22話 男
「フォード、頼んだよっ!」
「フォードさん、応援してますねっ……!」
俺の背中にリリとウサリアの声援が当たる。
「ああ、リリ、ウサリア、ありがとう――」
「――フォードとやらぁ……一応言っておくがぁ、制限時間は一時間だからなあ……」
「「「えっ……?」」」
モイヤーから想定外の言葉が飛び出したが、冗談を言うような顔には到底見えないしな……。
「な、なんで制限をかけられなきゃいけないんだ……?」
「ん……? 本物のなんでも解決屋なら、それくらいお手のもんだろ。それとも、丸一日かけなきゃいけないっていうのかぁ……? ウサリアちゃん、こんな胡散臭いやつに任せるべきじゃなかったんだよ……」
「……」
なるほど、俺がウサリアから応援されてるのを見て嫉妬したわけか。
「フォ、フォードッ、こんなバカな要求、断じて呑むべきじゃないよ。せめて三時間くらいは――」
「――いや、リリ。一時間で充分だ」
「ええぇっ!?」
同じ冒険者同士……ランクに関しては向こうが格上だが、この勝負、受けてやろうじゃないか……。
「よく言ったぁ、上等だよ。じゃあ絶対、おいらの顔を一時間で直してもらうからなぁ。ま、100%無理だが……」
「……」
笑ってるのがわかっててもやっぱり怖いな、この男の顔は……。
「フォードったら……あたし、どうなっても知らないよ! 虚勢なんか張っちゃってさ……!」
「リリ、安心しろって……」
「そうですよ、リリさん。フォードさんならやってくれますっ……」
「あ、あたしだって信じたいけどさ、それだけフォードのことが心配なんだよ……」
リリの気持ちもよくわかる。それでも、男には必ず勝負しなきゃいけないときがあるんだ。あと、なんでも解決屋をやる以上、クオリティだけじゃなくスピードも大事だと考えている。
「リリさん……。私たち二人の応援で、フォードさんの背中を後押ししましょう……!」
「……そうだね。兎ちゃんはおっぱいも大きいしあたしのライバルになりそうだけど、この際、敵も味方もありゃしないしっ」
「うふふっ……ではぁ、声を合わせますか……!」
「「ファイト―ッ!」」
「ぐ、ぐぐっ……」
「……」
リリとウサリアの黄色い声援で一層火をつけてしまったのか、モイヤーに穴が開くほど睨まれて精神力を抉られてるわけだが、この男の鬼の顔面を直すまでの辛抱だ……。
さあ、本物のなんでも解決屋を始めるとしよう。
【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】【声量】【歩き屋】【後ろ向き】――。
所持スキルを【宙文字】で視覚化、【希薄】化し、それらを見ながら思考を開始する。
顔関係のスキルさえあれば、それと【正直】を解体して組み合わせたらなんとかなりそうな気がするんだが、残念ながら見当たらないので別の手段を講じる必要がある。
「……」
うーむ、これはかなり難しいな。壁に掛かった時計に目をやると、既に10分も経過していた。さっきやり始めたばかりなのに、やたらと時間が早く流れていると感じる。それだけ切迫しているためか。あと50分ほどしか残された猶予はない……。
「どうしたぁ? そんなに時計を気にして……。見たところ、かなり厳しそうに見えるぞ、なんでも解決屋さん――いや、詐欺師二号さん、か……」
「……」
それを言うなら、俺たちのほうが先になんでも解決屋を始めたんだから違うだろうと返そうかと思ったが、どっちにしろ詐欺師認定されるのは目に見えてるので黙ることにする。
時間との戦い、それに男からの刺々しい視線、周りからの期待……次から次へと重圧が押し寄せてくるが、今更引き返すことはできないし、絶対に負けるわけにはいかない……。
しかし、時間は無情にもどんどん駆け足で進んでいき、俺はその足音さえも感じられるようになっていた。
「――あと30分だぞ……」
「くっ……」
わかってるのにいちいちモイヤーが知らせてきて、むかついたので軽く睨もうとしたら、例の物凄い形相が視界に入ってきたのですぐに目を逸らす。ただ、それだけじゃ鬼の顔面が目に入ってくるので、後ろを向くような感じになったわけだが――って、待てよ……?
スキル群に顔というものがないなら、こっちから作り出せばいいんだ。
そういうわけで、【目から蛇】と【後ろ向き】をバラバラにして組み合わせると、【振り返り】という、対象の顔が強制的に振り返るスキルに変わった。そりゃそうだろう、目だけ後ろを向くなんてできないわけだから、やろうとするなら当然顔もセットになる。
この【振り返り】と【正直】を解体して合わせてみたところ、【復元整形】という、異常な状態になった顔面を元の状態に修正するスキルになった。よーし、これならいけそうだ。
早速このスキルを使用してみると、モイヤーの鬼の形相がまたたく間に変化し、通常の顔に戻っていった。
「モイヤー、あんたの顔を直してやったぞ……?」
「え、え……?」
モイヤーが慌てた様子で手鏡を見て目を見開いてるが、もう怖くもなんともない、普通の顔だ。
「な、直っているだとぉ……!?」
「やりいっ! さすがフォード!」
「フォードさん、凄いですうぅっ!」
「20分も余ったな……」
リリとウサリアの歓声を背景にした俺の勝利宣言に対し、モイヤーはあたかも致命的な傷を負ったかのように、この上なく真っ青な顔で両膝を落とした。
「……も、申し訳、ない……。疑ってしまって……」
「いや、もう全然気にしてないから……。それにあんたは一度騙されてるし、なんでも解決屋のことを信じられない気持ちもわかるからな」
今回の件で、俺自身も彼から学んだことがある。
今までなんでも屋として色んなことに対応してきた経験もあったし、どう対処するかはその場で考えたほうが楽しいと思ってたんだが、時間制限をかけられたことで、このやり方に限界を感じ始めてるのも確かなんだ。スピードが大事だと思ってるなら尚更、普段から色々とシミュレーションしておいたほうがいいと痛感した。
「……う、ううぅっ……! おいらはなんて幼稚なんだぁ……。折角直してもらったっていうのに、まだフォード……あんたにみっともなく嫉妬してるんだあぁ……。ウサリアちゃんにフラれた以上、もう何もかもどうでもいいって自棄になってる自分がいて……」
「モイヤーさん……」
嘆き悲しむモイヤー、それに同情するウサリア……両者ともに心を痛めているのが声色からも伝わってくる。しかし、こればっかりはどうしようもないことだからな。
「……ああ。モイヤー、同じ男として、その気持ちはよくわかるよ。けどな、大事な客であるあんたの顔を直そうとしたウサリアの気持ちも、頭の片隅でいいから覚えておいてくれ……」
「……わ、わかったぁ……あ、報酬をっ……!」
「あぁ――って……!?」
モイヤーから銀貨を2枚も受け取ってしまった。
「こ、こんなに貰ってもいいのか……?」
「もちろんだ。おいらにも少しは格好つけさせてくれ。どうか、それでみんなと美味しいものを沢山食べてほしいんだ……」
「……あぁ、わかったよ、ありがとう……」
すっかり立ち直った様子のモイヤーと、俺は互いに強い表情でがっしりと握手を交わす。
今の彼は鬼の顔なんかよりもずっと勇ましい表情をしていて、格好いいとさえ思えるほどだった。これだからなんでも解決屋はやめられない……。
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