第27話 奇跡の美少女レイヤー

 そんな俺たちの前で見本誌を読む初めてのお客さんは大学生くらいの男性で、ペラペラと本をめくってたまにおっと驚いたような顔をする。やっぱりまひるさんのイラストだろうか。ああ、目の前で知らない人に自分の本を読まれるというこの緊張と不安……めっちゃ怖え!


 やがてお客さんが本を閉じて言う。


「あのー、これ、ほんとに100円なんですか?」

「え? あ、は、はい。そうですが」


 どういう意味だ? 高いってことか安いってことか!?

 そこで夕姉がまひるさん作のアクリルキーホルダーを手にとってお客さんに話す。


「初めての本ですしプレビュー版なんでお試し価格です! アクキーセットはちょーおトクな500円のワンコインですよ~! もしかしたらすぐ人気サークルになっちゃうかもしれませんし、今のうちに手をつけて置くと見る目あるなぁ~ってカンジかもですよ~? いかがですかおにーさん!」

「あ、ええっと、じゃ、じゃあセット一部ください」

「ありがとうございまぁ-す♪」


 丁寧にセットを手渡してお金を受け取る夕姉。ええええもう買ってもらえたの!? マジで!? しかもアクキーセットが!?


「ありがとうございましたぁ! また来てくださいね~♪」


 神対応のアイドルかってくらい愛想良く笑ってお客さんを見送る夕姉。購入してくれたお客さんはなんだかちょっと照れた様子で会釈し、去っていく。

 すげぇ。見事なセールストークと客さばきだ。これが奇跡の美少女レイヤーの実力か!

 そんな姉を声もなく呆然と見上げる俺に、立ったままの夕姉は「ふふん」と誇らしげに大きな胸を張った後、かがんでずい~っとこちらに顔を近づけてくる。


「おーい弟くーん? てゆーかさー、なんか言うことあるんじゃなーい?」

「え? な、なんだよ急に」

「あのねぇ~。このプロの夕お姉ちゃんが! 弟くんのためだけに! 弟くんが作ったキャラのこ~んな可愛いコスプレして売り子してあげてるんだよ? そして早速本が一部売れました! 言・う・こ・と、ないの~~~~?」

「あ、ああ……えっと……」


 そこで改めて夕姉の方をじっくりと見る。


 目の前にある俺たちの初同人作品――『星導のルルゥ』の表紙にもなっているヒロイン・ルルゥのコスプレをしてくれている夕姉。

 長い金髪を星形の髪飾りでツーサイドアップにし、肩の開いたちょっぴりセクシーな民族風衣装を纏っている。もちろんうちで何度も一緒にチェックをしたし、俺も少しは衣装製作を手伝ったんだが、こうして完成品を夕姉が本番で着てるのをまじまじ見ると……お客さんが照れるのもわかるな。


「すげぇな夕姉。ありがとう。ほんとにルルゥっぽい。何でも作れるし何でも着こなすよなぁ夕姉は」

「へへへ~そうでしょそうでしょ! お姉ちゃんのすごさを思い知った? も~っと褒めたっていいんだよ!」

「いや、マジすごいよ。似合ってるし可愛いわ」

「へ?」

「あとやっぱ夕姉の金髪って綺麗だよなぁ。顔は小っちゃいわ目はパッチリしてるわ、ずっとモデルやってるだけあってスタイルもめちゃくちゃ良いし、肌はきめ細かいし、いつ見たって美少女全開じゃん。それだけずっと努力してるんだろ?」

「え――あっ、えと、ま、まぁねっ?」

「ほら、前に見せてもらった雑誌あるだろ? 最新人気モデル特集のやつ。あの中でも夕姉がダントツで可愛かったしな。その上コミュ力もあって売り子まで出来るとか、マジで夕姉って完璧かよ」


 これでそこそこ勉強も出来るみたいだし、我が姉ながら非の打ち所がないもんだ。家事とか片付けはさっぱりやらないが、それも別にやらないだけで出来ないわけじゃないみたいなんだよな。今年のバレンタインにわざわざ作ってくれたチョコケーキとかすげぇ美味かったし。まひるさんや夜雨もそう言ってた。

 いやまぁ、これで意外と恋愛方面は超がつく奥手だったり変なとこで暴走したりもするし、辛いモノ苦手だしコーヒーも飲めないし、ホラー系はよわよわだし、完璧は言い過ぎだな。


 そんなことを思っている俺に、夕姉がなんだかキョドった感じで言う。


「お、弟くん、さ。あたしのこと、そ、そーゆー風に思ってたの?」

「ん? そりゃ思ってるよ。特にコスプレに対して絶対手を抜かないとこは尊敬してる。さっきのお客さんもたぶん夕姉目当てで来てくれたんだろうし、やっぱすげぇな」


 姉であり立派な創作者としての先達でもある夕姉に素直に尊敬の気持ちを向ける俺。昔からクリエイターには憧れがあったからこういうことは割と素直に言える。

 いやまぁ多少はからかってやろうという意もあったし、「なに言ってんのバーカ!」みたいな反応で背中でも叩かれるかと思ったんだが、夕姉は茹でダコみたいにぐんぐん赤くなっていってそのまま顔を隠すようにうつむいて座ってしまった。


「そ、そんな急に…………嬉しい、けどさ。いきなりは……て、照れる、じゃん……」

「ゆ、夕姉?」


 夕姉は自分の毛先を指でくるくる巻いていじりながら、横目でこちらをチラリとだけ見る。


「…………もう。弟くんの、ばーか」


 いじらしくつぶやく夕姉。

 その反応に思わずドキリとする俺。なんだこれラブコメかよ。こっちが照れるからそういう反応やめてくれ! めっちゃこそばゆい雰囲気になるじゃん! お隣のえびぽてとさんもチラチラこっち見てなんか赤くなってるじゃん!


「ああもう、なんだよその反応! ほら次のお客さん来るかもしれないし売り子がんばろうぜ! 俺らががんばらないとまひるさんと夜雨ががっかりしちまう!」

「ん、それはそーだねっ。いよーっし! そんじゃあお姉ちゃん、ちょっとマジになっちゃおっかな~~~!」


 どうやらやる気ましましになったらしい夕姉が再び立ち上がって愛嬌たっぷりな笑顔を振りまく。その美貌に周囲から視線が注がれているのは俺にもよくわかった。


「――あ、弟くんさ、いちおー言っとくけどマジのお姉ちゃんこんなもんじゃないからね? コスプレゾーンではもっとすごいんだから。けどあそこじゃ落ち着かないし……今度、二人っきりのとき見せたげるっ♪」


 その横顔を眺める俺を一瞥し、ウィンクしてくる夕姉。

 

 ――奇跡の美少女レイヤーに偽りなし。それを俺は強く思い知った。

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