第23話 妹とのお風呂タイムは1日の癒やし

 ――それは俺が中学生の頃。慣れない家に帰るのが憂鬱で、これから家族関係どうすりゃいいんだと悩みながら家の周りを無意味にぐるぐる遠回りしながら下校していたことがあった。

 そんなある日の帰り道に、ランドセルを背負っていた頃の夜雨を見かけたことがあった。

 当たり前だが、そのとき夜雨は今よりも身体が小さく、髪も少しだけ短めで、さらに大人しい性格をしていたように思う。

 そんな夜雨は、一緒に帰ってきた同級生二人の子のランドセルまで背負って辛そうに歩いていた。


 正義感だとか妹を助けたかったとかそんな立派なもんではない。ただ、気付いたら俺は夜雨の前に立っていた。


『君たち、夜雨ちゃんの友達か? 俺もガキの頃はこういうゲームよくやったなぁ。ジャンケンで負けたヤツが2本目の電柱まで~とかな!』


 いきなり現れた俺に、夜雨も二人の“友達”も驚いていた。


『夜雨ちゃんと仲良くしてくれてありがとう。これからもどうか仲良くしてくれると嬉しいよ。――けど、もし俺の妹をいじめるようなことをしたらお兄ちゃん許さないからな~? ははは!』


 あくまでも冗談、といった感じで俺は二人に軽く釘を刺した。

 実際のところそれが上手くいったのか、そもそも夜雨が二人とどんな関係だったのかはわからない。余計なことをしてしまったかと悩んだりもした。

 ただ、あれから夜雨が曇った顔で家に帰ってくることはなくなっていたし、あの二人とは中学に入っても一緒にいられる関係らしい。それで十分だ。まぁ、あの二人がたま~に美空家うちに遊びにきてはやたらと俺にひっついてくるようになったのはよくわからんが。


 ともかく、その日から夜雨との距離がすごく縮まったように思う。

 話しかけても逃げたりはしなくなった。夜雨の好きなお菓子を買って帰ると喜んでくれた。好きなアニメの話では初めて笑顔を見せてくれた。

 気付けば『兄さん』と呼んでくれるようになったし、こうして夜雨の面倒をみられるようになった。夜雨が俺を信頼してくれているように感じて、それが嬉しかったもんだ。その頃からかな、夜雨がめちゃくちゃ可愛い妹だと実感出来るようになったのは。そして同時に、一人っ子だった俺が兄としてしっかりしなきゃと思うようになったんだ。


「多少は兄らしくなれたもんかなぁ……」

「え……? 兄さん……?」

「ああいやなんでもない。お、今日の感想か?」


 そんな昔のことを思い出してほのぼのしていると、夜雨が防水ケースに入れたスマホをいじり始めていた。どうやらSNSのVtuber用アカウントで今夜の感想を検索エゴサしているようだ。後ろの俺にも画面がよく見える。


「“#ヨルの時間”タグ結構浸透してきたよな。どんな感じだ?」

「う、うん。みんな、楽しんでくれたみたい……嬉しい、な……♪」

「そっか、よかったな夜雨。勇気出して配信活動――略してハイカツ始めてよかったよな」

「うん……! ハイ、カツ、ハイ、カツ……!」


 嬉しそうに答えながら『つぶったー』を眺める夜雨。

 夜雨がVtuber活動を始めたのは、彼女が中学生に上がってしばらくしてから。親父とまひるさんとの離婚後に、内向的な自分を変えるため、声優としてのステップアップを目指して始めたのだとか。

 夜雨は仕事のときは人が変わったように演技するため最初は俺も驚いたものだが、今ではそういう部分も表にあらわれていないだけの夜雨の本当の姿なのだとわかるようになった。Vtuberって、直接顔を出しにくい人でも自分を表現しやすい良いコンテンツだよな。理想の自分になれるってのが夜雨にはぴったりだったらしい。妹の成長ってのは我が事のように嬉しいぜ。


 するとそこで夜雨の手が止まる。


「……あの。あのね、兄さん……」

「ん? どうした?」


 夜雨が何やらちょっと不安げな声でこちらを向き、話しかけてくる。


「前にね、配信で、お、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってるって、言ったら……。中学生で一緒なのは、ヘンって、コメントがあって……」

「あー」

「やっぱり、夜雨、おかしい、の、かな? そんなに、ヘンなこと、かな……。友達にも、そういう子は、いなくって……」


 スマホを持ったまま、しょんぼりと肩を落とす夜雨。

 いやまぁ配信でってことはヨルちゃんに対しての発言なわけで、そもそもヨルちゃんは異世界の吸血鬼なのでリスナーたちがヨルちゃんをガチ中学生だと思っているかどうかもわからんしネタ発言ぽく受け取ってる可能性もあるが、夜雨が本気で悩んでいるなら真面目に返すべきだろう。

 うーん、一般的な家庭の常識かどうかは知らないが、なんとなく女の子が家族と一緒にお風呂に入るのは小学生くらいまでみたいなイメージはある。でもイメージだしな。


「別におかしくはないと思うけどな。たまにテレビで高校生の女の子が父親と一緒に入ってるみたいな話聞くだろ。兄妹なら普通なんじゃないか?」

「……! そ、そう、だよね? おかしくない、よね? 夜雨、まだ、兄さんと一緒で……いい、よね?」

「俺は全然いいよ。むしろ、そろそろ夜雨の方が兄離れするんじゃないかって寂しいくらいだぞ。本当は兄ちゃんに体洗われるのなんて嫌なんじゃないか、とかなぁ」

「そ、そんなことないよっ!」

「おおっ?」


 勢いよくこちらを振り返る夜雨。どこか必死な瞳で俺をじっと見上げた。


「嫌なわけ、な、ないよ? だって夜雨……に、兄さんと……もっと……!」


 それからすぐ視線をそらしてもじもじとする夜雨。

 俺は安心させるために夜雨の頭に手を乗せた。夜雨がまたこっちを向く。


「わかったよ。心配するなって。夜雨が嫌じゃないんなら、これからも一緒に入ってやるからさ」

「にい、さん…………う、うんっ!」


 ようやく表情の和らいだ夜雨の頭を撫でる。夜雨は少しくすぐったそうに笑った。  

 風呂のときだけはよく見ることが出来る、宝石みたいに綺麗な両の目。白い首筋のラインから鎖骨、なだらかな肩、膨らみを増す胸の辺りまで、すべてをさらけ出してくれている。


 そんな夜雨が、上目遣いにじっとこちらを見つめてくる。

 

「ん? 夜雨?」


 そして、頬を赤らめながらつぶやく。



「……あのね。夜雨、兄さんのこと……大好き……です」



 天使じゃん。

 なにこれ天使じゃん。


「なにこれ天使じゃん」

「え……?」

「いかん、つい妹への激重感情が声に出てしまった。くっ、夜雨が可愛すぎるせいで……!」

「に、兄さん……? や、夜雨……かわ……え……っ?」


 じわじわじわと、夜雨がぽかぽかお風呂の中で茹でられたように赤くなっていく。

 俺は昇天ペガサスMIX嬉し泣きしそうな激重感情を抱えたまま妹と向き合う。


「うん、夜雨は本当に可愛い。世界で一番可愛いんだ。兄ちゃんの癒やしでいてくれてありがとう……。夜雨がいるから俺は人生を頑張れるよ。ノー妹ノーライフ」

「に、兄さん……おおげさ……」

「いいや大げさじゃないんだ。マジでそう思ってるからさ。夜雨は俺の天使だ。生まれてきてくれてありがとう。俺も夜雨が大好きだ」

「はゎ…………あ、あぅ………………」


 耳まで真っ赤になって照れる天使。はー可愛い。


 そんな1日の中で最もリラックス出来る癒やしの“ヨルの時間”を堪能していると――

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