9話 出発点


「えっ、ここは……」


 リリが驚くのも無理はない。


 俺たちが向かった場所……そこはいつもの商店街で、しかも見世物小屋をしていた場所だったわけだしな。


「なんだい、フォード……結局、見世物小屋をやるんじゃないか……」


「いや、それは違うぞ、リリ」


「へ……?」


「今日から始めるのはな……見世物小屋じゃなくて、なんでも解決屋だ」


「なっ……なんでも解決屋だって……!? そ、それって、相手の要求することになんでも応えるってことだよね。大丈夫なのかい……?」


 リリが俺の顔を不安そうに見上げてくるのも無理はない。見世物小屋からなんでも解決屋っていうのは、かなり飛躍したように見えるだろうからな。


「まあ、今のところはなんでも解決……を目指す屋、だからなんの問題もない。解決できなかったら報酬を受け取らない形にすればいいんだ」


「なるほどねえ。でもそれなら、今までと違って客も集まりそうだね!」


「ああ、こういうのは最初が肝心だけどな。スタートでつまずいてしまうと、客も警戒して近寄らなくなる」


「だねえ。よーし、それならあたしがはりきって集客してくるよ!」


 リリが袖を捲ってやる気満々の様子になると、往来する人波を【足掬い】によって止めてみせた。今じゃ随分とスキルの使い方も上手くなって、転ばせるというより少しだけバランスを崩させる感じでやれるから凄い。


「さー、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! フォードの見世物小屋――じゃなくて、なんでも解決屋っ! 報酬は解決できたらの後払いっ! みなさま、是非一度お試しあれっ!」


 さすがはリリ、その語り口はすっかり慣れたもんだ。ちょっと言い間違いはあったものの、人を引き込むには充分なクオリティだった。


「「「「「……」」」」」


 そのまま通り過ぎていくやつもいたが、興味を持ったのか何人か立ち止まって視線を向けてくるのがわかる。


 さあ、ここが運命の分かれ道だ。一人でも客が来てくれれば、その流れでどんどん増えていくと思うが、一人も来ないとそのあとに続く客も出てこない可能性がある。客が一人でもいる店と、まったくいない店、どっちが入りたくなるかって話だ。


「「……」」


 これでもかと緊張が凝縮された一瞬をリリと過ごす。


「「――あっ……」」


 まもなく、俺たちの上擦った声が被ることに。白髪頭のおじさんが、杖をつきながらよろよろとした足取りで近付いてきたんだ。


「あの……ちょっとよろしいですかな?」


「あいよー、素敵なおじさま、なんでも解決屋へようこそっ! フォード、値段値段っ」


「あ……報酬は後払いで、銅貨10枚となります」


「そうですか。では、是非お願いしたい」


 それくらいあれば、一日しか持たないがボロ宿『桃源郷』の宿代くらいにはなるからな。値段が高すぎるのは論外として、こういうのは独占禁止法に触れないために安すぎてもいけない。


「最近になって、歳のせいか目がさらに悪くなってきてねえ。ぼんやりとしか見えないもんで、それでなんとかしてもらえないもんかと……」


「なるほど……ちょっとお待ちを」


 それまで腰を下ろしていた椅子に客を座らせ、俺は立ち上がる。


 まず、【宙文字】スキルで自分の所有スキルを【分解】を除いて宙に描き、解決策が浮かびやすいようにして、さらにほかの人から見られないよう、【希薄】スキルを宙に浮いた文字に使用した。


 ちなみに、リリだけには見えるようにと念じることで、彼女にも【希薄】化した【宙文字】を目視できるようになっている。


【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】


「……」


 宙に浮かんだ七つのスキルをじっくりと見ながら、俺は顎に手を置いて思考を開始する。数は少ないが、このスキル群でなんとかできないものか……。


 それにしても、なんというか周りからの圧が凄い。野次馬なのかちらほらとこっちの動向を見てるやつらがいた。


 どうなるか気になってるんだ。潜在的な客でもあるし、一発目ということで失敗すると彼らにも逃げられそうで痛いが、今のスキルたちでどうにかできるようには到底思えない。


 まずいぞ、これは……。ちょっと焦り過ぎちゃったかな。もう少しスキルを増やしてからやるべきだったんじゃないかと、正直後悔し始めている。


「んーと、なんでも解決屋さん、まだですかな……?」


「も、もう少しお待ちを……」


「……」


 急いでるのか、客のおじさんが漏らした小さな溜め息でさらにプレッシャーがかかる。


「フォ、フォード、どうするんだい……?」


 リリも焦ってるらしく、小さな声を震わせていた。考えろ、考えるんだ。必ずどこかに突破口はあるはず――


「――あっ……」


 そうだ……があった。


 男の目を治すために俺が選んだスキルは、【視野拡大】と【正直】だ。それぞれ、視野が拡大する、嘘がつけなくなるという効果なわけだが、これらを【分解】して組み合わせることで、視野が嘘をつけなくなる……すなわち視力が正しくなる効果の【視力矯正】というスキルが生まれた。


 これなら治せるはず。早速このスキルをおじさんに使用することに。


「お、おおおぉっ……? 見える、見えるぞ……!」


 おじさんが立ち上がって叫び、周りから拍手が沸き起こる。


「ありがとう……本当にありがとう……! これは、ほんの気持ちだ……」


 おじさんはよほど感動したらしく、小銭入れに銅貨を20枚も入れてくれた。


「「お大事に!」」


 俺たちはおじさんに笑顔で手を振って別れる。


 いやー、一時はどうなるかと思ったけど、なんとかやれた。ただ、使えるスキルの選択肢に幅を持たせたいので元の二つのスキルに戻しておくと、浮かんだ文字もそれに応じて変化してくれた。


「フォード、凄いじゃないか。まさか、【視野拡大】と【正直】をバラバラにしてくっつけるなんてさ、そんな発想なかったよ……!」


 リリもかなり感動した様子で涙ぐんでいる。彼女にもそれだけプレッシャーがかかってたんだろう。


「ふう……意外となんとかなるもんだ。とにかく第一関門突破だな」


「だねえ」


 俺たちは、心底安堵したような笑みをぶつけ合うのだった……。

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