第52話 孝行息子

「あのさ、母さん」

「んー」

「親父は、仕事のことだけはすごかったよな。でも父親として家庭を守ることは下手だった。ホント、アニメの価値観が合わないとかアホみたいな理由で2回も離婚するとかありえんぞ」

「そりゃヒロインの曇った表情が作品の華とか言って毎度鬼畜回入れてくる男だからな。あとエロ回。んでもそういうのが最近のWEB発アニメには合ってるみたいだぞ」

「あーWEB系か。なるほど確かに。で、まぁそんな親父だけどさ、それでも結婚したってことは、一応、家族を作りたいって気持ちはあったんだろ」


 母さんがチラリと俺の方を見る。


「母さんも俺も大変だった。まひるさんは悲しんだし、夕姉と夜雨だってショックだったろうなと思う。大部分は間違いなくあの親父が悪いけど、でもさ、たぶんついていけなかった俺たちにも原因あると思うんだよな。創作バカを一家の長にするってそういうことじゃん」


 何も言わずに、母さんはじっと俺の話を聞く。


「俺は母さんと父さんの血を引いてるし、やっぱ創作するの好きだよ。美空のみんなと一緒にいてそれがよくわかった。だからこれからも創作続けていきたい」

「おー。そうか」

「俺は違うけど、やっぱ本物の創作バカっているんだよな。そっちにステ全振りしてるから、他のことがからきしなんだ。親父だけじゃない。まひるさんはいろんなとこで寝ちゃうしほっとくと栄養バーとかお菓子だけで食事済まそうとするし、夕姉は掃除も片付けもしないわすぐ下着なくして騒ぐわ、夜雨はめちゃくちゃ可愛い天使なんだけどまだ一人で風呂にも入れないから俺が面倒みないとだし」

「はっはっは。やっぱ楽しそうなラブコメ生活してるじゃん」

「まぁな。で、俺はそんなラブコメ生活が割と気に入ってるし、あんな親父でもいなくなった影響はあるわけで、俺がしっかりしないとさ。つーか、俺がいないとあの人たち絶対生きていけないって! 親父と結婚するまでどんな生活してたんだって感じだわ!」

「まーまひるのやつはガチのお嬢様だからな。一般庶民の生活なんざ知らんのだよ。あたしにも感謝してたぞアイツ。さすが我が息子じゃん」

「お褒めにあずかりどうも。そんなわけだから、ごめん。母さん。それと……ありがとう」


 そう言うのは、やっぱり少し照れた。

 母さんはじっとこちらを見つめて、無言で俺の頭をくしゃくしゃと触った。


「ま、なんかあったら連絡しな」

「おう。ありがと」

「ただお前もあの人の子だからな。美空家の女を手当たり次第に孕ませて追い出される可能性もあんだろ。気をつけな」

「いやねぇよ!! どんな鬼畜ハーレム野郎なのそれ!? つーか息子をどんな目で見てんの!?」

「息子だから心配してるんじゃん。これがマジもんの家族モノなら血縁関係がーってデカい壁があんだけどなぁ。お前はヤリ放題じゃん。ちゃんと避妊しとけよ」

「ヤリ放題とか人聞き悪いこと言うなアホぉぉぉ! エロアニメの見過ぎなんじゃ!」

「母親に向かってアホとはなんだ。エロアニメバカにしてんのか? お仕置きだな」

「いやしてないしてないしてませんすんません! いだだだだだっ!」


 ぶらぶらさせていたココアシガレットを噛み砕いて飲み込み、両手で俺の頬をびよびよ引っ張ってくる母さん。小さい頃に叱られたときはよくこういうお仕置きをされていた。なんか懐かしく、馬鹿馬鹿しくなってつい笑うと、母さんも呆れたように笑う。


 そのとき、母さんが階段の扉の方をじっと見つめた。


「あいたたた……ん? 母さん?」

「あー……ま、アイツは別に言っても怒らんだろ。それにあたしにも責任あるしな。お前にも話しておくか」

「ん、なんの話?」

「あのお嬢様のこと。お前、たぶんまだちゃんと話聞いてないだろ」

「まひるさんのこと?」


 母さんは柵に背中を預けながら俺の方を見る。


「アイツなー。こんな駄菓子一つ食べたこともないくらいのガチなお嬢様だったんだが、高校卒業をきっかけに勘当覚悟で家を飛び出してな。そのままあたしがバイトしてた制作会社に飛び込んできて、見習いアニメーターになったわけ。元々絵の才能はあったからめきめき上達してな。あっという間に最高戦力だ」

「ああ、うん。そのくらいは知ってるけど……」

「そか。んで男と手を繋いだこともねぇ夢見るお嬢様は未成年のうちにどこぞのイケメンプロデューサーに口説かれて即オチ。そのPは蒸発して残ったのは二人の娘と未婚のシングルマザー。アイツが誰もいませんよしなくてよかったわ」

「は? ええ、マジかよそれ……。まひるさん、すげぇ大変だっただろうな……」


 さすがに知らなかったわりかし壮絶なまひるさんの過去に愕然となる俺。いやまぁ、親父と出会うまで未婚だったわけで事情があるとは思ってたけど……。


 母さんはちょっと不機嫌そうにシガレットをもう一本咥え、続きを話す。


「あたしは別のアニメ会社に就職してたから、アイツのことに気付くのが遅れちまってな。で、さすがに意気消沈してたお嬢様を強引に連れ出して飲み会やって、そこでうちのろくでなしブルースを紹介しちまった。『パーフェクト・ホワイト』の企画生まれたのもそこだなー」

「じゃあ親父とはそこで?」

「そゆこと。ま、そっから婚姻関係になるほどどうやって仲良くなったのかはしらんが、きっかけを作っちまったのはあたしだ。まひるに二人の娘さん、それにお前の生活を変えちまったのはあたしのせいって言ってもおかしかないだろ」

「いや、母さんのせいってわけじゃ……」


 そこで俺は思った。

 母さんは、親父と別れた後もずっとそういうことを気にしてたんじゃないだろうか。だから親父が再婚した後、俺に電話をかけてくる頻度が増えたのかもしれない。きっと、責任を感じていたんだろう。こんなサバサバした性格だからわかりづらいけど、母さんはやっぱり俺の母親だ。


「アイツはこんな話お前にしないだろうからな。なんで知ってるのって詰め寄られたらあたしに聞いたって言え。ま、アイツはそんなことで怒らんだろうが」

「……うん。けどありがとな。それ聞いてなおさら覚悟したわ」

「ん?」

「母さんと親父の責任は俺が引き継ぐ。だから母さんはそんな気にしなくていいよ。まひるさんだって絶対気にしてないだろ。いやぁ本当孝行息子でよかったな!」


 多少冗談まじりにそう言うと、母さんはしばらくぼーっとした顔をした後、また俺の頭をくしゃくしゃにした。


「んじゃ任せたわ、孝行息子」

「おう。任された。しっかしひでープロデューサーがいるもんだな」

「アイツは長崎の離島に逃亡したところを追い詰めてシメといたから心配すんな。もう二度と業界には戻ってこれねぇよ。次見つけたらエロアニメ業界で20年タダ働きさせるって言ってあるし。全財産もまひるの慰謝料としてふんだくったしな」

「マジで干してんじゃん!? ははっ、やっぱ母さんすげぇわ! 俺までスッキリした! それに比べたら親父への対応優しかったな!」

「だろ? もう女神じゃん」


 母子揃って笑い出す。親父、相手を選ぶ目だけはあるんだよな!


「朝陽、お前はそろそろ戻っておきな。まだ撤収作業あるだろ」

「あっ、そうだった。三人だけにやらせるわけにもいかないしな。じゃ、俺行くよ」

「おう」


 扉のノブに手を掛ける。

 そこで、もう一度母さんの方を振り返った。


「あのさ、母さん」

「んー?」

「もし寂しくなったら言ってくれな。俺は別にいつでも母さんのとこ行けるし。それにうちに来てくれれば、まひるさんたちも歓迎してくれると思うからさ。親父抜きでメシでも食いながらみんなで親父のアニメ観て親父の悪口言おうぜ!」


 母さんは咥えていたシガレットをポロッと落とし、驚いたように目を見開いていた。

 それから母さんはシガレットを拾い上げて小さく笑う。


「母親を口説くな。エロアニメの主人公か」

「もうその例えやめてくんない!? んじゃまたね母さん!」

「おー」


 扉をくぐって家族に別れを告げ、俺は家族の元へと走る。

 だいぶ閑散としてきた会場に戻ると、『美空家』ブースで三人がやたら疲れたように息切れして汗を掻いていた。その割に撤収がほとんど進んでいないが。


「お、おかえりなさい~、朝陽、ちゃん~」

「あ、あれー弟くんじゃん! も、もう戻ってたんだぁ。お母さんの方は、いいのー?」

「兄さん……お、おかえり、なさい……あの……えと……」

「おお……ただいま。なんかみんな、すげぇ疲れてるな。撤収作業は俺がやるから休んでてよ」

「だ、大丈夫ですよ~朝陽ちゃん。ママたちも、一緒にがんばります~」

「そ、そうそう! ちょっとプランクとスクワットしてただけだし!」

「なんでこんなとこで筋トレするの!? ああ、夜雨も疲れてるなら無理しなくていいからな」

「う、うぅん……へいき、だよ。みんなで、片付け……しよ?」


 そんなわけで、俺たち『美空家』は2回目のイベントでも見事に本を完売し、とても気持ちよく終わりを迎えることが出来たのだった。

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