プロローグのようなエピローグ
第53話 同人家族
会場を出ると、晴れやかな青空が広がっていた。梅雨真っ只中の貴重な晴れ間だ。
駅まで続くデッキの上で、ガラガラと転がしていたキャリーケースを止める。
「うお、夏かってくらい暑いな。けどまぁ……無事完売だ! あ~ホンットよかった!」
爽やかな空に向かって伸びをする。これ以上ないくらいに心もスッキリ晴れ晴れとしている。
「どうなるかと思ったけど……すげー楽しかったなぁ! これもまひるさんたちのおかげだ。んじゃあ帰りましょうか!」
振り返った俺は、そこで呆然とする。
少し離れたところで、まひるさん、夕姉、夜雨が、三人とも足を止めていた。
俺たちの間の、微妙な距離感。三人とも、なぜだか少し曇った顔をしている。
まひるさんがつぶやく。
「……朝陽ちゃんは、どこへ帰るの?」
「え?」と聞き返す俺。
まひるさん、なに言ってるんだ?
「弟くんさ、なにか、あたしたちに言うことない?」
「夕姉? な、なんだよ言うことって。なんでそんな顔してるんだ?」
なんだなんだ。急にどうしたんだ? 意味がわからない。
「兄さん…………いっちゃう、の……?」
「や、夜雨? いや、だからどうしたんだよ。みんななに言ってるんだ? 行っちゃうのってどこにだよ。俺が帰るところなんて――」
そこでハッと気付く。
母さんと話を済ませて会場へ戻ったときから、三人はなんだかちょっと様子が変だった。妙に疲れてたし、汗を掻いてたし、わかりやすくなにかをごまかしていた。そうだよな。あの状況で他になにを隠すっていうんだ。はいはいわかりました。こういうのアニメで見たことあるぞ!
「まひるさんたち、ひょっとして俺と母さんの話聞いてました?」
その言葉に、三人がまたわかりやすくドキッとしたような顔で俺を見た。
「やっぱりか。それで慌てて走って戻ったんすね。だから疲れてたし挙動不審だったんだな」
図星だろう。三人ともおろおろそわそわしながらお互いに顔を見合わせている。母さんもひょっとしたら気付いてたのかもな。
まひるさんがしょんぼりとつぶやく。
「……ごめんなさい~」
「それはあたしたちが悪かったわよっ! でもなに話してるか全然聞こえなかったし、結局なんもわかんなかったの!」
「う、うん……だけど、きっと、大事な、お話を……」
そこで、まひるさんが両手を組みながら言う。
「朝陽ちゃん。湊ちゃん先輩は、美空家でちゃんと話し合ってって言っていたけど……。ママはね、大事なのは、朝陽ちゃんの気持ちだと思うから~……」
「まひるさん……」
「きっと朝陽ちゃんは、もう決めたんだよね~? あ、安心してね。朝陽ちゃんがどんな選択をしても、ちゃんと応援するよ~! だって……私は、朝陽ちゃんのママだから~!」
そう言って、まひるさんはニッコリと笑う。でもその瞳は潤んでいて、どこか怯えているように見えた。夕姉と夜雨がまひるさんに寄り添って支える。
俺は少し長い息を吐き、三人の方へ歩み寄る。
そして、三人の前で止まって口を開く。
「あのさ、俺、満足してないんだよ」
『……え?』
三人が口を揃えて俺を見つめる。
「結局あの同人誌は、三人の力が強い。まひるさんのイラストがなきゃ手にとってもらえないし華がない。夕姉がコスしてアピールしてくれなきゃ人も集まらなかった。夜雨がボイスで命を吹き込んでくれなきゃリアリティも弱い。もっと良い物を作るためには、俺が成長しなきゃいけないんだ。俺が三人に追いつかなきゃいけない。山ほど努力して」
「朝陽ちゃん……」「弟くん……」「にい、さん……」
そうだ。結局俺は、三人に支えてもらっているだけなのだ。
だから。
「次はもっと良い物を作る。もっと面白くて、もっとたくさんの人に読んでもらえる物語を作る。いや別に自信があるわけじゃないぞ! ただ、俺は『美空家』の長男だから。創作バカの家族に囲まれてたらさ、なんか自分もやれるんじゃないかって思えてきただけ!」
三人は、大きく目を開けて俺を見てくれた。
「それに俺、仮にも『美空家』のサークル主だしな。なにより三人とも仕事ばっかりで日常生活破綻してんだから、俺がいなきゃどうすんだよ。こんな家族放っておけるかっての! 俺は親父みたいな男にはならんぞ。家族も創作も、どっちも選ぶ!」
そう言って照れ隠しにわざとらしく腕を組み、ふんぞりかえってみる俺。
そっと、袖を掴まれた。
まひるさんだった。
「……朝陽ちゃん、それじゃあ……」
俺は組んでいた腕を下ろし、まひるさんの手を取る。
「俺、たぶん一人で創作したいわけじゃないんだ。まひるさんと、夕姉と、夜雨がいるから、また創作したいって思えた。だから、どこにも行かないよ。美空家の長男だからさ」
「朝陽ちゃん……」
「これからも、長男でいいかな? えっと……まひるママ」
めちゃくちゃ照れながらそうつぶやくと。
まひるさんは、俺の手をぎゅっと強く握り返しながらポロポロと泣きだした。子供みたいにいっぱい泣くもんだから、周囲の目も気になって俺はひたすらおろおろする。気付けば夕姉も夜雨も大粒の涙をこぼしていて、三人揃って俺に抱きつきながらわんわん泣いた。そんな三人を見ていたらなぜだか俺まで涙が出てきて、こぼさないように上を見上げて鼻をすする。
俺たち美空家の四人を、眩しい太陽がキラキラと照らしてくれていた。
ようやくみんなが泣き止んでくれたところで、再び歩き出す俺たち美空家。
先頭の夕姉が軽快なスキップをして、続く俺の腕を隣の夜雨がぎゅっと握っている。そしてまひるさんが後ろからニコニコと見守ってくれる。
「ほらほらさっさと帰ろー! んで、今日こそちゃんと打ち上げいこっ! ファミレスとかでもいいけど、やっぱ落ち着ける地元のポコドで!」
「熱気さめやらぬうちに反省会とか次の作戦会議もしたいしな。夜雨は平気か?」
「うんっ。元気、だよ。とっても!」
「楽しそうですね~♪ それでは美空家、イベント海域より離脱です~♪」
「おー! あ、そだねぇねぇ次は二次創作でもよくないっ? 着たいコス山ほどあるし!」
「ああ、それもいいな。あと俺、夜雨のボイスをメインにしたヤツとかやってみたいんだよな。女の子の一人称とかでさ、夜雨の可愛さを全力で押し出したい。俺の天使を世に知らしめたい! 夜雨はどうだ?」
「兄さん……えへへ、嬉しい……♪ 兄さんの書いてくれたもの……夜雨、やってみたいな♪」
「デレデレしてる弟くんきもっ! お姉ちゃんがカワイイ話も書いてよ! てゆーか弟くんやっぱよるちゃんに甘すぎなのーっ!」
「世界一可愛い天使のようなラブリーマイシスターだから当然だろうが!」
「こっちも世界一キレイな女神のラブリーマイシスターだろーがー!」
「んだーくっついてくるなってのー! あっ、まひるさんはなにかやりたいのある?」
「そうですね~♪ どれもすっごく楽しそうだから……家族みんなで楽しめる創作なら、ママはぜ~んぶやってみたいです~♪」
そう言って笑うまひるさんに、俺も、夕姉も、夜雨も、みんな一緒の笑顔になった。
「――よし! んじゃあもう全部やろう! 思いついたの全部書く! だからまひるさんも夕姉も夜雨も、遠慮なくやりたいこと言ってくれ!」
「わぁ~素敵ですね~♪ それじゃあママは、まずみんなで温泉に行きたいです~♪ お疲れ様会を兼ねて、家族旅行したいな~♪」
「あーママイイじゃん温泉! 家にこもってばっかだったしさ、家族旅行で思いっきりバカンスしよ! ゼッタイ掛け流しね! あと家族風呂完備! ここ重要だから!」
「兄さんと……温泉……うんうんっ! 夜雨も、旅行いきたいな……! 兄さん、どうかな……?」
「え!? いやそういう意味じゃなかったけど……まぁそれもいいか! けどただの旅行じゃもったいないし、創作旅行な! 次のネタ探しもしようぜ!」
「朝陽ちゃんナイスアイデア♪ 合宿みたいで楽しくなりそうですね~♪」
「ねね! あたし海もいきたいし水着買おーよっ! これから暑くなるしちょうどいいじゃん! 弟くんに水着選んでもらおーっと!」
「ふふ……温泉に海に、ネタ探しの創作旅行。楽しみだね……♪ 兄さん、夜雨のお買い物にも付き合ってくれる……?」
「おうもちろん! んじゃ続きはポコドで話すか!」
『おー!』
俺の家族は、みんな変だ。
けれど俺は、そんな家族が好きだ。心から尊敬している。
たったひとつの特別な、自慢の“同人家族”だから。
――さて、それじゃ次はなにを創ろうか!
第1部 《了》
美空家! ~イラストレーターの義母、コスプレイヤーの義姉、声優の義妹と一つ屋根の下でイチャラブ創作する話~ 灯色ひろ @hiro_hiiro
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