第22話 夜雨の場合
まず、脱衣場では自然と決まった流れがある。
夜雨が先に服を脱いで風呂場に入った後、俺が脱衣場へという感じだ。兄妹とはいえそれなりの配慮ってもんがある。
そうして俺も夜雨に続けて浴室へ。
美空家の風呂場は一般家庭のものよりちょっと……いやだいぶ広い。その理由は、まひるさんが家族みんなで入れるようにとこだわったからだそうだ。そのため浴槽も親子三人がそれなりに余裕を持って入れるサイズとなっている。
「んじゃ、ちゃんと目ぇ閉じてるんだぞー」
「う、うん……!」
おそらくは素直にギュッと目を閉じているだろう夜雨の頭をわしゃわしゃと泡立てて洗っていく俺。夜雨の長い髪をまんべんなく洗っていくのにもだいぶ慣れたもんだ。初めは夜雨の目に泡が入ったりでひっちゃかめっちゃかなこともあったな。
「よし。じゃあ次は体なー」
「ふぁい……!」
そのまま続けてボディスポンジを泡立て、夜雨の白い柔肌を腕から背中、全身まで丁寧に洗っていく。女の子の体を洗うなんて最初はずいぶん戸惑ったが、こちらも今は完全に慣れた。夜雨の方はいつもちょっと肩に力が入ってる感じだが、そういうところも可愛いんだよな。
「はぅんっ」
「すぐ終わるぞー」
脇腹が特に弱い夜雨は、いつもこの辺りを洗うとき小さな声が出る。そのため素早くかつ優しく洗うコツを身につけた。
で、これくらいはまぁいいとして、さすがに前の方を洗うときはいろいろと困る。出会ったときはもっと小さな小学生だった夜雨も、今や立派に成長中の中二だからなぁ。そろそろ自分で洗ってくれれば何も問題ないんだろうが。
「夜雨。自分で洗ってみるか?」
後ろからそう尋ねてみるも、夜雨はふるふると首を横に振る。濡れた銀髪から軽くしぶきが飛んだ。
「に、兄さんに、してほしい…………だめ?」
顔だけでこちらを振り返り、前髪の間から不安そうな瞳でじっと見つめてくる夜雨。いいやまったくダメじゃないぞ。
「わかったわかった。まったく甘えん坊だなぁ夜雨は」
「……えへへ」
こんな反応をされるものだから、やってあげないわけにはいかない。夕姉の言うとおり俺は夜雨に甘い自覚があるが、たった一人の妹を可愛がることは別に悪いことじゃないだろう。
そんなこんなで夜雨の全身をスッキリ完璧に洗い上げたところで、湯船につかないよう夜雨の長い銀髪をアップにまとめてやる。それから夜雨が先に入浴している間に俺も素早く自分の体を洗っていく。
「兄さん……や、夜雨も、洗ってあげたいっ」
「ん? そうか? サンキュな」
浸かったばかりの風呂から出てきた夜雨は、俺の後ろに座って背中をごしごしと洗ってくれる。「んしょ、んしょ」と頑張ってくれる妹の優しさに感動する俺は、あらためてこの妹を
俺はそこで今日の目的を思い出し、まひるさんや夕姉にもした相談を夜雨にも投げてみることにした。
すると背中で夜雨の手が止まる。
「ん…………それは、キャラクター自身になること、かな……?」
と、夜雨は答えてくれた。
「やっぱりそうかぁ。いやな、まひるさんと夕姉も同じようなこと言ったんだよ。けど声優業ならなおさらそうだよなぁ。まさにキャラクターになりきるわけだし」
「う、うん。夜雨の好きな声優さんが……声は、キャラクターの魂だって、言っていたから。夜雨も、そう思って、いつも、気をつけてる……。お仕事をもらうときも、台本、すごく読んで……イメージを、膨らますの……」
「なるほどなぁ。特に同人音声だとオリジナルで原作とかもないもんな。まさに声だけが頼りってことになるだろうし」
「そ、そう。だから、キャラクターの設定は、すごく、気にしてて……。夜雨は、その……おっぱい、あんまり、大きくないけど……大きいキャラクターの気持ちを、想像、したり……。同じ髪型に、してみたり、同じ香水を、ネットで探してみたり……。その子が好きなことを、実際に、ちょっと、試してみたり、するよ……」
「ほほぉ。例えばなにしてるんだ?」
「えっ! ……あ、あの、それは……えっと、は、恥ずかしい、から……内緒……」
もじもじしながら声が小さくなっていく夜雨。結局なにをしてるかわからんが可愛い。そして夜雨は普通におっぱいある方だからな。まひるさんと夕姉が立派すぎるだけでいずれ夜雨もああなる――って、ん? 待てよ。夜雨はたまにR-15系の仕事とかもやってたよな。キャラクターになりきるって……まさか、いやまさかな? はは!
「……兄さん?」
「ああいやなんでもない。けど夜雨は努力家で偉いよな。そこまで頑張っているなら、そのうちもっと声優の仕事も来るようになるな」
「あ、ありがとう……。声優のお仕事は、まだ、ぜんぜん、だけど……。同人活動は、マイペースにやれて、好き、なんだ……」
「そっか」
一応、夜雨は既に現役中学生声優としても地上波のアニメデビューを果たしている。名前もない端役としてだが、それで報酬を得ているのだから立派な声優だろう。
聞こえは悪いが、親父とまひるさんのコネってやつである。
もちろんコネが利くのは夜雨の実力や努力という下地があってこそのものだし、夜雨が頼んだわけでもない。夜雨がそのことを知ったのは親父とまひるさんが離婚してからだ。夜雨はしばらくそのことを気にして凹んでいたが、今は実力だけで役を勝ち取ろうと元気を取り戻したみたいだな。俺が親父に愛想を尽かしたのも、夜雨を傷つけたって理由は割と大きい。親父的には義理の娘へのお節介だったんだろうが。
「妹ながら見上げたプロ根性だなぁ。相談に乗ってくれてありがとな、夜雨。んじゃ、風呂入るか」
「あ、う、うん……っ」
そのまま一緒になって白く濁った浴槽へドボン。
「「ふあー」」
兄妹揃って同じような声が漏れ出る。向かい合うと照れるという夜雨の意見によって、いつも俺の前に夜雨が座るような形で入ることがほとんどだ。夜雨はこの形で入るのが好きらしいが、俺はたまに困ることがある。理由は言わんが。
「兄さん……いつも、洗ってくれて……夜雨と、一緒に入ってくれて、ありがとう……」
「なんだよあらたまって。そんなこと気にするなって」
「……うん。えへへ……」
ちょっぴり照れたように笑う夜雨。可愛い。
俺と夜雨はこうして毎日のように一緒に風呂に入っているが、もちろんそれには理由ときっかけがある。
まず理由だが、夜雨は小学生の頃にその容姿をからかわれて学校で浮いた経験があり、以来自分に自信をなくして鏡を見ることすら苦手になってしまったらしいのだ。いつも前髪で目を隠すのもそれが理由である。だから洗面所に立つのも苦手だし、大きな鏡のあるこの浴室にも一人だけでは入れず、以前はまひるさんか夕姉が常に一緒だった。
その役が俺に回ってきたきっかけは、この家に来たばかりの頃。
初め、夜雨は
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