23話 笑顔


「それでは、お仕事頑張ってくださいね、フォードさん、リリさん」


「あぁ、ウサリアもな」


「ウサリア、がんばだよっ!」


「はぁーいっ」


 それから俺たちは昼食後、午後から『うさぎ屋』で働くことになってるウサリアと別れ、偽なんでも解決屋の被害者宅まで向かっていた。


 その人物に関してはを持っているということもあり、情報を集め始めてすぐに住所を突き止めることができた。


 アイラとかいう、短気を直すためにと【笑いのツボ】スキルを掛けられて笑いが止まらなくなった人で、彼女についても一度遠くから見たことがあって、随分と厄介そうなスキルを使われてしまったもんだと思っていた。


 まもなく目的地へ到着してノックする。モイヤーの家とは打って変わって小振りな家の玄関から現れたのは、満面の笑みを浮かべた女だった。なんか、鬼の顔とは別の意味で怖いな……。


「アイラさんですよね? 実は――」


 俺たちがそれまでの経緯を話すと、女は見る見る顔を赤くしていった。


「――つまり、あなたたちが真のなんでも解決屋で……ブフッ……わ、私の笑う癖を直したいってこと……!? アハァッ……アハハハハッ!」


「「……」」


 俺は思わずリリと苦い笑顔を見合わせる。被害者の女はとにかく笑いが込み上げてくるのを抑え切れない様子で、こうしてる間にも喜悦の表情で失笑を漏らすほどだった。


「か、帰ってくれない!? アハハッ! 今度はどんな酷い目に遭わされるか……プププッ……わ、わかったものじゃないし……アハッ!」


 女が扉を閉めようとしたところで、俺は強引に入り込む。


「なっ……!? ププッ……アハハッ! ど、泥棒でもしようっていうの!? アハハハハハッ――!」


「――10分だけでいいんです」


「……へ?」


「アイラさん……あなたは短気な性格で、すぐ怒る方だから、それを直したくてこういう目に遭ったそうで……。それなら、10分だけでもお時間をいただけないでしょうか?」


「フォッ、フォード、いくらなんでもそれは無茶だよ。たった10分で直すなんてさぁ……」


 リリが慌てた様子で割り込んでくるが、俺はその頭を軽くポンと叩いた。


「大丈夫だ、リリ。10分で直せる自信が俺にはある」


「……ブフフッ、い、言うわね。アハハハァッ! だったら本当に……アハッ、10分で直してもらうからね……プププッ……でも、もし直せなかったら……」


「直せなかったら……?」


「そのときは……ププッ……」


「「……」」


 短気なくせに勿体ぶるんだな、この女……。


「殺す……」


「「うぇっ!?」」


 殺すって……。驚きの余り、リリと二人で素っ頓狂な声を上げてしまったじゃないか……。


「ってのは半分冗談でね……ククッ……」


「半分……?」


「そう、半分。こういう目立つ特徴が……ウププッ……私にはあるから……それを活かして、アハッ……! あなたたちのが、プププッ……いかにヘボか、声高に宣言させてもらうからっ! アハハハハハッ!」


「なるほど……」


 殺すっていっても普通に殺すんじゃなくて、社会的に殺すってことか。ただでさえ客が来ない状況で、こんなに目立つ人からネガティブキャンペーンなんてされたらとどめを刺されてしまうだろう。


 それでもやるしかない。直せる自信もあるし、何より失った信用を回復するためには、こういった無茶な条件でやるほうがインパクトも大きくて良い宣伝になるからだ。


「フォードォ……あたしはもうどうなっても知らないよっ……!」


「リリ、大丈夫だって。俺を信じろ……」


 リリが心配するのもよくわかるので、頭をわしわしと乱暴に撫でて落ち着かせてやる。さあ、仕事の始まりだ。


 俺はいつものように【宙文字】で所持スキルを宙に描き出し、【希薄】によって外部の人間には見えないようにする。


【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】【声量】【歩き屋】【後ろ向き】


 まだ10個しかないが、【分解】スキルさえあれば事足りる。


 特に今回の場合、顔に関するものなので、前回作ったスキルさえあれば解決できると踏んでいたんだ。だからこそ短い制限時間でやれると宣言したんだが、それでも万が一のこともあるので1分とかじゃなく10分という時間にしたというわけだ。


 まず、【目から蛇】と【後ろ向き】を崩した上で組み合わせ、【振り返り】というスキルを作り、それを【正直】と合わせて【復元整形】を完成させ、笑う女アイラに使用する。


「……」


 よし、女の表情が元に戻った――って、ダメだ、しばらくしてまた例の笑い顔になってしまった……。


 これはおそらく、モイヤーの【鬼顔】のような異常性はない、すなわち元に戻すような整形を施すほどではないと判断されてるからなんだと思う。あのしつこく出てくる笑い声も笑顔と連結リンクしているはずなので、それさえ直せばいけると思ったんだが……。


 うーん、まずい展開になってきたな……。10分で直さなきゃいけないだけに残り時間が凄く気になるが、時計を見ている時間さえ惜しいので、切り替えて別の方法を考えよう。


 異常に対しては矯正が効果的だが、そこまでではないものには別の手段が必要だってことだ。考えろ、俺。もう時間がない……。


 矯正とまではいかなくても、直すことに変わりはない。異常ってほどでもないものを直すには、一体どうしたら――って、そうだ。


【復元整形】と【希薄】を【分解】してつなぎ合わせると、【表情安定】という、偏った表情を元に戻す効果のスキルになった。


「――さあ、出鱈目屋、そろそろ10分経つし、観念する頃だよ……って、あれ? 笑い声が出ない……?」


「アイラさん、鏡を見てほしい。過剰な笑顔が消えた結果、笑い声も出なくなったはずだし、表情が安定することで心も少しは落ち着くようになると思う」


 アイラは鏡を見て、驚愕の表情を浮かべてみせたが、【表情安定】の効果かすぐに元に戻った。


「……す、すごっ……! そんなところまで直してくれるなんて思わなかった……。神だ、あなた神様だよ……!」


「「あはは……」」


 出鱈目屋から神様に昇格しちゃったか。とんでもない持ち上げように、俺とリリはいかにも苦い笑みを向け合う。今やアイラは嗚咽を上げながら泣き始めてるし、本当に顔に喜怒哀楽が出やすい人なんだろう。【表情安定】が効いてるためか涙ぐむ程度だが。


「私の家はご覧の通り、お金持ちじゃないから銅貨10枚くらいしか出せないけど、許して頂戴ね。その代わり顔はそこそこ広いほうだから、あなたたちについての良い噂をたっぷり流して、評判を上げておくわね……!」


「「おおっ……!」」


 俺たちは弾むような明るい顔を見合わせた。きっと、元に戻る前のアイラも顔負けするほどの笑顔に見えたに違いない……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る