第二十二話 時には昔の話をするんですか?
道龍会幹部・因島は廿日市会との抗争によって命を落とした。
米軍横流し品の粗悪な手榴弾を使った際に、自らもその爆発に巻き込まれたのだ。
死後彼女は道龍会の若頭補佐となり、大々的な葬式によって
その姉妹分、金本ニキは両足を失った。組織にとってはともかく、彼女自身には大きすぎる代償だった。
廿日市会とは、ほとんど降伏勧告に近い有利な条件による手打ちとなった。それもこれも、爆散した因島がつけてくれたナシだ。姉妹分とはいえ、金本の心中は複雑だった。
彼女のお陰で、道龍会のメンツは立ったと会長は言う。自分は? ただ生き残っただけだ。無様に、それもこんな体で──。
彼女にはわかっていた。
因島と自分は、鉄砲玉──なんなら自爆テロ要員とでも扱われていた。死んで当然、むしろ死んでほしかったのだ。道龍会は小さい組織だ。こうでもせねばいずれ天神会やフクヤマ女学生連合に飲み込まれる。
構成員を死なせても、廿日市会のシマがほしかったのだ。
姉妹ェ。因島の姉妹よ。恨むで。こんな体にして、ワシはどう生きていけえ言うんじゃ。ワシを一人遺して、何で死んでしもうたんじゃ。ワシも連れて行ってくれりゃあ良かったのに。
祭壇は遥か遠くで、華に囲まれていた。車椅子となった平組員の彼女に与えられるのは、葬列の最後尾だった。
「オフクロ、一番後ろに席が開いとりますで」
「ほうか」
紺色のジャケットを着た二人組が、金本の隣の席を見て言った。短髪の女が金本を見て尋ねる。
「失礼ですがその詰め襟──道龍会のお身内ですか?」
「……ほうです」
「祇園会の安佐めるです。この度はご愁傷様で……」
安佐める。平の金本ですら名前を聞く、祇園会会長だ。あの天神会と隣り合ったシマで、何とか渡り合っているという一本のこくどうだ。
「安佐の親分、ありがとうございます。前の方にうちのオフクロもおりますけえ、声をかけていただければ幸いですわ」
金本はなんとかこくどうらしい言葉を吐いた。空っぽの言葉だった。
どうでも良かった。
それでも、こくどうとしての本能──義理事での態度については、抗いようもなかった。
「日輪。わしゃちいと挨拶前にお手洗いに行ってくるわ。待っといてくれ」
「はい。会場の外に御子がおりますけえ、ガードにつけてつかあさいや」
安佐は頷き、こちらに会釈して退出した。
「……
「はあ、まあ」
会話が途切れ、日輪と呼ばれた女は再び口を開いた。
「話は聞いとります。廿日市会の幹部を根こそぎにして、今回の手打ちを引き出した言うて。金本さん言いますんでしょ?」
「……あれは死んだ因島の姉妹がやったんですわ」
金本は目を伏せて言った。誇らしいことなど何もなかった。本当は、廿日市会の連中を仇として狙うのが筋だったが、手打ちとなった今それも許されない。そもそもこの足では、何もできはしない。
こうして、答えたくもない質問に、因島の代わりに答えるのがせいぜいだ。
ああ、なんと惨めだろう。
「あんた、生きとるじゃなあですか」
日輪、と呼ばれたこくどうが、隣に腰掛けながら言った。
「ツイとったんですよ、それは。あんた運がええ。……生きとりゃ、なんとでもなるでしょうが」
ツイてる? 自分が?
考えもしないことだった。因島が死んでから、死ぬべきときを見失ったことしか頭になかった。
「生きとったら、やりたいことくらいあるでしょうが。人間、そんくらいでええんじゃなあですか」
やりたいこと。
日輪の声が脳裏に木霊する。真っ先に思いついたこと──。
「廿日市会の連中を、ブチ殺してやりたい」
自分でもぞっとするくらい、暗く低い声が欲望を吐露した。
「日輪さん。ワシャ、手打ちじゃなんじゃ言われただけで、姉妹分の仇も打てん腰抜けにゃあなりとうない」
「ほいじゃが、手打ちになっとるなら手打ち破りはヤバいでしょう。ワシが言いよんのはそがあな事じゃのうて……」
「ヤバいでしょうのう。ほいでも、やりたいことはそれだけじゃけん」
しばらく、ふたりとも言葉を失ったように押し黙っていたが、日輪が再び口を開いた。
「……もし、良かったら──ワシと連絡先交換しとかんですか」
「……そら、なんでですの」
「あんた、もしかしたら道龍会の顔になるかもしれんですよ」
彼女は笑っていた、と思う。その時金本は顔を見なかった。暗い欲望の炎が音を鳴らしていたことしか、頭になかった。
あの日、自分に火を点けた女のことを、金本ニキはずっと忘れていた。
義足で歩くためのリハビリ。道龍会のタカ派を纏めあげて、廿日市会の派閥を排斥し、会長に就任──。結果として道龍会は大きく割れ、数を減らしたが──強固な組織として生まれ変わった。やるべきことは山積していた。
そして今。
思い出した。あのときの全てを。それは現在になり、過去になろうとしていた。
「日輪ァァッ!」
刃同士が打ち付けられて、激しく火花が散る。義足で伸びた上背を加えれば、金本との差はおよそ十五センチ。上空から振ってくる激しい攻撃に、高子は防戦一方だ。次第に防御のために掲げた刀が抑えきれず落ちてくる。
刀の背に手を添えても、勢いで押し込まれる。ならば。高子はそのまま一瞬背をそらし、金本が放った死の連撃を刃を滑らせた。
その場でぐるりと床を転がり、さらに一回転し、手をバネにして立ち上がる。出てきたのは金本の後ろ。義足めがけて、刃を袈裟懸けに斬り込んだ!
甲高い金属音があたりに響き渡る。金本が片足を高く上げ、振り子のように刀を背に持ってきて、高子の一撃を防いだのだ。
顔が天地逆となった金本が嘲笑う。
「ツイとる言うてくれたのう。思い出したで、日輪よ。ワシャ、ツイとる。ほいじゃけここまでこれた。……よおけ礼を言わにゃならんのう!」
金本はその場で後ろ蹴りを放つ。二度、三度! 頬に赤く熱い線が引かれ、高子は戦慄する。ただの義足──ましてやスポーツ用でなどない。純然たる戦闘用、それも殺人用の義足だ。プラスチックの先、つま先に当たる部分が鋭く研がれているのに、気づいてしまった。
「よお避けたのう」
高子は刀を構え直す。じり、とすり足で金本の出方を伺う。お互いの呼吸、そして殺意という名の重圧が、お互いの体にのしかかる。奇襲という段階はとうに過ぎ、必殺の一撃を模索している。
こくどうは頭でなど考えない。故に体で動く。ならば、意識を切った瞬間に斬り込まれ負ける。
裂帛。
お互いが鋭い叫びと共に、刀を振るう。空気が裂ける。金属が粒子となって舞い、ただただこぼれ落ちる。詰め襟が、ジャケットが裂けてゆく。血が滲む。吐息が漏れる。血が混じっていく。
命が血煙となって、その場を蒸発していく。雨上がりのように。
何度目かの打ち合いが続く。刃が砕けて、宙を舞った。先に根負けしたのは高子の方だった。しかしそれは刀だけの話だ。
金本は彼女の目を──その瞳に宿る炎を見た。死を覚悟するのは当然、こくどうとしてのケジメをつけるためならば、自らの死をも厭わぬ
ああ、やはり。
あの日点けられた僅かな火は、これだった。
多くの者を殺してきた。
言うことを聞かぬ親を。姉妹を。敵を。味方を。それは、金本がこくどうだからであり──その時やれる、と思ったからだった。
こくどうは頭では動かない。体で動く。やれると思えばやれる。金本は足を失ったことでそれを諦めていた。やれることも、やれないと勘違いしていた。
そんなこと関係ないといったのは、他ならぬ日輪だ。
ワレと出会ったのは、これ以上ない幸運だった。
だからこそ。
だからこそ、今ここでワレを殺さないけんのじゃ。
切っ先が煌いて、流れ星のように高子を貫いた。金本は手応えを感じていた。
「ワレが運んできた命──刈り取らしてもらう! 運命っちゅんはよお言ったもんじゃの、日輪ァ!」
背中から刃が突き抜け──たように見えた。白刃が僅かにどろりと赤い血を纏った。脇腹を切っていた。刃を手と腹で抑え、止めていたのだ。
気合一声、高子は膝と肘で刃を挟み折る! 砕けた刃が鮮血と共に床に転がった!
「オラァ!」
右拳がニキの腹に突き刺さり、体がくの字に折れ曲がる。左手で彼女の髪を掴み、高子はそれに膝を合わせて顔に叩き込む!
「こんかい、ワレ! 死んどる暇ないで、コラァ!」
ぼたぼたと血が落ちる。
足が長くなっているがゆえに、ニキは体のふらつきを抑えられない。鼻血と口の中を切ったことで血混じりの唾液が垂れる。
同時に、脳が空白になる。何もわからなくなる。倒れそうだ。苦しい。いっそのこと──。
銃声が空白を通り抜ける。硝煙がニキの空白を塗りつぶす。
誰が、誰を撃った?
安奈と達川の戦いはケリが着いていた。こくどうのケリ──当然、いずれかの死をもってしかつかない。
死んだのは達川だった。硝煙の残り香が漂う銃口はピクリとも動かない。上島安奈はこくどうとして達川を殺した。
脳裏によぎる過去の映像が、物語もなく無遠慮に、無秩序に流れていった。達川は──子分達は皆死んだ。道龍会は終わりだ。もはや立て直せない。
それでも、やれることはある。ニキは折れた刀を放り出して、固く拳を握った。この拳は残っている。運が良い。十分だ。
この拳を叩きつけることをもって、最期とする。運が残っていれば、それでケリがつくはずだ。
繰り出した拳は血で滑り、高子の頬を撫でた。一際大きな音と共に、ニキの強化プラスチック製の足が折れ、バランスを崩したのだ。
ない膝を付き、ニキは終わりを感じていた。この拳は、手は、穿つことも掴むこともできなかった。
それを高子は冷徹に見下ろしていた。同じように固く拳を握って。
「のう、金本の。こくどうはしんどいのう。……どがあにしても、
ニキは這いつくばり、神の審判が如き言葉が降るのを聞いていた。
首裏を掴まれ、身を起こされる。血に塗れ、擦り傷だらけの高子の顔が目の前に現れる。
「終わりにしようや」
再び足を失くしたニキは、虚脱──大きな虚無を感じていた。ああ、勝てない。あの日自分に火を点けた女が、炎となって自分を焼き尽くしに来たのだ。
自分はツイていたはずだ。こんなはずではなかった。体を放り出されたニキは、高子が折れた刀を拾おうとしているのを見ていた。
「殺せや、日輪……」
自然に、漏れ出すように、ニキは呟いた。本心だった。偽りはなかった。
「ワレ、ワシを殺れや……」
「おう、よう言うた」
折れた刃の切っ先は、未だ鋭かった。ニキはその刃に、日輪高子というこくどうを見た。それを突き立てねばならぬ存在が自分の他にいるのだろうことを察した。
自分は彼女の敵ではなかったのだ。
鈍い刃が腹に突き立てられ、戦いは終わろうとしていた。途切れゆく意識、その最期の時間の中で、ニキは一矢を報いることを考えた。
自分はツイてなどいなかった。それは認める。だが、それをもって天神会が勝ち残ろうとするのは面白くない。
もう死ぬのだ。ならば、生きている連中の事は知らぬ。
「……ケジメはつけたで、金本──」
ニキはゴボゴボと血の泡を吐いて、苦しそうに笑った。なぜ笑う? 不気味に感じて、高子は刀から手を離した。
「ええこと……教え……たるわ……ブルー……アリーナ……の……」
「……なんじゃと? ワレコラ金本! ブルーアリーナがなんじゃいうんじゃ!」
「あらのう……天神……会の……ヤツが……チンコロしよった……ほいじゃけ、ワシとこが……カチ……こんだ」
思わず高子は目を見開いた。裏切り者。天神会内部の人間が?
「誰じゃ。誰が
詰め襟を掴んでニキを揺らす。彼女は再び苦しげに咳き込んで──笑った。その目には既に光が失われかけていた。
「ヤバ……い……じゃろ……がよ……敵に……全……部……ゲロ……す……る……か……」
がくり、と首が折れた。一代限りのミヤジマの覇者、道龍会会長・金本ニキはその生涯を終えた。破滅をもたらす呪いを残して。
魂の抜け殻となったニキを見下ろしながら、高子は立ち尽くしていた。ブルーアリーナは相互不可侵領域、いかなこくどうであろうと争い事自体許されぬ聖域である。
それを襲撃することにどんな正義が、正しさがあったというのか。高子は高ぶりを抑えるように、大きく深呼吸した。
天神会の内部の人間が、それを指示することにどんな意味がある?
分からなかった。流した血が、彼女から思考の余裕を奪っていた。折れた刀を杖のように突き立て、高子は片膝をついた。
「オフ……クロ」
彼女の後ろで、誰かが倒れる音がした。安奈がいつの間にか伏していた。
足と腹からは血が流れ出ている。戦いに勝ったことで安心したに違いない。そうなれば、根性によるあらゆる恩恵は失われる。
精神力で行う自己暗示、それによる大幅な自己強化──それがこくどうの根性の正体だ。高子は自らの体のふらつきも顧みず、なんとかスマホを取り出し、連絡した。
『オフクロ! 殺りましたんで?』
御子の声が遠くに聞こえたような気がした。それでも、高子は構わずいつもの余裕を装った。
「おう、殺ったったわ。……御子、悪い。ワシも安奈も限界じゃ。パーティーホールまで迎え寄越してくれや。……病院は任すで」
それだけ述べると、高子は気を失った。
御子は青タンを目に作って、しこたま殴られた頬を擦りながら、アスファルトに転がっていた。
「金本を殺ったんですか、日輪さんは」
冷静にそう言って横から声をかけたのは、不動院だ。とはいえダメージはそれなりにあるらしく、同じように転がったまま動けない。
不動院と御子は結局、通常の喧嘩では決着がつかぬと見るや、足を止めたままお互いを殴り合うデスマッチ形式の勝負に切り替えた。
交互に殴り合うこと十回、最終的にお互いの拳が交錯し、偶発的に出たダブルクロスカウンターが決定打となり、引き分けとなったのだ。
御子は居ても立っても居られないが、体がそれを許さなかった。腰は砕け、全身は痛む。不動院杏子のボクシングは超一流だった。ダウンせずに戦えただけでもすごい、とは彼女の弁だが、口惜しくてならぬ。
一刻も早くオフクロと安奈の所へ行かなくてはならないのに。
「……とにかくこれで、紙屋の姉妹にも面目が立つでしょう。全員、ホテルに突入。日輪さんの代わりに道龍会の残党の
不動院は身を起こして、テキパキと指示を出した。明王不動会のメンバーは数名を残して、駆け足でホテルへと突入していく。
よく訓練されている。
しばらく二人共押し黙っていたが、不動院は突然御子に耳打ちをした。
「会長に私が指示されたのはここまでです。……あなた方は、どこまでやっちゃれ言われとるんですか」
言えるはずがない。彼女の親は元々紙屋、恩義もあれば仁義も切らねばならない。正直に言えば、直ちに反目となってしまう。
「うちの日輪からは何も──」
「ほうですか。……まあ、会長の掌の上、言うことでしょうかね」
全てを見透かしている。そのようなことが人間にできるとは思わない。しかし、白島は少なくとも、このシナリオをどこまで仕組んだのか。御子には想像だにしない考えである。
「それにしても太田川さん。感服しましたよ。……この不動院杏子、売られた喧嘩で遅れを取ったことは一度もありません。あなたも一歩も引かなかった」
「……恐縮ですわ」
不動院は清々しい笑顔を御子へ向けた。その表情には嘘はなく──瞳には尊敬の輝きがあった。
「あなたが何か困ったら──この私がどがあな力添えでもさせてもらいます。太田川御子と、その親分である日輪高子を、買いに回らしてもらいますわ」
不動院は手を差し伸べる。御子はその手を取って、立ち上がった。こくどうは二枚舌を使えない。一度口約束を違えたこくどうに居場所はない。
こくどうが誰かの味方をすると言った以上、それを裏切るような行為はことさらに非難される。
そうしたデメリットも含んだ上で、不動院は御子や高子の味方をする、と言い切ったのだ。
ありがたいことだ。その一方で、後ろめたさも感じる。白島の意向に乗る形で紙屋を殺すつもりだからだ──。
「金本のガキを殺った言うても、十河と福屋が死んだんは痛いのう……」
エレベーターの中で、紙屋と宇品は浮遊感を覚えながら最上階へ向かっていた。目指すはパーティーホールだ。
本来であれば、
しかし、こうした全面戦争となってしまった場合はEJN数を計測する以前の問題だ。必然的に評価は低くなり、どう決着がついたのかを明確にする必要がある。よって、勝利宣言のために、敵対組織の長を殺れたかどうかの確認をすることが必須となる。
現場責任者である紙屋が出張るのは、当然のことと言えた。
「で、誰が殺ったんな?」
「日輪のガキが殺ったらしいですわ」
「日輪が? なんじゃい、ワシらの面目丸潰れじゃなあの。……ま、天神会としては構わんけどのう。とにかく、会長への言い訳が立つわい。……ほいじゃが、日輪のガキはなんとかせんとのう」
宇品はエレベーターの中、浮遊感を覚えながら、階数表示のディスプレイが遅いのに苛立っていた。
スカートの中──腿のホルスターで揺れるリボルバーが重い。
大竹は準備ができたと言っていた。紙屋は死なねばならない。自分が紙屋会二代目──跡目を継いで上へのし上がるにはそれしかない。
同じことを何度も何度も反芻しても、心のうちの焦燥感は消えなかった。ちりちりとした異物感が、喉元をよぎった。
「……あン? 宇品よ、誰もおらんじゃないの」
指定されたパーティーホール──先程まで死闘が行われていたホールより一階下の場所であった。当然、整然と椅子と机が並ぶだけで、人の気配もない。明るいだけに不気味だった。
奥から人影がゆらいで現れた。紙屋も宇品も見間違えるはずもなかった。大竹だ。
「なんじゃ、大竹ワレコラ! 今までどこほっつき歩いとったんじゃ! 金本のガキ、日輪に先越されたじゃろうが! ワレ、どこの組のもんのつもりなんじゃ、コラ!」
紙屋はいつものように大声で怒鳴った。いつもならば、大人しくしているはずだった。
一瞬──ほんの一瞬、大竹の長い前髪の間から、卑屈な──それでいて冷たい意志を感じさせる眼光が覗いたのに、紙屋は気圧された。
そして、理解した。様々な修羅場を潜り抜けてきた彼女であるからこそ、その勘は衰えていなかった。二人がリボルバーを抜いて銃を向けあったのは、同時だった。
「大竹、ワレェ……このワシを殺ろうっちゅんか。なんや会長と日輪のガキのとこをウロウロしよったんは、そういうことか? お?」
宇品は腹を決めて、腿からリボルバーを抜いた。抜かざるを得なかった。重い──重い拳銃だった。こんなことになるなんて、予想だにしていなかった。目を背けていた。
「宇品、ワレの躾が良うないけえ、こんボケが勘違いするんで。会長から何を空気入れられたんか知らんがよ、ワシを殺ろうなんざ百年早いわい」
宇品の震える銃口が誰に向いていたのか、紙屋は見てもいなかった。それは信頼であったかもしれないし、ナメていたのかもしれない。真実はわからない。ただの事実でしかなかった。
「姉貴。紙屋の姉貴──あんたが悪いんじゃ、あんたが……」
振り向いた紙屋が最期に見たのは、涙さえ流しながら、銃口を震わせている宇品の姿だった。
一発だけ、パーティーホールに銃声が鳴り響いた。空薬莢がきり、と涼やかな音と一緒にくるくるダンスして──紙屋の身体は高級絨毯に転がった。
「あ、姉貴──ワシを許してくれや……! 姉貴、姉貴……」
宇品は冷たくなっていく紙屋に縋り付いて、咽び泣いた。身勝手な涙だった。しかし、
こくどうという矛盾を孕んだ存在であるがゆえに、紙屋みのりはその矛盾に殺され、短すぎる生涯を終えたのだった。
そしてこの彼女の死が、他ならぬ天神会に最終戦争を引き起こす切欠になることを、今はまだ誰も知らない。
第二十二話 終
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