2話 分解


 アッシュたちに追い出されて一人になった俺は、その足で王都フォーゼリアの貧民街にあるボロ宿『桃源郷』まで来ていた。


 歩くだけで床が軋むような、薄暗くて小汚い宿なんだが、自分にはもうここくらいしか居場所なんてないんだ。


 銅貨10枚で泊まれるところなだけあって食事も出ない上、ガタガタの薄っぺらい窓から見える景色も最悪で、丸出しの洗濯物や魚の干し物等、生活感溢れるあばら家を見渡すことができた。


「――フォードお兄ちゃん、こんばんはっ!」


「おっ……」


 俺の泊っている部屋に、三角巾とエプロンをつけた看板娘のモモがやってきた。まだ10歳らしいが、しっかりしていて働き者なんだ。22歳の自分と比べても大差がないように思える。子供らしいところもちゃんとあって、人懐っこくて宿泊客からの人気も高いらしい。


「モモ、元気にしてたか?」


「うんっ!」


 ちなみに彼女の両親はというと、不幸にも有名な殺人犯に遭遇したことで惨殺され、祖母の伝手もあってこの宿『桃源郷』で7歳の頃から住み込みで働いているんだそうだ。


 まあ、この世界はそれくらいたくましくないと生きてはいけない。今いる都ですら治安の悪いところばかりで、いつどこで誰が殺されてもおかしくないわけだからな。


 俺も仲間たちから追放されちゃったし、単独行動なら尚更変な連中に狙われて命を落としてもおかしくない。なので、生き延びるためにはギルドで一から仲間を探すべきだが、まずはゆっくりと休みたい。話はそれからだ。


「あ、そうだぁ……。昨日、空き部屋のお掃除をしてたらね、こんなの見つけたんだよっ!」


「こ、これは……」


 モモがスカートのポケットを豪快にまさぐって、白い下着を公開しながら俺に見せてきたのは、ひし形の青い小石――神授石しんじゅせき――だった。


「フォードお兄ちゃんにあげるねっ」


「あ、ありがとう……」


 この神授石は、15歳以上になって教会で洗礼を受けることで貰えるもので、額に押し当てるとスッと入り、中に封じられたスキルを使うことができる。一人一つだけ使えるもので、俺の【分解】スキルもそうやって授かったものだ。


 逆に、要らないと思ったなら額に手を当てることで取り出し、捨てることもできるんだ。ただ、次に洗礼を受けて新しい神授石を受け取るには、教会のルールで一年ほど待たなきゃいけないみたいだけどな。あるいはどこかで神授石を買うか、拾うか……どっちにしても有用なものがそう簡単に手に入るはずもないわけだが。


 空き部屋にあったってことは、おそらくゴミスキルだからと捨てられたものだろうし価値はないと思うけど、折角だしありがたく貰っておくとしよう。


「あ、もう一個あったからあげる!」


「お、おう……サンキューな」


 また一つ神授石を貰ってしまった。スキルなんて一人一つしか使えないし、額に入れるのも取り出すのにも少し時間がかかるから、何個も持っててもしょうがないんだけどな。


「これからまだ仕事があるから、またねっ!」


「あぁ、モモ、頑張りすぎないようにな」


「ありがと! フォードお兄ちゃん、大好き……ちゅっ」


 モモが俺の頬にキスをして元気よく走り去っていくと、部屋の中は嘘みたいに静まり返ってしまった。本当に前向きな子だから見習いたいもんだ。


「……」


 一応、どんな効果なのか見てみるかな。俺はその辺に寝っ転がりながら、【分解】スキルで手元にある二つの神授石を分析アナライズすることにした。


【火の挑発】:下げた親指から火が降る。


「はあ……」


 親指から降るってだけでしょぼい火だってことがわかる。やっぱり、捨てられるのもわかるくらいとんでもないクソ効果だ。さあもう一つ調べてみよう。


【石好き】:目の前に石が出現する。


「……」


 な、なんじゃこりゃ……。


 こういうのを見てると、外れ扱いされてる俺のスキル【分解】もマシに思えてくるから不思議だ。まあ五十歩百歩だけどな。


 せめて、物だけじゃなくて何かほかに【分解】できればなあ。例えばこの【火の挑発】スキルとか……。


【火指】:火が指の形になる。


「えっ……?」


 ぼんやりと【火の挑発】スキルを眺めながら【分解】したいなんて思ってたら、スキル名も効果も変化してしまった。これは、まさか……スキルにも適用されるのか?


 よーし……今度は【石好き】スキルにも試してみよう。


【目石】:目から石が出て来る。


 確かに変わった。でも、両方ともしょぼいスキルだ。せめて二つを混ぜ合わせることができれば……って、二つのスキルの効果を組み合わせようとしたら一つになった。


【火石】:目の前に燃え盛る石が出現する。


 おおっ……。ゴミスキルであることには変わりないが、それでもこれは世紀の大発見だ。しかもだ、額に入れてみるとちゃんと入ったから、【分解】スキルの一種としてみなされてるっぽい。つまり、【分解】したものなら幾つでも同時に使える状態にできるってわけだ。


 凄いな、これ……。もう疲れなんて吹き飛んでしまった。


 この状態で【分解】スキルをもう一度使用すると、リセットされたらしくてまもなく額から二つの神授石が出てきた。分析すると【火の挑発】と【石好き】スキルにちゃんと戻ってる。


 よーし、またこいつらを【分解】してもっと有用なスキルにしてやろう。どんなスキルが誕生するのか、今から楽しみになってきた……。

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