第七章 尊敬する人たち
第34話 面倒くさいお嬢様
あれからさらに数日が経ち、5月も終わりを迎えた6月の初め。
例年よりちょっと早めの梅雨にでも突入したのか、今朝からいつ雨が降ってもおかしくないどよどよの雲模様である。そんな今日は、『サンフェス』で頒布予定だった同人誌の入稿締め切り日だ。
その日はなんとなく早く家に帰るのが億劫だった俺は、自転車でちょっと寄り道をすることにした。
「ま、一人でほどほどに時間つぶせるとこっつったらここだよな」
というわけで、やってきたのは久しぶりの
自転車を止めて中に入る。
ここは中学の頃からちょくちょく来ていた馴染みのゲーセンで、一階にはズラリとクレーンゲームや子供向けのカードゲームなんかが並び、二階から上には大型筐体が設置されている。よくハルと一緒に音ゲーやら大型アーケードで遊んだもんだ。あと懐かしい対戦格ゲーとかな。けど今は、先日の電話のことでハルともなんとなく距離がある感じだ。いやまぁ遊ぶ約束はしているし、普通に学校で話はするんだが……なんとなく今日は一人の気分だった。
しばらくあちこちうろついて、知らないうちに稼働していたいくつかの新作アーケードに興味を惹かれたが、俺はなぜかどのゲームも遊ぶ気にはなれなかった。ったく、なんのために来たんだっての。
そして今度は一階に戻ってくる。なんかのクレーンゲームでもやって帰るかと思ったところで、以前にまひるさんがイラストを描いていたラノベアニメのフィギュアを発見。なぜかいつも頭にマスコットキャラのタコを乗せてる不思議ちゃんな女の子なんだが、これがクセになる可愛さなんだよな。たまに『ぷぎゅ』っていう口癖とか。
「よし、一つくらい獲って……あっ」
スマホの電子マネーでクレジットを入れようとしたところ、別方向から伸びてきた手にぶつかる。まったく同じタイミングで遊ぼうとした人がいたようだ。
「うわすんませんっ。お先どうぞ!」
「こ、ここここちらこそごめんなさいっ! どどどうぞお先にどうぞ!」
「いやいやここはお先に!」
「そちらこそお先に!」
お互いに譲り合ってしまう謎の膠着状態が発生し、どうしたもんかと相手の顔を見ると――
「……ん?」
「……え?」
俺たちは、お互いに見合ったまま呆然とする。
目の前に立つのは、制服姿の女子高校生。紺色のセーラー服に同色のストッキング。真っ白なリボンタイ。清楚な装いのその制服が、有名なお嬢様学校である名門女子校『聖アイリス女学院』のモノであることを俺は知っている。母さんとまひるさんの出身校だからだ。
そんな彼女の鞄には――特徴的なエビフライ型のキーチェーンが付いていた。
俺は彼女の顔をじっと見て、つぶやく。
「……ひょっとして、『えびぽてと』さん……?」
すると彼女はびくんっと敏感に反応し、やがてぷるぷると震えだした。
そして脱兎のごとく逃げ出す。えっ!?
「ごごごごごめんなさい~~~! ゲームセンターに寄り道なんて校則で禁止されてるのに大好きな作品のフィギュア入荷日だからどうしても家に帰るまで我慢出来ずに寄り道しちゃって数回やるだけならバレないかもなんて思ってそもそも同人誌だってまだ完成してないのに締め切り前になにやってるんでしょううわぁんへっぽこダメダメ同人作家の悪い子でごめんなさい~~~~~~!」
「やっぱりえびぽてとさん!? わざわざそんな大声で状況説明しながら逃げなくても! てかよく噛まずに言えましたね! ちょっと!? え、えびぽてとさーん!」
「大声でその名前は恥ずかしいですううう~~~~!」
「でもそれしか知らないんすよおおおお!」
――こうしてゲーセンの外でなんとかえびぽてとさんを捕まえた俺。
彼女が落ち着いたところで改めて事情を聞き、俺は彼女がわざわざ校則を破ってまでゲットしたかったというあの新作フィギュアを代わりに獲ってあげることにした。
フィギュアの橋渡しは得意な方だし、新作の割に設定もそんなキツくなかったから、割と順調にフィギュアを入手。ゲーセンの外で待っていたえびぽてとさんの元へ届ける。
「おまたせです。獲ってきましたよ」
「ほ、本当に獲ってきてくれたんですか? 大変じゃなかったですかっ?」
「なんとか2千円掛からずに済みました。どぞ」
ゲーセンロゴ入りのビニール袋ごと手渡すと、えびぽてとさんは困惑した様子でこちらを見る。それからパァッと表情が明るくなった。
「たった2千円で……すごいです! あ、ありがとうございます『あさ』さんっ! えへへ、この子が出るのずっと待っていて……あっ、あの! 正確にはどれくらい掛かりましたか? ご迷惑を掛けてしまったので、少し多めにお金をお渡しします!」
「え? ああいや、別にこれくらいはいいですよ。おごります」
財布を取り出したえびぽてとさんを止める俺。えびぽてとさんは某有名妖怪アニメの目玉なお父さん柄のがま口を持ったままポカンとする。
まひるさんから毎月小遣いを貰っているし、それが申し訳なくてあまり使ってもいなかったから懐には多少の余裕がある。それに母さんからもたまに電子マネーで「なんか買え」というぶっきらぼうメッセージと一緒に多めの小遣いを貰ったりするしな。
なので多少カッコつけてみたのだが――
「うわぁんダメですぅっ!」
と、えびぽてとさんはなぜか眩しいものを見るように学校の鞄で自分の顔を隠す。その反応に通りを歩く方々がこちらを見た。なんだなんだ!?
「ど、どうしたんすかえびぽてとさんっ?」
「そういう格好つけた主人公みたいな優しいことしちゃダメなんです! 私みたいな男性免疫ナシ恋愛経験皆無の惚れやすいダメダメなチョロい女に好かれちゃったら大変な思いしますよ!」
「そうなんすか!?」
「そうなんす!」
顔を隠したままどこぞのポケットなモンスターみたいなことを断言するえびぽてとさん。な、なんだかカッコつけた自分が恥ずかしくなってきたぜ!
「わ、わかりましたもうカッコつけないっす!」
「お願いします! ところでこれからお時間はありますでしょうか!?」
「え? あ、まぁありますけど」
「そ、それではどうかお礼をさせてください!」
「お礼、ですか?」
えびぽてとさんは鞄で顔を隠したまま(おそらくは)こくこくとうなずき、言う。
「父の教えで、お世話になった方には必ず礼をするように言われているんです。そ、そうしないと私が怒られてしまうので……あのっ、よ、よろしければそちらのカフェでお茶などをごちそうさせてくださると……雨も降りそうですし……!」
そう言って、鞄から顔をチラリと出して俺の様子を伺ってくるえびぽてとさん。その頬は赤い。
ポリポリと頬を掻く俺。空を見上げれば確かにぽつぽつ降ってきてるな。
……まぁ、さすがにここで断るのは申し訳ないか。てかその理由もない。
「ええと、わかりました。それじゃあお付き合いします」
「お付き合い……ええっ!? そ、それはもしや告白というものですか!? 私と結婚するって意思表明なのですか!?」
「いやまったく違いますけど!? あれえびぽてとさんってもしかしてすげぇめんどい人っすか!?」
「うわぁんよく言われるんですごめんなさい勘違いでしたすみません面倒くさくて申し訳ありません~~~!」
こうして俺は、意外にめんどくさそうな性格だったテンパりお嬢様のえびぽてとさんと予定外のお茶をすることになったのだった。
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