7話 変わり目


「「はあ……」」


 例の商店街の一角、俺とリリの溜め息が重なる。


 自分たちが見世物小屋を始めてから、一週間ほど経ったわけだが、客足は遠ざかるばかりだった。ゴミスキルが氾濫しているこの時代、目から火や蛇が出る程度ではすぐに飽きられてしまうということだ。


 所持金もすっかり底を突き、今日の宿代くらいしか残ってはいなかった。これではもう無一文と似たようなものだ。


「あ、ポポンがポンッ、あ、ポポンがポンッ!」


「「……」」


 踊り始めたポポンガおじさんの声が虚しく響き渡る。こんな朝っぱらから、まだ肌寒いっていうのに上半身裸でよくやるもんだ。彼のほうが、ずっと何も変わらない芸という異常性、安心感からか、いつ見ても小銭入れには金が投げ込まれてるんだ。


「よーし、あたしがまた例のスキルで――」


「――いや、リリ。もういいから……」


 連れてきたところで、どうせつまらなそうに舌打ちされた挙句、またここかって捨て台詞を吐かれて逃げられるだけだからな。


「でもさぁ、フォード……このままじゃおまんまにありつけないじゃないかぁ……」


「何か別の方法を考えよう」


「別の方法かぁ……あ、それなら、いい考えがあるよっ」


「いい考え?」


「うん。あたしが裸同然の格好になってさ、ロリコン野郎を釣るってのはどうだい? ニヒヒッ……」


「おいおい、リリ……それはダメだ。自分を大事にしろよ。そんなことしたらいつ誘拐されてもおかしくないぞ?」


 俺が即座に否定したら、リリが意外にもにんまりと嬉しそうに笑った。なんだ……?


「フォードって、なんだかんだ言ってあたしのこと大事に思ってくれてるんだねえ。嬉しくて濡れてきたよ。あはんっ……」


「リリ……」


「じょ、冗談だよっ、そんなに凄まなくても……」


「……」


 まあ冗談が言えるような元気がある間になんとかしなきゃな。食えなくなったら共倒れで死ぬだけだし。


 ふとギルドの依頼を受ける、なんて考えが頭に浮かんだが、一人じゃ厳しいものばかりだからな……。仲間を募るにせよ、どうしても元仲間たちに追い出されたことが尾を引いてしまってるのか、到底そんな気分にはなれない。


 自分よ、今こそ考えろ。この苦境を打開するにはどうしたらいいのかを。


【分解】スキルには思わぬ効果があり、ゴミスキルでも解体して組み合わせることで有用スキルになり、一時は見世物としても成立した。それならほかにもできることは必ずあるはず……って、待てよ?


 そこでとある考えが浮かび上がってきて、俺は目が覚める思いだった。もしかしたら自分のオリジナルスキルっていうのを、一番過小評価していたのは自分なのかもしれない。見世物小屋がダメならがあるじゃないか……。




 ◆◆◆




「うおおおおぉっ! ひっく……酒だぁっ……酒を持ってこおぉぉいっ! なるべく上等なやつをなあああぁっ!」


「かしこまりました」


 王都フォーゼリアの冒険者ギルドにて、酒気を帯びた威勢のいい雄叫びが響き渡る。


「……アッシュさん、さすがに飲みすぎでは……?」


 それに対し、ハロウドを始めとした、アッシュの仲間たちの冷たい眼差しが注がれる。


「そうだよー、アッシュ。こんなことじゃ、凝魔石を売って手に入ったお金があっという間に溶けちゃうー……」


「ハロウドとパルルの言う通りですわ、アッシュ。少しは自重してくださいまし……」


「あぁ……? ケチケチすんなっての! さあ、お前らも飲め飲めえっ! うおおおおぉっ! おえっぷ……」


「「「はぁ……」」」


 すっかり酔っ払った様子のリーダーを見て、ハロウド、パルル、グレイシアの三人が同時に溜め息をこぼす。


「――では、僕がによって、この淀んだ空気を変えるといたしましょうか……」


 それからほどなくして、長髪を掻き分けながらクールにそう切り出したのはハロウドだった。


「「「面白い話題……?」」」


「ええ、ほら、最近の出来事ですからみなさんも覚えているでしょう。僕たちに追い出された間抜けな存在を……」


「ひっく……そんなの、俺らのパーティーにいたかあ? 幻じゃねえの?」


「パルルもわかんなーい」


「わたくしもですわ……」


「フフッ……僕だけが覚えていたとは……。ま、彼は所有スキルと同じく微生物のような哀れすぎる存在でしたから無理もありませんかねえ。こう言えばわかるでしょう……?」


 ハロウドの言葉で、アッシュたちがまもなくはっとした顔になる。


「「「フォード……?」」」


「そうそう、そいつです。つい最近、商店街で彼の姿を目撃しましてねえ……見世物小屋を開いていて、おそらくはゴミスキルを使い分けたショーでしょうが、これがなんとも惨めでしてねぇ、彼の無様な人生自体が見世物であったと、僕はそう確信した次第なのです……」


「「「ププッ……」」」


 ハロウドの絶妙な語り口に、聞き入っていた様子のメンバーの失笑が飛ぶ。


「ういー……さすがっ、軍師ハロウドッ! 中々おもしれーじゃん……。よおぉし、今度みんなでさあぁ、フォードの野郎を冷やかしに行かねえ?」


「パルルも行きたいー! 怖いもの見たさっていうか、キモイの見たさってやつ!」


「正直、わたくしとしては視界にすら入れたくない存在なのですけれど……たまには虫けらを見下ろすことで自分を慰めるのも悪くないかもしれませんわね……」


「「「アハハッ!」」」


 自分たちが追放した相手――フォード――の惨めな姿に思いを馳せるアッシュたち。ギルド内では、しばらく彼らの愉悦に満ちた笑い声が途絶えることはなかった……。

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