第21話 Vtuber『朝灯ヨル』

 そして最後に夜雨の部屋へ行く。

 ――が、扉の前で俺は足を止め、まずは静かに引き返す。『収録中』の札が掛かっていたからだ。

 廊下を戻った俺がスマホを見ると、登録済みのチャンネルから通知が来ていた。しまった。メンバーシップにも登録している俺が忘れることなんて普段はないんだが、まひるさんと夕姉に話を聞いていてすっかり気付くのが遅れた。俺としたことが!


 慌ててリビングに降りると、そこにはまひるさんと夕姉の姿がある。既にテレビの画面に動画サイトの映像が映っていた。


「朝陽ちゃん、もう始まりますよ~」

「遅いよ弟くん! ほらほらこっち!」

「忘れてた。ちょうど生配信が始まった時間だよなっ」


 そのまま三人ソファに腰掛け、大型テレビにバンと映った配信を見始める。


『皆さんこんばんは、なの! 夜界ニブルヘイムからやってきた魔女見習いの吸血鬼、『朝灯アサヒヨル』です! ぴょん!』


 おお来た来た! さて今日の定期配信はなにをするのかな。


『今夜もヨルに会いにきてくれてありがとうございます! ええと、今日は前回の続きの探索からしますね。あ、初見さんお初なのです! えっと、切り抜き見てきました……わーありがとうございます! 気兼ねなくコメントなどしてもらえると嬉しいです。ゆっくりしていってくださいね! でもでも、ヨルはホラーつよつよなのであしからず、なの!』


 ペラペラと慣れた様子で喋るのは、可愛らしい2Dイラストがぬるぬる動くウサ耳吸血鬼『朝灯ヨル』。現在チャンネル登録者数3万人と人気上昇中の個人系新人VTuberであり、異世界の俺の可愛い妹だ。今日はゲーム実況みたいだな。


『――フッフッフ、甘いの! ここにトラップがあるなんてバレバレですよ! 見ててくださいね、こっちに進むと……ほらゾンビ出てきた! はいHSヘッショワンパン余裕なのです~! じゃ起きてくる前に探索ですっ。その後ボス行っちゃいますね!』


 そのホラーゲームにおいて最も難易度の高い鬼畜で有名なモードにもかかわらずサクサクと進んでいくヨルちゃん。やっぱホラー耐性めちゃくちゃ強いな。

 喋りに元気があるし、声は可愛いし、攻略もスムーズだからか、コメント欄を見ても見ている方が安心しきってまったく怖がってない。あの夕姉も逐一びびりながら「ぶちまかしたれ~~~!」とクリーチャーに発砲するヨルちゃんを応援している。前は人気のFPS実況もしていたし、ヨルちゃんは割とアクションやシューティングが得意なのだ。


『ひゃわっ!? い、いまのはちょとあぶなかたですね! で、このパターンだと次はこっちから全体回転攻撃してくるので、先に電源破壊して動き止めます! これ当たるとまず即死なので注意なのです! はい止まった! その隙にいったんアイツの後ろに回って引き出し調べると隠し武器があるので、これ使って倒します! まず背中の管壊しますよ! これすごい難しいんですが、決めれば勝ちみたいなものです! あとはもう楽勝なのですよ~!』


 ちゃんと視聴者がわかるように説明を入れながら的確にキャラクターを動かし、ほとんどミスもなくスラスラ進んでいくヨルちゃん。

 そのまま見事にボスを撃破し、最高難易度も難なくクリア。気持ちよいプレイにまひるさんが「わ~♪」と拍手をして、夕姉が素足をバタバタさせながら「いえーい!」と喜ぶ。同じように楽しんだ視聴者たちがバンバンと投げ銭スパチャをしてクリアを祝ってくれる。


『あ、皆さんコメントありがとうございます! 新しく入ってくれたメンバーさんも嬉しいです! ありがとうございます! えっとえっと、じゃあエンディングでスパチャ読ませていただきますね! なの! まずは――』


 最近徐々に人気が出てきたためか、生配信での投げ銭も増えてきたようだ。そしてまひるさんもちゃっかりスパチャをしており他のリスナーたちから『先生もよくみとる』コメントが届く。実の母親がこういう形で娘にお小遣い渡す時代ってすげぇよな!

 とまぁ相変わらず驚くような見事な喋りっぷりだが、俺は『朝灯ヨル』がたくさんの努力の末にここまで来たことを知っている。

 Vtuberのデザイン担当イラストレーターさんをよく“ママ”と呼んだりするが、ヨルちゃんのイラストを描いたのは本物のママであるまひるさんだ。ちょっとセクシーなドレッシー衣装のデザインは夕姉が。俺は一緒に名前を考えたくらいだが、2Dの設定や配信環境などはすべて『朝灯ヨル』自身が行っている。ああじゃないこうじゃないと家族みんなで意見を出し合いながら作り上げた『朝灯ヨル』は、いまや美空家のアイドルみたいなものだ。だから人気が上がってきたことは俺にとっても嬉しいことだ。もはやもう一人の妹だからな。

 

『――皆さん本当にありがとうございました、なの! また次の配信でお会いできたら嬉しいです。それでは良いヨルを! ぴょん!』


 お決まりのセリフと共に頭に手をやってウサ耳をぴょんぴょんし、今夜の配信は一時間程度で終了。忘れず高評価ボタンを押しておく。決して贔屓ではなく楽しかったからだ。

 本当は俺もスパチャを投げたいくらいだが、夜雨に『に、兄さんとお姉ちゃんは恥ずかしいからいいよ……』と言われて遠慮されている。俺も愛を届けたいぜ……!

 

「それじゃあ朝陽ちゃん~、あとはお願いしますね~♪」

「弟くんよるちゃん任せたよんっ。出たらみんなでシチュー食べよ!」

「ああ、わかった」


 俺は二人に返事をして2階へ向かう。

 スマホで夜雨に『お疲れ様』とメッセージを送ると、すぐに『ありがとう♥』の可愛いアニメスタンプが帰ってくる。

 部屋の前で万が一のためにあえてノックはせず、ゆっくりと部屋に入る。

 ちょうどそのタイミングで、室内の防音ボックスから銀髪の頭がにゅっと出てきた。


「お疲れ、夜雨」

「あ……兄さんっ。みてて、くれた……?」

「もちろん。まひるさんと夕姉も一緒にな。今回すごく盛り上がってたな。面白かったぞ夜雨」


 ぽんと頭に手を乗せると、充実感のある顔で小さく微笑む夜雨。

 見ればしっとりと汗をかいており、その顔色から多少の疲れが見てとれた。そりゃあれだけずっと喋って頑張ってればな。ホントVの人も大変だわ。


「よし。夜雨、汗かいたろうしお風呂いくか」

「う、うん……」

「出たらみんなでシチュー食べよう。ジャガイモごろごろ入れといたからな」

「わぁ……ありがとう、兄さん……。楽しみ……えへへ……」


 こうして俺は、いつものように夜雨と一緒に入浴へと向かった。

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