10話 耳


「あのー……ちょっといいですかニャ?」


 二人目の客は、思ったより早く来た。猫耳の亜人だ。やっぱり最初で躓かなかったのが大きいんだと実感する。


「お、今度はネコちゃんが来たねえ」


「フーッ!? ネ、ネコじゃないですニャッ! 私にはネネっていうちゃんとした名前がありますニャッ……!」


「あははっ、大して変わんないねえ」


「リリ、謝るんだ。お客さん、助手が失言してしまって申し訳ない……」


「ご、ごめんよ……」


「ま、まあいいニャッ、私は心が広いから許しますニャ……」


 ネネっていう亜人の子が寛容な性格でよかった。折角流れが来てるところで逃げられると痛いからな。


「それで、なんでも解決屋にどんなご用件で……?」


「急ぎの用事ですニャッ。妹と都に来て、商店街に入ったところではぐれてしまったのですニャア……」


「なるほど……」


 王都フォーゼリアの商店街はとにかく広くて入り組んでる上、往来する人も多いから人探しに関してはかなり苦労するだろうしな。まだ無名のなんでも解決屋とはいえ、藁にもすがる思いで頼ってきたのもうなずける。


「てかさあ……あたし思うんだけど、そんなの普通に探せばいいだけじゃないのかい……?」


「いや、リリ。そんなことをしたら擦れ違いになる可能性もある」


「あ、そっかぁ……」


「その方の言う通りですニャ。それと、うちの妹は生まれつきの病気で耳が遠いですニャ。なので、名前を叫んでも意味がないのですニャ……」


「なるほど……ではネネさん、椅子に座ってお待ちを」


「はいですニャ」


 俺は早速【宙文字】を使用し、【希薄】化した所持スキル群に目を通す。


【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】……これらのスキルを駆使して、いかにネネの妹を見つけ出すか……。


「……」


 うーん……正直、何も思い浮かばない……。ネネが落ち着かない様子でしきりに貧乏ゆすりしてるし、ここは何か話題を出して時間稼ぎしないと逃げられそうだ。


「そうだ、妹さんの名前は……?」


「ニャッ? ミミですニャ」


「ニャるほど……」


 あ……いかんな、口調が移ってしまった。リリが口に手をやって笑うのを堪えてる様子。


 とにかくでかい声や物音を出す系のスキルがあればと思ったが、耳が遠いんだっけか。それなら目印とか……って、そうだ、があった……。


 俺は早速、【降焼石】【宙文字】【輝く耳】を解体して合わせ、【流星文字】というスキルを作り出し、それで『ミミさんを探しています』という大きな文字を降らせることにした。


 お、おおぉ……想像以上に派手だ。道行く人たちがいちいち立ち止まって指差していくくらい目立ってるし、これを本人が見てくれたら解決するはず――


「――はぁ、はぁぁっ……」


「「「あっ……!」」」


 まもなく俺たちの前に、とても小柄な猫耳の幼女が息を切らした様子で現れた。これはもう、ネネの妹のミミで間違いない。


「ミミッ! 探したニャッ……!」


「……みゃ、みゃあぁ……お姉しゃんっ……!」


「「……」」


 涙ぐみながら抱き合う猫の亜人姉妹を見て、俺はリリと心底ホッとした顔を見合わせる。


 迷子を見つけ出すのではなく、引き寄せるという発想がよかった。もちろん誘拐されてたらこのやり方でも厳しかったんだが、【流星文字】で多くの人たちの注意をこっちに引きつけることができたのもよかったのかもしれない。


 まだスキル自体は少ないが、工夫さえすればなんとかなるもんだ。というわけで、手段に幅を持たせたいので【流星文字】は元の三つのスキルに【分解】で戻しておく。


「――この度は本当にありがとうございましたニャッ、また何かあったら来るですニャア」


「ありがとみゃー」


 ネネとミミの亜人姉妹が、時折振り返りつつ笑顔で手を振りながら去っていく。ちなみに妹の難聴についても、【輝く耳】と【正直】を解体して効果を合わせることで生まれた【聴力矯正】スキルによって治すことができた。


 今回、こうして二つの件を解決したことで銅貨が20枚増えて40枚になったので、あくまでも最低限だが四日分の宿泊代は確保されたわけだ。ただ、飯も食べなきゃ生きていけないし、それくらいの日数はぼんやりしてたらあっという間に過ぎてしまうからな。


「さあ、リリ。この調子でもう少し頑張らないとな」


「んだねえ、フォード。じゃんじゃん稼ぐよっ!」




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 都の商店街の一角にて、すっきりとした笑顔で喜び合う青年と少女の姿を、なんとも苦々しい面持ちで見つめる者たちがいた。


「な、なんだありゃ……!? なあハロウド、フォードが惨めな見世物小屋をやってるっていうから笑いにきたのによお、なんか様子が全然ちげーぞ!?」


「ホント、つまんなーい……。もしかしてハロウドが勘違いしちゃったのー?」


「がっかりですわ。見間違いではありませんこと? ハロウド……」


 アッシュ、パルル、グレイシアの怪訝そうな視線が、驚愕の表情を浮かべたハロウドに注がれる。


「バ、バカな……。僕は確かにこの目で見世物小屋を目撃したのですから、間違ってるはずはありません……」


「よーし、そんならよ、俺がちょっと調べてやる。やい、そこのお前っ!」


 アッシュが意気揚々と袖を捲り、歩いてきた中年の男の首根っこを掴んで持ち上げる。


「ひっ!? な、なんなんですか、あなたは……」


「お前よお、さっきまですぐ近くであいつらの様子を見てただろ。あそこで何があった!?」


「な、何がって……なんでも解決屋とか……」


「「「「っ……!?」」」」


 男の発言によって、アッシュたちは一様に酷く驚いた顔を向け合うのであった……。

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