第十話 姉妹にはいろいろあるんですか?

若頭カシラ。ワシとこのお手洗いの系列店を、よりにもよって長楽寺のガキにくれてやったっちゅうんはどういうことですか。ワシャ聞いとらんで!」


 小柄だてらに紙屋は吠えた。どうしても通さねばならぬ筋だった。


「紙屋クン。大筋の方針は会長が決めていたことだ。僕は詳細を詰めただけさ」


 怒声もどこ吹く風、ソファにもたれかかりながら、世羅は余裕たっぷりにそう述べた。


「大体、不採算店舗を本家預かりにするのは君も賛同した話だろ。よって、本部の事務方であるボクが可能な限りの采配を行うのは当然のことだ。ましてや長楽寺クンは会長から盃をもらうんだ。誰よりも適任だろう?」


 ふざけたことを抜かすな。紙屋は歯ぎしりを起こしそうになりながら、なんとかその言葉を飲み込んだ。

 この世羅という女は、天神会一の曲者だ。基本的には会長の意に沿うが──まったく不可解な行動を取ることがある。

 長楽寺が会長の直盃を受ける話は確かに持ち上がっていたが、聞いていた話と違う。

 日輪を始末し、祇園会を殲滅する見返りとして、盃を受けるのだと──少なくとも紙屋は思っていた。それが、長楽寺は始末するどころか日輪と姉妹盃を交わしている。とんでもないことだ。

 大体、赤字店舗だとしても、『お手洗い』は元々紙屋会のシノギだ。それを反目していた日輪の所属する組にやるなど考えられない。


「ほしたらなんですか、カシラ。反目の組でも褒美やるっちゅうんなら、わしらにゃ何をくれるっちゅうんですか」


「紙屋クン。それは見解の相違というものだよ。長楽寺クンはあの日輪高子の首に鈴をつけた。会長もボクも、祇園会がどうとか言う前にそのことを高く評価している。なら、それなりのご褒美は当然だろう?」


 紙屋はそれ以上何も言えず、ソファにどっかと腰掛け、自身のツインテールを指に絡めた。話にならぬ。しかし、世羅は天神会のナンバー2だ。会長の意を汲んだ行動だと言われれば、目上の意見には逆らえない。


「ま、紙屋クン。長楽寺クンもいずれ正式に直系組長として執行部入りする。天神会のためを思うなら仲良くしてくれたまえ。当たり前だが、会長もそれを望んでおられるのでね」


 世羅はさらりと前髪を持ち上げながら、ソファから立ち上がり──生徒会室を後にしていった。残された紙屋にしてみれば面白くない。机に足を投げ出して、炎のような苛立ちを抑えきれずにいた。


「ふうが悪いで、姉妹しめェ」


 入れ替わりで入ってきたのは、長楽寺の姉貴分──小網であった。


「小網の姉妹ェよ。ワシャ今度という今度は若頭の言い草は好かんで。なんでわしが会長をハジいたどアホに、エサをやらにゃならんの」


 小網にしてみれば相当に複雑だろうが、そうして不満をぶちまけられるのは同格の彼女くらいのものだった。もちろん小網当人もそれをよく理解していた。


「長楽寺はワシの舎弟じゃけえ、なんとも言い難いがのう……カシラも、悪気があっていいよるわけでもないけんの」


 腰まで届く黒髪に手ぐしを通しながら、小網は言いにくそうに述べた。


「妹分のシノギ取り上げて悪気ない言うんかい。姉妹よお」


 紙屋の怒りは爆発寸前だった。その程度で何を、と思われても仕方がない。しかしこくどうはメンツで生きているのだ。あの組のシノギは、簡単に切り取って渡していいなどとナメられたら、こくどうを張ることなどできないのである。


「とにかく、ワシャ認められんで。日輪のガキャア、会長のことを狙うて来るかもしれん。姉妹ェ、妹分のことなんじゃけ、他人事じゃないで」


「紙屋の。……あんまりイジメてくれんなや。これでもワシャ、長楽寺が出世して嬉しゅう思うとるし──懸念もしよるんじゃ」


 妹分の責任は、姉貴分の責任だ。長楽寺がどういう人間かは、よく知っている。祇園会代行になってからも、メッセアプリ越しではあるがやり取りしている。

 確かな筋を通し、必要な仁義を切れる女だ。運悪く最近は顔を合わせていないが、その根っこは変わっていないはずだ。

 しかし、日輪高子によってそれが変わってしまっていたら。ありえないことだが、思わずにはいられない。


「日輪じゃ。あん外道が帰ってきたけえ、長楽寺の妹が祇園会の相談役を弾いたんじゃいうて、もう噂になっとるで。あんなあが吹き込んだんと違うんかい」


「姉妹ェ、そのくらいにしときいや。いくら姉妹でも、言うてええことと悪いことがあるじゃろ。ワシの舎弟を腐すんは、ワシにヤマ返す言うことで」


 紙屋が腕を組み、口を結んだ。彼女はこくどうらしい凶暴さを備えてはいたが、天神会の内紛をまねこうとは考えていないようだった。


「……そがあなつもりはないわい」


「すまんの、姉妹ェ。じゃが、ワシも筋目をはっきりさせんにゃならんけえの。近いうちに、クギ刺して姉妹のとこ挨拶させるけえ」


 紙屋と小網は五分の盃を交わした対等な姉妹分であり、同じく白島の子分として、彼女に心酔するもの同士である。

 一方で、すぐ上にいる若頭の世羅とは二人とも折り合いが悪い。白島の腹心という立場はともかくとして、得た情報をコントロールする──こくどうとして見れば姑息な手段が気に食わぬ。それでいて、白島を支えるだけで、取って代わる野心はなく、彼女が引退すれば殉じると公言する──その白々しさが二人の不信感を増大させていた。

 野心がないこくどうなど信用できぬ。忠誠心と野心は相反するものだが、両立しないわけではないからだ。


「姉妹ェ。ワシャいい加減、カシラがなんとかならんか思うんじゃがの」


 紙屋が苛立ちを隠さず、太ももを指で叩きながら言った。


「滅多なこと言うなや」


「ええわい。聞いとんなら聞かせたるわ。ワシャあんなあがカシラなんぞやっとるうちは、会長のためにならん思うで。いい子ぶりっこじゃしのう」


「紙屋の姉妹。仕方ないじゃろ。カシラは一年の時から会長の子分じゃったんじゃ。生徒会長になったんも、白島会長の権力のためじゃ言うし、シノギ以外の貢献が多いしのう」


「貢献? 子分や姉妹の情報集めて、ちくちく嫌味言うことがかいや? はあ、大した貢献よのう!」


 紙屋は嫌味っぽく笑った。


「姉妹。とにかく、もう行こうで。愚痴なら、ワシとこがケツ持ちやっとるバーガー屋で聞くけえ」


 小網会のシノギは、主に飲食店やゲームセンター──女子高生達が気兼ねなく立ち寄れる店の守り(上納金と引き換えに治安維持を行うこと)がメインである。

 部活動の一環であることから、店側に被害が出た際は、協会を通して見舞金が出るようになっているため、個人店から大手チェーンまで、ヒロシマでは当り前のようにこくどう達の守りを利用している。小網会はヒロシマ最大のネットワークを形成しているため、彼女にかかれば、中区の店ならいつでも貸し切れる。

 紙屋も小網も、ヒロシマ市内なら圧倒的な権力を持っているが──それもあと一年か二年の話だ。

 白島のような絶対権力者ならば、卒業後も会長職を続ける選択肢を取れるが、彼女らはできない。OBとなったこくどうは、どのような高位であっても権力を失い、普通の女に戻らねばならぬ。

 そのギャップに耐えられない元こくどうが半グレ化することもあるが、大抵の場合協会の庇護や装備の支給がなくなり、こくどうであったことを名乗ることすら許されなくなるので、現役のこくどうにシマ荒らしと同列に扱われ、始末されることがほとんどである。

 乙女の花が咲く時期は極めて短いのだ。とはいえ、元こくどうであったことを利用し、ヒロシマでのビジネスに役立てることは自由である。OBこくどう達は積極的に卒業生を取り込み、様々な企業を成功させてきた。

 ヒロシマはそういう都市で──こくどう達は卒業後も見据え上を目指すのだ。当然、邪魔者がいれば排除したくなるのである。

 紙屋はまさしく、そうした理由で上を目指したがっていた。白島はともかく、世羅ならば追い抜けるし──なにより気に病む必要がない。大義名分があれば、いつでも蹴落としてやるつもりだった。


「ほしたら姉妹よ、わしゃイチゴミルクパイが喰いたいで」


「好きやのう。太るで」


「余計なお世話じゃ」



 ──紙屋が世羅とやりあう一時間前。同じ生徒会室で。


「伊織ちゃん。……余計な見栄を張ったのね?」


 世羅はしおらしく俯きながら、体を震わせていた。恐怖だけが原因ではなかった。白島は愛用の茶碗に梅昆布茶を淹れて、応接机に置いた。湯気が彼女の感情を示しているような気がした。


「──会長、ボクは」


「私の指示を待たずに、随分勇み足なのね?」


「……そうですね」


「確かに、私は長楽寺さんに盃をやるつもりよ。経緯はどうあれ、日輪さんを祇園会に戻したわけだし。天神会所属だから生殺与奪も私が握れるようになった。……でも、それをあなたが勝手に決める権利はないわね?」


 震える。体が震える。恐怖に。歓喜に。


「……あなたに手間をかけさせたくなかったんだ」


「それで?」


「紙屋クンのお手洗いだって、事務方のボクが決めていいと──」


 鋭く世羅の頬が打ち据えられたのは、その直後のことだった。


「世羅よォ……なんべん言うたら分かるんじゃ、お? ワリャあいつ天神会の跡目になったんじゃ、コラ」


 こめかみに浮いた青筋が、彼女の怒りが湧き上がったことを否応無しにしらしめていた。


「会長……」


 今度は左頬が打ち据えられた。鋭く痛む。口の中が切れて、世羅の唇に血の味が滲んだ。


「黙らんかい、コラ。ワリャあ子分の分際で、さっきから口ごたえがすぎんか、お?」


「……会長、ボクは……」


「じゃかあしんじゃコラ! ワレ、紙屋が日輪を意識しとることくらい分かっとろうが」


 わかっている。当然わかっている。そう言われるだろうことを見越して発言したのだから。


「ワレが若頭におるんはのう、生徒会長で、こくどうと違う生徒の人気があるけえじゃ。誰がワシの代わりにモノ言え言うんたんじゃ!」


 白島は世羅の胸ぐらを掴み、床に引き倒すと、馬乗りになって頬を張った。

何度も、何度も。

 そのたびに、世羅は痛ましい表情とは裏腹に、自分の中に喜びが充填されていくのを感じていた。ああ、会長がボクだけのために怒っている。しなくてもいい暴力をふるっている。ボクだけのために! 今この瞬間だけ、白島莉乃はボクだけの存在なのだ!

 数度そうした後に、白島は立ち上がってソファに腰掛け、ちょうどよく温くなっていた梅昆布茶を一気に飲み干した。茶碗の底には怒りに震える鬼の顔が写っていた。


「紙屋にはお前がうまくとりなしとけや。ワシの命令じゃ言うての。これで紙屋がハネてみい。内紛起こって日輪が丸儲けじゃ」


「……そんなことはボクがさせません……」


「当り前じゃボケカスが。ここでしくじってみい、今度はヤキだけじゃすまんど。ワレ名義でアホほど借金負わして、裏のメイドカフェ送ったるけんの」


 さすがにそこまでされては、白島と会う機会が失われてしまう。それは世羅にとって死に値するものだった。

 ソファに腰を下ろした白島もまた、深く大きくため息をついて──これまでの暴君ぶりがまるで演技だったかのように、自然な笑みを見せた。


「ねえ、伊織ちゃん。あなたはとっても優秀な生徒会長。そして私の右腕。そうよね?」


「も、もちろんですとも!」


「なら、やるべきことをやることね」


「それなんですが──会長。祇園会のことは今後どうなさるおつもりで?」


「日輪さんのことね。……後はどう料理するかという段階だけど──ま、せっかく盃をやることになった長楽寺さんにも迷惑でしょう? しばらく放って置いたら?」


「た、確かに彼女も天神会ですから、ね……ハハハ」


 白島の言うことは正しい。こくどうの大原則である親の言うことは絶対、という価値観以前の問題で、世羅にとって彼女は正しく、間違えない。完璧な存在だ。だから彼女の言うことに多少の矛盾があったとしても正しいのだ。


「繰り返すようだけれど。みのりちゃんには動かないように伝えてね」


「正式な盃──『撮影会』の準備を急がせます。天神会同士で理由なく私闘はできませんから、外堀から埋めれば紙屋クンも大人しくなるかと」


「重畳ね。伊織ちゃんにそのあたりは任せたわ。……任せた──どういう意味かわかるわね、伊織ちゃん?」


 世羅はごくりと唾を飲み込んだ。失敗は許されぬ。世羅は前髪を少しだけつまんで持ち上げながら、笑みを見せた。


「お任せを」


「それと──そろそろ私を試すような真似はよすことね、伊織ちゃん。長い付き合いだもの、今更首をすげかえるような真似はしたくないの」


「肝に命じます」


 白島は出過ぎた意見を特に嫌う。それがわからず更迭された者も多い。しかし、だ。

 世羅は考える。白島に命を握られ、必要なら命を散らす。こくどうにとっての誉れがあるとすれば、それだ。

 死ねと言われれば躊躇はないが、更迭などというくだらない理由で白島の下にいられなくなるのは避けたい。


「……会長、ボクはあなたを困らせる気は無いんですよ」


「それが試しているというのよ」


 白島は立ち上がり、窓の外から響いてくる部活動の声に耳を傾けながら、そう述べた。


「私の気を引きたいのなら、私の役に立ちなさい。あなたはその方法を知っているでしょう?」


 難しい問いだった。満足ゆく答えが出せるだろうか?

 世羅は答えなかった。生徒会室は、静寂を良しとしていた。



「それじゃ、結局白島は出てこんかったんですか」


 よく熱せられた鉄板の上で、豚バラ肉が焼けるかおりが食欲を誘った。

 祇園高校のふもと、お好み焼き専門店『鯉柱』。祇園会──小上がりの上、鉄板焼専用テーブルを囲み、ゆみを除く四人が、秘密の報告会を開いていた。

 目下の議題は、長楽寺ゆみの盃だ。


「ほいじゃが、直系に昇格できたら、その姉妹分の日輪の姉貴も出世いうことですよのう?」


 そばをうまく炒めながら、興奮冷めやらぬ様子でゆりが言った。


「順当にいや、祇園会の跡目は姉貴じゃ。一歩近づきましたでのう!」


「そがあにうまく行くかいや。……とはいえ、急がないけませんのう」


 御子には懸念があった。祇園会が復活する。そのことはめでたいが、必然的にそれは天神会に組み込まれたことを意味する。

 つまり、会長である白島の一存で、生死が決まるのだ。ゆみを神輿に担ぐのなら、それだけ大きな力を持たねばならぬ。

 即ち、ゆみや高子が、白島にとって無視できない──他の天神会の幹部をも凌ぐ力を。


「姉貴。ワシら、盃をもらいたい思うとります」


「親子撮りならいくらでもしちゃるで。──じゃがのう、ちいと待っとり。安奈。天神会の本部──どう思った?」


 急に水を向けられたことで、安奈は飲んでいたコーラを吹き出しかけた。


「わ、わたしでふか」


「ほうじゃ。若頭の世羅も大した役者じゃ。アレの上に、会長の白島がおる。当たり前じゃが、一筋縄じゃあいかんで」


 世羅はなんでも知っていた。一見落ち着いた態度だったが──あの後ゆみがぼやいていたところを見ると、彼女もまたこくどうらしさを持つ者なのだろう。


「……正直、びっくりしました。みなさん、なんだかギラギラしてて──」


 思い出を振り返りながら最後に浮かんだのは、リノとの穏やかな時間と、心躍るような約束。


「ま、そんなとこじゃの。……ワシが言いたいんはの。ここから先は、天神会を相手取るなら──やれることはなんでもやらんといけん言うことよ。それこそ、安東の時みたいに、の」


 血溜まりの中に沈んでいく安東だったもの──その記憶が安奈の脳裏をよぎる。不思議ともう、吐き気は起こらなかった。

安奈には姉妹達がいる。親になってくれるかもしれない、高子も。もう何も怖くはない。


「姉貴。ワシャ、姉貴と一蓮托生でええですよ。……一年前から、ずっと気持ちは変わらんです」


「ワシもですで! 祇園会イチの暴れん坊で名前売るつもりじゃったけえ、渡りに船ですわ!」


 御子、ゆりがコテを勢いよく掲げた。まるで三銃士だ。


「安奈。お前は敵を見た。やるかもしれんことも、分かっとる。……ワシの子分になるのは、そういうことをワシの命令でやることじゃ」


「はい」


「殺れ言うたら殺る。死ね言うたら死なにゃならん。姉妹でも、敵じゃろうがの」


 怖くはなかった。安奈はこくどうの何たるかを既に目撃していたからだ。


「高子さん。わたし、何ができるかわかりませんけど、がんばりますから」


 高子は、ほうか、とだけ言って笑った。答えを既に知っているかのような笑みだった。


「それでええ。お前はもう、立派なこくどうもんじゃ」


 御子が店長を呼び出していた。元こくどうである彼女を立会人にしようというのだ。


「店長、すんませんのう。うちにゃ相談役がおらんけえ、簡易も簡易になるが──」


 あぐらのまますっと伸ばした背筋を、美しく倒して高子は頭を下げた。


「ここにおる三人、ワシの子分になる。その盃に代えて、親子撮りをしてもらいたい。立会人兼撮影者は店長さん、あんたじゃ」


「はいはい」


軽く返事をした店長だったが、彼女は糸目をさらに細め、かつてこくどうだったのだろう片鱗──鋭い視線と凄みを見せると、両手を差し出した。


「名前を」


「日輪高子。子分になるんは、太田川御子、沼田ゆり、上島安奈」


「では……お覚悟は十二分にありましょうが、こくどうは厳しい世界です」


 店長は厳かに──それでいて流暢に口上を述べていく。そのただならぬ雰囲気に、ヒロシマに住む人間である客達は、彼女らがこくどうの世界に飛び込んでいくのだと理解した。


「時として、白いものを黒と言われても、胸にしまいこまねばならない世界です」


 鉄板が焼ける音、ソースの香り。安奈にとって誓いと希望の場所で、そのときは訪れた。


「親となる日輪高子さんを支え、その子として酷道を進む覚悟が決まりましたら、彼女の周りに位置取って、一緒にその姿をお納めください。席が代われば、お三方は子分となります」


 躊躇するものはいなかった。御子も、ゆりも、高子の左右に正座となり位置どった。

 安奈にも迷いはなかったが──どこにいればいいのかわからなくなってしまった。


「安奈。後ろに立て」


 高子は真剣な表情でそう言った。鋭く、刃のような切れ味。それに触れてしまったように感じた。

 高子のスマホを持った店長が、四人を撮影し──すかさずこくどう専用SNS「サンメン」へ投稿し──親子撮りは終わった。


「おう。みんな、ええか。ワシらは親子になった。ワシが命預かるには、お前らのことを悪いようにはせん。ええがにしちゃる」


 高子は今日一番の笑みで、みんなの肩を抱いた。安奈はみんなと抱き合いながら──いつの間にか涙を流していた。

 心の底から嬉しかった。あの寒々しい夕方のリビングの記憶が遠くなったような気がした。


「ほしたら、皆。ヒロシマ一本締めじゃ。行くで! ヨォーッ!」


 鯉柱の客まで巻き込んで、ヒロシマの夜に一本締めが響いた日。

 東京から来たふつうの女子高生、上島安奈は、祇園会の若衆──こくどうになったのだった。


続く

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