことによって、毎日悲鳴や雄叫び等の騒音で夜中に目が覚めてしまって……なんとか、以前のような静かな環境が欲しいんです……」


「なるほど……」


 この男、充血した目の下に隈もできてるし、騒音による睡眠不足が原因で相当に疲れが溜まってそうだ。


「よし、わかった。俺たち聖なんでも解決屋が、必ずやなんとかしてみせよう」


「おおぉっ……!」


 スキルシミュレーションに関しては戦闘用だけじゃなく、なんでも解決屋用にもずっとやってきていたので、男の話を聞いただけでピンと来た。


 まず、【輝く耳】【声量】【後ろ向き】をバラしたのち、組み合わせると、【耳障り】という、周囲に雑音を発生させるスキルが誕生する。


 これと、【視野拡大】【希薄】これらを解体して合わせると、【静寂地帯】となる。このスキルを使えば周辺の音が聞こえなくなるんだ。それも使用対象にとって不快だと思う音限定で。


「これでどうだ? あんたの周りの音が小さくなっただろう」


「え、でも、あなたの声は普通に聞こえますが……」


「じゃあ、俺の出す声が不快だと思ってみてくれ」


「あ、はい……」


「どうだ、聞こえるか?」


「……」


 俺が口だけを動かしてる状況に違和感を覚えたらしく、青年が不思議そうに首をかしげてる。どうやら成功したみたいだな。


 俺は【宙文字】スキルで、『俺の声が心地いいと思ってくれ』と宙に書いてみせた。


「今度はどうだ?」


「あっ……!」


 男がはっとした顔をしてるし、聞こえたみたいだな。


「これなら日常生活で不便することもなく、安らかに眠れるはずだ。また何か問題が起こったときはここへ来てくれ。そのうちスラム街の治安をよくすることで、根本的な問題を解決してみせるつもりだ」


「あ、あ、ありがたいっ……!」


 男が俺に銅貨1枚を渡してくるとともに、涙を浮かべながら手まで握ってきた。よっぽど嬉しかったんだろう。その気持ちは痛いほどわかる。俺も割りと雑音に関しては気にするタイプだったからな。


 ボロ宿の『桃源郷』が嫌というほど雑音のする環境だったから、俺はそこで鍛えられた格好だが、このスラム街に関しては治安がすこぶる悪いので、ここまで神経質になるのもよくわかるんだ。


 それから俺はほかの客の依頼に対しても、僅かな数しかいないってこともあってすぐに解決することができた。これなら噂が噂を呼ぶパターンで客足が伸びるのを期待できそうだな。


 ……ん、リリとメアが何か言いたそうに上目遣いで俺のほうを見ている。


「どうした、リリ、メア?」


「フォード……あたしも、【静寂地帯】っていうスキルを掛けてほしいんだっ!」


「フォード様、私も是非掛けて欲しいですね……!」


「え、えぇ……? ここは騒音とかあんまりないだろ?」


 高い場所なので風の音は結構するけど、教会の中にいればそこまで気にはならないはず。


「じ、実を言うとさ、フォードってイビキが結構大きいんだよ。ねえ、メア……」


「は、はい、かなりですね……」


「マ、マジか……」


 これは灯台下暗しだった。まさか自分が騒音になっていたなんてな……。


「フォードのすぐ側で寝てるとさ、気になるもんなんだよ」


「これでもかとピッタリくっついてますからね。私もリリ様も……」


「……お、おいおい、そんなに近くで寝てたらそりゃ気になるだろ……」


「そりゃ、あたしは聖なんでも解決屋のパートナーなんだし、フォードを守ってあげないと……」


「ですね。私も、聖なんでも解決屋のシスターとして、フォード様をお守りしなくてはならないと考えております……!」


「そんなこと言って、リリもメアも怖いだけなんだろ?」


「「うっ……」」


 二人とも正直だなあ。ま、それでよく眠れるんだったらいいか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る