36話 意気揚々
「「「はあ……」」」
朝っぱらから、俺たちの湿り切った溜め息が慰め合うかのように合体する。
というのも、【流星文字】スキルを使って大々的に宣伝したにもかかわらず、あれから客が一人も来なかったからだ。
「たった銅貨1枚なのになあ」
「うん、なんで来ないんだろうねえ」
「おそらく……警戒されているからだと思われます」
「「警戒……?」」
メアの言葉に俺たちは注目する。彼女はこのスラム街における現地の人だし、俺たちよりもよく事情を知ってるだろうしな。
「はい、それだけ危険な地域なわけですから。その辺に転がっている死体はほとんどがならず者たちのもので、住民たちは彼らの争いに巻き込まれないよう、あまり表に出ることなく、ひっそりと隠れて暮らしているという状況なのです」
「「なるほど……」」
ってことは、あの死体はならず者たちの抗争によるものだったのか。犯罪者集団にも当然派閥があるわけで、激しい縄張り争いで日常的に殺し合ってるんだろう。
だとすると、治安が回復するまで客が来るのは期待できそうにないな――
「――あっ! フォード、メア、誰かこっちに来るよっ!」
「「えっ……」」
リリの言葉通りだった。まもなく、モヒカン頭の屈強そうな男が薄笑いを浮かべながら教会へと歩を進めてきたのだ。
「お客様、あるいは迷いの子羊の方……ってわけでもなさそうですね……」
「「確かに……」」
メアの言う通り、あの男は髪型だけじゃなく格好も派手で、棘肩や露出した脇腹のタトゥーといい、どう見てもならず者の一人だった。ただ、人は見かけによらないっていう可能性もあるしな……。
「いらっしゃい――」
「――ヘイヨオッ、ヨオヨオヨオッ! チェケラッチョオッ!」
「「「……」」」
モヒカン野郎はなんとも陽気な調子で話し掛けてきた。不測の事態に備えて【幽石誘導】スキルや【後ろ歩き】スキルを用意していたわけだが、見た目と反してそこまで悪いやつでもなさそうだな。多少頭はいかれてそうだが……。
「それで、用件は……?」
「何を解決したいんだい?」
「な、何をしに来られたのです?」
「オーイエッ……」
俺たちの戸惑ったような問いに対し、男はニカッと笑ってみせると、両手の人差し指でリリとメアを指差してみせた。
「いや、二人とも商品じゃないんで……」
一応先手を打っておく。
「ヒュー……それならノープロブレムッ! 俺様は彼女たちのビューティフルなお尻をお触りしてみたいって、そう思っただけだ。先払いで銅貨2枚出すぜっ!」
「「「……」」」
俺たちはなんとも困った顔を見合わせる。この陽気なモヒカン男が要求してきたのは、意外にもお触りだった。
「なあ、いいだろ? このプリティーなお尻たちに触れるだけでいいんだ。なんでも解決してくれるんだろ、ヘイヨオッ!」
「へ、変態さんだねえ。ま、それくらいならいいんじゃ?」
「こ、怖いですけどっ、そ……それでも聖なんでも解決屋のためならば、耐えてみせましょうっ……!」
「……」
リリは半ば呆れ気味で、メアは腰が引き気味だが、二人とも触られるだけなら我慢できると思ってるみたいだ。ただ、こういうのは必ず相手の要求がエスカレートしてくるからダメだ。
ここは痛い目を見せてやったほうがいいだろうってことで、俺はリリとメアに耳打ちした。
「――えぇっ? わ、わかったよ、フォード……」
「わ、わかりましたっ! 覚悟を決めます……!」
「ヨオヨオッ、触らせてくれるんだろうなあっ!?」
「ああ、オッケーだ。リリ、メア、お客さんにお尻を向けて、しっかりと触らせてあげなさい」
「「はいっ!」」
「へへっ! そんじゃ、ヨオヨオッ、レッツゴー!」
「「うっ……」」
モヒカン男が鼻の下を伸ばしつつリリとメアのお尻を触るも、まもなく両目を見開いて跳び上がった。
「オォッ……? あ……あぢいいいいいいぃぃぃぃっ!」
腫れあがった真っ赤な両手を抱えるようにして、男が逃げ出していく。
実は、リリから【足掬い】スキルを一時的に借りた上で、それと【後ろ歩き】を解体して繋ぎ合わせて【尻餅】スキルを作り出し、それと【降焼石】を組み合わせた【熱尻】という痴漢撃退用のスキルを完成させ、二人にかけておいたんだ。
これであの男はしばらくセクハラもできないはずで、治安も少しは改善されることだろう……。
◆◆◆
「「「「……」」」」
一人の男が教会から走り去るシーンを呆然と見やるアッシュたち。まもなく、一様に苦悶の表情を浮かべてみせた。
「ち……ちっきしょおおぉっ! フォードの野郎、あのモヒカン男にすげービビッてたみたいだし、フルボッコにされるか、連れがさらわれるのを期待してたってのによおおぉっ!」
「はー……。ざまあーっ! て思いっ切り言いたかったのにいー……」
「ホント、歯痒いですわぁ。期待してしまっていただけにっ。くうぅっ……」
「……」
酷く落胆した様子のアッシュ、パルル、グレイシアの三人だったが、まもなくハロウドが首を横に振り、ニヤリと笑ってみせた。
「フッ……いかにも危なそうな男だと思って焚きつけてみたのですが、上手くいきませんでしたね。いやー、フォードさん、見事です。今回も素晴らしかった……。だがしかし、まだまだ、僕の頭脳には全然及ばない。戦いは始まったばかりなのです。必ずやあなた方を破滅へと導いてみせますよ……」
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