第三十二話 もうあとには引けないんですか?

「病院の敷地内で助かったわ。しかし、これだと今度はワシが動けんようになってしもうたのう」


 高子は全治二週間の怪我となり、しばらく入院することとなってしまった。

 奇しくも安奈の退院と入れ替わるようになってしまったのは、彼女にとっても複雑だった。


「それでも、無事で良かったです」


 それは安奈の嘘偽らざる本音であった。姉妹達の死は、彼女にとって深い傷となって心の奥に残っている。その後に、親と仰ぐ高子まで死んでしまったら。不安が濁流のように体に充填されて、その場に縫い付けられたように重くなる。


「ほんとに、良かったです」


「……ま、顔の傷は残ってしもうたがのう」


 高子は右頬の傷を撫でる。安奈にとっては、そんなことどうでも良かった。高子が生きている。それだけで十分だった。

 同時に、否応なく彼女が死を振りまく者であることも思い知らされる。こくどうは別れを生み、死を与える。大竹とは結局殆ど話をしない間柄ではあったし、ショックだったのも事実だったが──それでも高子が生きていてくれたことに、安奈は何よりも安堵していた。


「安奈。お前にゃ心配かけてばっかりじゃのう」


「それは……そうかもです」


 安堵からか、安奈は少し微笑んだ。高子もそれにつられるように笑った。こんな時間だけが続けばいいのに──とふと思うが、ほかならぬ高子がそれを遮った。


「安奈、ちいとこっち寄れ。ベッドにかけてええ」


 言われるがままベッドに腰掛ける。高子はこちらをじっと見つめてから、口を開いた。


「安奈。……お前、ワシの姉妹にならんか」


「子分じゃなくてですか?」


「ほうじゃ。……御子も、ゆりも死んだ。祇園会はワシとお前だけじゃ。これからは、お前の力が頼りなんじゃ」


 そう言うと、頭を下げた。

 何がなんだかわからなかった。子分から姉妹になれるものなのだろうか。そもそも、安奈はそんなものどうだっていい。盃があってもなくても、高子のために何かしたいと思う気持ちはまだ消えていなかった。


「あの。顔を上げてくれませんか」


「ほしたら、姉妹になってくれるか?」


「当たり前ですよ」


「ほんなら話が早いわ。安奈、ちいと寄れ」


 高子の手が、一瞬だけ赤く染まっているように見えた。もちろんそんなわけがない。傷だらけになった彼女の両手は、包帯で覆われている。そうとも、思い違いだ──彼女の手が腰に回され、頭上に掲げられたスマホからフラッシュが降り注ぐ。


「披露は、事始め……今月の十三日にそういう会合があるんじゃが、そこでやる。とりあえず仮じゃが、お前はワシの姉妹じゃ。今日から、そがあに名乗ってええけえ」


「わかりました。それじゃ……姉さんって呼んだほうがいいですかね」


 高子はそれを聞いて、くすぐったがるように笑った。つらいことばかりだった。ゆりも御子もいなくなって、安奈はもはや通常人カタギには戻れない。それでも、安奈には姉妹がいるということのほうが大事だったし、嬉しかった。


「失礼します」


 病室の外から声がかかった。安奈が振り向くと、そこには不動院が立っていて、頭を下げていた。


「安奈。悪いが席を外してくれんか」


 そう言った彼女の顔には、どこか複雑な表情が張り付いていた。怒りや、失望──それが不動院に向けられているのは明らかだった。安奈は素直に頷いて、不動院に会釈し、病室を出ていった。


「不動院の。ワシが言いたいことくらい想像がつこうが」


「つきますとも」


「ワレ、ワシを会長にして担ぐいうんはええわい。それを反故にして、天神会とコミ合わす言うんは話が違うじゃろうが」


「お言葉ですが、日輪さん。これは必要な措置ですよ」


 不動院は落ち着き払って、ベッドのそばのパイプ椅子を起こしてそこに腰掛けた。


「白島会長は、紙屋連合をそもそも認めていなかった」


「ほいじゃけえワレが渡世の掛け合いにいったんと違うんか!」


「そのとおりです。ただ本家はそれすらもまともに受け入れるつもりなどなかった。あなたに鉄砲玉を放ったのもその一環でしょう。それに」


「それに?」


「紙屋を殺したのは本家ですよ。親ァ殺られとって、下に付くこともなあでしょうが」


 炎が吹き付けるような、熱気を伴った怒りが、不動院から発せられたのに、高子は面食らった。紙屋の死──白島が高子や宇品にそうするように仕向けたことが、ことここに返ってきたのだ。

 それがわかった途端、高子は心の内で笑みを浮かべていた。不動院の憎悪は、何よりも追い風になるだろう。


「……白島から裏ァ取ったんか」


「ワシら警察じゃなあですよ。疑わしけりゃクロ。それでええでしょう」


 こくどうに証拠は必要ない。事実がそう示しているのであれば、返しは行われなくてはならない。それで二の足を踏むようではナメられる。不動院は、そういう意味で正しくこくどうだった。


「それで? 手はあるんか」


「事始めの日……天神会はヒロシマ城でお披露目をやる、言うんはご存知ですね?」


 生憎祇園会にいる時には出席したことがなかったが、天神会の事始めはこくどうの世界ではつとに有名である。


「まさかそこに殴り込みに行くんじゃなかろうの。友好団体からなんから、良おけ来よるんで、あの会は」


 不動院は頭を振った。


「もちろん、そんな中に飛び込んでいけばその後のことも含めて自殺行為です。大事なイベントですからね。ですがそれは、本家にとっても同じこと……毎年、会長と幹部達数名で、リハーサルをやるんですよ。……意味はおわかりですね?」


 ヒロシマ城本丸は現在、公園になっている。渡るための橋は二箇所。そのうち南側にある橋は神社へ繋がる橋であることもあり、いかに天神会といえど借りられず通行もできない。つまり、一箇所さえ潰してしまえば、ヒロシマ城にいる白島に手が届くのだ。


「ほいじゃが……白島を抑え込めるこくどう、おるか?」


「チャカ持ちなら関係なあですよ」


 たしかに、一年前の自分もそうした。いかに根性があっても、大勢で弾をブチ込めばこくどうは死ぬ。あのとき、一人でそうしたのは間違いだった。もしかしたら、数人でかかれば未来は違ったかもしれない。

 高子は思う。今度こそ間違えない。白島の命を取り、復讐を完遂させる。


「紙屋連合は、この不動院が説得します。わたしは、あなたを会長として担ぐ。その気持ちだけはほんとうです」


 会長。それはもはや、組織の長としての肩書ではなかった。ヒロシマの頂点てっぺん。天神会会長と言い換えられていたそれが、今まさしく取って代わられようとしている。


「不動院の。……お前も元は天神会のこくどうじゃ。元は親の紙屋が殺された、言うても、親の親が白島なら……」


「飲み込めぇ言われるんでしょう。……ええですか、会長。たしかに、クロでも親がシロじゃ言うたら飲まにゃならんのがこくどうです。ほいでも、それ以上に私は……あなたを担がにゃならんのです」


 不動院はそう言うと、高子の先──別の人物を見つめていた。高子にはその人物が御子だろうと分かっていた。不動院は別に自分に心酔しているわけではない。ただ単に、死んでいった御子に義理を通すために自分を利用しているだけだ。

 それでもいい。

 高子はもう、戻れないところまで来てしまった。白島を倒すか、自分が死ぬか──誰だって死にたくはない。ならばこちらも不動院を利用するまでだ。


「わかった。事始めのリハーサル言うんも、もう時間ないじゃろ。ワシャ体を治すのが精一杯じゃけえ、カチコミにゃあいけん。不動院の、ワレに任す。事始めまでに──白島を殺れや」


「任せてください。白島を殺れば、あんたは名実ともにヒロシマのてっぺんに立つでしょう。わたしがそうさせます」


 打算と都合──それらが奇跡的に合致したことで、紙屋連合と日輪高子の復讐は動いている。

 外から、自転車のベルが響いてくる。高子はそれがまるで、自分たちのようだと感じて虚しくなる。壊れかけの自転車を漕いで、目的地へ急いでいるようなものだ。

 いずれ壊れゆく前に、ケリをつけなくては。



 天神会本部生徒会室。

 応接セットで向かい合って顔を突き合わせていたのは、小網と宇品の二人だった。

 白島はもちろん、世羅や長楽寺も締め出して、小網は宇品の話のウラをとっていた。


「……ほたら何かい。紙屋の姉妹ェを殺るように言うたんは、会長じゃ言うんか」


「ほ、ほうです……」


 宇品は身を縮こませて、首を振った。本音を言えば今すぐ生きていることを後悔させてやりたいが、使い道がある以上それは愚かな選択だ。

 小網はこれまで、穏健派としてそれなりの地位を天神会で築いてきた。五分の姉妹分である紙屋とは違う路線──もちろん出世のためにそうした。こくどうは組織だ。組織である以上、他で代替の効かない人材は重宝される。暴力装置の紙屋を抑えることができる五分の姉妹分で、彼女がカバーしていない文化部や飲食店の守りを担当し、うまくシノギを回している事実は、彼女を自然と現在の地位──天神会本部長にまで押し上げたのだ。

 だが、彼女は満足していない。

 紙屋は、白島を恐れていた。絶対的権力者として、暴力でもそれ以外の要素でも適うことのない上位者として。

 だがこくどうは神ではない。血を流す人間であり、血が流れるならいつか死ぬ。ただ天神会メンバーに、白島の死を願った人物はいなかっただけだ。

 その最初の一人が自分になった。


「のう、宇品の……ワレ、もうこくどうにゃあ戻れんで。カタギにでもなるしかなあで」


「小網の姉貴、そんな……」


「ええけえ聞けや。会長を逆縁カマして裏切ってよ。会長の目が黒いうちに、ノコノコ戻れるわけなかろうが」


「ほいでも、紙屋の姉貴を殺れ言うて腰叩いたんは、会長なんですで!? わ、ワシャ……」


「悪うないとでも言う気かいや。バカタレ! 親がクロ言うたら白いもんでもクロじゃ。そがあなもん基本じゃろが」


「あ、姉貴……ほいでも、ワシャもう日輪やら不動院やらについてけんのよ。アイツら、わ、ワシもいつか下手ァ踏まされて……」


「まあ、手がないわけはないがのう」


 奥歯に電気が走ったように、宇品は嫌な予感がした。しかし、生き残りのためにはこの線しかなく、取れる選択肢も殆どなかった。


「……そらあ、なんですの?」


「決まっとろうがよ。紙屋連合にゃあ戻れん、ほいでも会長に弱みを握られよる……それで天神会に戻りたいんならそら、会長がおらにゃええ」


「か……勘弁してつかあさいや、姉貴……」


 宇品は言わないつもりだった言葉を、抑えることができなかった。


「紙屋の姉貴を殺して、みんなを裏切って……か、会長まで殺さにゃならんのですか」


「そうは言うとらんわい」


 小網は腰を浮かせて、うなだれている宇品の肩を叩いた。


「手は別にある」


「別言うて……」


「毎年のことじゃけ察しがつくじゃろうが。事始め……来週ラストのリハがあるんじゃ。あん外道ら、そこに合わせて鉄砲玉を送る気じゃろう。それはええ。せいぜいお膳立てしてやれや」


 どうも話が見えなかった。この姉貴は、一体自分に何を求めているのか。それが見えず不気味だ。


「会長が転んでも、紙屋連合が転んでも──まあワシにとってもお前は妹分じゃけえ、骨は拾っちゃるわ。ほいじゃが、一人紙屋連合におるじゃろうが。煮ても焼いても食えんクサレがよ」


 小網の言葉で脳裏をよぎる日輪、そして──不動院。前者は論外だが、不動院は確かに問題だ。


「不動院の姉妹ですか」


「ほうよ。あん外道、会長に啖呵切りおってよ。正直、ワレも迷惑しとろうが。いずれ日輪と会長はブツかる……まあただじゃ済まんわな。ほしたらお前、不動院さえ殺っとけばよ、紙屋連合の跡目はお前じゃろ。ほたらもう、どっち転んでも損はせんじゃろうが」


 またこれだ、と宇品はうんざりした。いつもこうやって、目上の人間から選択肢を押し付けられる。選んで、後悔して、また選んで後悔させられて──。

 ふと、死んだ大竹の顔が浮かぶ。彼女は自らの信じる何かを選べただろうか。なんと羨ましいことだろう。

 うちは、ずっと選べない。

 流されて、毒されて、いつの間にか来てはいけない場所へ来ている。そしてもう戻れない。


「のう、宇品よ……お前、ええがに考えェや。言うたらもしかしたらで? もしかすれば、お前、ヒロシマでも五本の指に入るこくどうになれるかもしれん。女をちいと上げてみいや。ワシが後押ししちゃるけえよ」


 静かに、それでいて仕方なく宇品は首を縦に振った。大竹の姉妹は死んだ。それは自分の信じたもののための犠牲だったはずだ。その犠牲を無駄にしないためにできることは、こんなことしかない。


「姉貴……ほしたらワシも腹ァ括りますけん。どっちに転んでも、絶対に天神会に戻してくださいよ」



 ヒロシマ現代美術館、展示ブース。市内にあるこの美術館には、フランス近代美術の代表作家達の作品が飾られている。その眼の前に、一人の女子高校生が立っている。

 世羅であった。

 彼女はゴッホの作品『ドービニーの庭』を見上げながら、目線を外さずに口を開いた。


「良い絵だと思わないかい」


 長楽寺は彼女の隣に並び、絵を見上げる。ゴッホらしい大胆な色の置き方をした油彩画だ。ヒロシマ美術館の収蔵品の中でも有名なもののひとつである。


「ゴッホの最晩年の作品だよ。これを描きあげた後、彼は自ら命を断った。言ってみれば、彼の魂が宿った作品だとボクは思うね」


「若頭。こがあなとこで、何の用です?」


 単刀直入に、ゆみは要件を述べた。呼び出された場所も、タイミングも──彼女にとっては不穏なものに感じられたに違いない。

 元町女子学院の中はもちろん、市内のどこでも天神会の目がある。世羅にとって自らが作り上げたネットワークと言って良いが、今回はそれが裏目に出た。よって、そうした目のない公共施設である、この場所に呼び出したのだ。


「時間をかけることもないね。結論から言おう。ボクに協力してもらえないか」


「どういう意味ですの?」


「言葉通りさ。認めたくないことだが、天神会は今分断の危機にある。会長派と、反会長派──その急先鋒が、穏健派の代表だった小網くんと言うんだからね。笑えない」


 ゆみは絵を見つめている。

 喜ぶべきか、悲しむべきか──日輪高子の復讐に乗っかる形で、天神会に仇なす企みに手を貸した結果、まさかここまで影響が出るとも思わない。

 ゆみは体良く日輪を切った。当然白島に忠を尽くさねばならぬ立場だ。そのスタンスを変えるつもりはなかった。


「小網の姉妹を抑えるため、いうことですか」


「紙屋連合との争いは、内部抗争ととられてしまっている。SNSはウチで抑えているけど、それも時間の問題だ。とにかく、事始めまでにケリをつけて、天神会が一枚岩であることを知らしめたい。……そのためには、小網会の動きを封じるのが一番だ」


「小網の姉妹をそこまで警戒するんは、なんの意味が?」


 世羅に真実は話せなかった。

 小網がかつての道龍会と繋がっていた、という話は、天神会のあり方を揺るがす大問題だ。世羅はそれを伏せて、話を続けた。


「彼女は宇品クンを引き込んでいるんだ。それ自体は構わないが、紙屋連合を倒した後に、彼女を復帰させる時にどうなると思う?」


 ゆみにとって、小網はかつての親だ。恩義もあるが、それ故に彼女の本性はよく知っている。彼女は紛れもないこくどうであり、穏健派、というのは天神会において比較的そうである、という相対的評価に過ぎない。

 こくどうの本性は、他人を押し退けてでも上にのし上がりたい上昇志向そのものだ。小網はそれをうまくコントロールしていたし、表立って見せようともしていなかった。身内はもちろん、他人にも優しく筋の通ったオフクロであった。

 しかしゆみにはわかる。上へ行けるのなら、彼女は親姉妹を平然と切り捨てることができる女だ。

 あの日、高子を連れて挨拶に行ったときもそうだ。喧嘩を売られたに等しい言葉にすら、平然としていた。思えば当然のことだった。


「小網の姉妹は──他人に興味が無いんですわ。どうでもいいから、他人に優しくなれる。──宇品を取り込めば、紙屋連合の力をそのまま自分のものにできる。その利があれば、動かないわけがなあです」


「なるほど。ボクも同意見だよ」


 世羅は一拍置いてから、言葉を押し出した。


「利で動くのはこくどうの性だ。それ自体を否定するつもりはない。だがボクは、白島莉乃の天神会を守りたい。そのためなら、意に沿わない姉妹を切り捨てるのも辞さないつもりだ」


 ゆみはそれに頷く。高子との道は違えてしまった。もう戻ることはない。こくどうの絆など、所詮は砂上の楼閣だ。利を求め、建前のために絆を作るのがこくどうだ。それを高子もわかっていないはずがない。だから、世羅の言葉にも違和感はない。虚しい。現実はいつも虚しいものだ。


「長楽寺クン。この絵はね、同様のものがもう一枚あるんだ。その違いを知っているかい?」


「いえ……」


「黒猫だよ。この作品は同一のモチーフを複数書いたものでね。この絵には黒猫が描いてあった。ここにあるものにはない。ゴッホの死後に、この絵の処分を請け負った画家が消してしまったんだ。彼はそのほうが売れるんじゃないかと考えたため、とも言われている」


 世羅はそういうと、愛おしげに絵を見る目を細める。


「ボクはね。この絵が好きなんだ。この絵は白島莉乃というゴッホが描いた天神会──ボクはいわばその黒猫なのさ。だから──」


 彼女はそう言って目線を切り、ゆみへと向き直って言った。


「君には、絵を守って欲しい。この美しい絵を」


 それだけ述べると、世羅は背中を向けて、通路を歩いていく。その背中に、ゆみは疑問を投げかけた。


「若頭。そがあにして会長に忠義を見せても、あんたに何の得があるっちゅうんです」


 世羅は笑った。


「美しいものを守るために理由などいらないさ。美しいものはそれだけで価値がある。それに見返りを求めるなんて、恐れ多いことだよ」


 美しいもの。

 彼女が守るべき美しいものなど、もはやこのヒロシマには存在しないのではないか。ゆみは世羅の背中に乾いた矛盾とどろりとした妄執を感じ取る。

 しかしゆみには通すべき仁義がふたつ残されている。共に白島を倒そうと結んだ高子とのケジメ。筋を通した白島への忠義だ。

世羅の言うとおり、ゆみは美しいものを守るために動くだろう。その上で、高子へのケジメをつける。

 だが、世羅に協力はできない。小網はかつての親。大恩ある存在だ。盃をもらった白島が言うならいざ知らず、その子である世羅から言われて動けるようなことではない。

 世羅は墓穴を掘ったのだ。

 こくどうの本音と建前は、くるくると入れ替わる。世羅のその一途とも言える意志は確かに美しい。その忠義を引き出せる白島も、天神会も、恐ろしさを感じながらもその一員であることに、かつてのゆみは誇りを感じていた。

 今は違う。

 自らの野望と復讐のために動く白島にも、それに帯同する世羅にも、賛同できない。

 果たしてそう感じているのはゆみだけだろうか。小網の姉妹や、直系以下の子分たちは?

 ゆみは再び、ドービニーの庭を見上げる。美しい絵だ。だがこれを天神会と同じものだとは、ゆみには思えなかった。


第三十三話 終

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