24話 興奮状態


 次に俺たちが向かったのは、鬼面モイヤーや笑う女アイラと同じく、アッシュらの偽なんでも解決屋による被害者の家だ。


 マダランという名前の爺さんで、かつて王に謁見したこともある中級貴族なんだとか。


 体が怠いという悩みに対してハロウドに【大興奮】というスキルを掛けられ、それ以降興奮状態が一向に収まらなくなり、今や意識不明の重体らしい。


「「――うわっ……」」


 それからしばらくして到着した家は、まさに邸宅と呼ぶべきもので、モイヤーのものより二回りほど立派な佇まいだった。こんなところに住む貴族の爺さんをああいう目に遭わせたっていうのも、兵士たちが動いた理由としては大きいんだろうな。


「ど、どうする? フォード……あたし、なんだか怖くなってきたよ……」


 リリが不安がるのもよくわかる。ここは今までとは明らかに雰囲気が違っていて、万が一失敗するともう取り返しがつかない、そんな危険な臭いがプンプンと漂ってくるからだ。


 だが……今回は制限時間というリスクに備えて、ちゃんと事前にどうすればいいのか歩きながら対策を考えてきたし、ここまで来た以上、今更引き返すつもりなんてない。それに、ここをスルーするようだと、今までやってきたことが全部無駄になってしまうような、そんな気がすることも確かだった。


「行こう、リリ。大丈夫だから……」


「あ、あい……」


 リリの手を引っ張るとき、少しだけ抵抗を感じるとともに、若干震えているのがわかった。


 きっと自分以上に恐ろしさを感じてるはずだが、それでもついてきてくれるのは、それだけ俺のことをパートナーとして認めてくれてるってことなんだろう。彼女の存在は、多分俺にとって想像以上に大きい。いつも元気に客引きをしてくれるし、すぐ側で見守ってくれるから安心感があるんだ。


 彼女がいなかったら、俺はここまで来られなかった……って、妙だな。なんでこんなことを考えてしまうのか。まるでリリがいなくなってしまうみたいじゃないか……。それだけ今回の仕事は今までとは毛色が違ってて、危うさというものをひしひしと感じてるからなのかもしれない。


 城壁を思わせる荘厳な門を潜り抜け、大自然を凝縮したかのような庭園を歩き、その先にある玄関の狼型ノッカーを叩くと、やがて召使いらしきメイド服の吊り目の女が出てきた。


「なんのご用件でございましょう?」


「えっと、俺たちはなんでも解決屋のフォードとリリっていって――」


「――なっ……!?」


「「……」」


 な、なんだ? 召使いの女がこの上なく目を見開いて、明らかに動揺した顔つきになった。


「……しょ、少々お待ちくださいませ……!」


 彼女は酷く慌てた様子で、俺たちに背中を向けた際に転びかけたのち、小走りに奥のほうへと消えてしまった。うーむ……なんか凄く嫌な感じだったな。思わずここから逃げ出したくなるくらいには……。


「――不届き者はそこにいるのか……!?」


「「っ!?」」


 荒い足音と怒声が一足先にやってきたかと思うと、まもなく顔を紅潮させた痩身の男が、いかにも屈強そうな男たちとともに現れた。


「連れていけっ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 俺たちはあっという間に男たちに取り囲まれ、押されるようにして奥へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと、これは一体……!?」


「なっ、何すんのさ――!?」


「――いいからついてこいっ! 犯罪者どもめっ!」


「「なっ……?」」


 は、犯罪者どもって……なんて言われようだ。


「いいか、お前たち、絶対にそいつらを逃すな……。もし逃げたらその場で即刻殺しても構わんっ!」


「「「「「了解っ!」」」」」


「「……」」


 その場で殺すだと? おいおい……またとんでもないところへ飛び込んでしまった格好なんだな。覚悟はしていたが、まさかこれほど手荒く迎えられるとは思わなかった……。それでも、これだけの憤りを見せる中ですぐに殺さないってことは、猫の手も借りたい心境なんだろう。


「――これを見ろっ……!」


「「あっ……」」


 俺たちが急かされるようにして辿り着いた場所――そこはあちらこちらに煌びやかな装飾が施された、なんとも優雅な色彩の大部屋であり、片隅のベッド上には一人の老翁が横たわっていた。


 こ、これは酷い……。老人は白目を剥いたままで泡を吐き出し、その顔色は火傷をしているかのように真っ赤で、まさに息も絶え絶えの状態なのが見て取れる。


「これが……これが私の父上に対し、お前たちなんでも解決屋がやったことなのだ……!」


「で、でも、それは俺たちがやったことじゃなく、別のなんでも解決屋が勝手にしたことで……」


「そ、そうだよっ! あたしらが一体何をしたっていうのさっ……!」


「ええいっ、黙れ! おい、そのガキを人質に取れっ!」


「「えっ……!?」」


 男たちによってリリが羽交い絞めにされ、首筋にナイフをあてがわれる。


「リッ……リリを離せっ!」


「おい、動くな! そこのお前、父上にこんなことをしたやつらとは違うと言ったな? では治してみよっ! もし治療できたなら人質は解放する。だが、もし治せなかったら……父上の仇として、人質の首を掻っ切ってやる……」


「フォ、フォードォ……」


「……」


 この男の目……本気だ。やるしかない。リリ、お前をこんなところで死なせるわけにはいかない。見てろ、すぐにこの爺さんを回復させてお前を解放してやる……。

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