第49話 誰かに届けたくて

 そしてようやく人が落ち着いた昼頃。

 ブースはまひるさんと夜雨に任せて、俺と夕姉は休憩に。といっても夕姉はすぐコスプレブースに行ってしまった。撮影を待ってる多くのファンがいるからな。俺もついていってもよかったし、夕姉の本気を見てみたかったんだが、ちょっと寄りたいところがあって別行動になった。


 こうして俺は、ハルを見習って飲み物の差し入れを手にここへとやってきたのだ。


「さっきはどもっす」

「え? ――あっ、あささん! 本当にきてくれたんですねっ」


 緊張のカチコチぶりから一転、パァッと嬉しそうな顔になったえびぽてとさんはおさげが揺れるくらいの勢いで立ち上がり、俺を迎えてくれた。机には新作の同人小説本が並んでいる。


「そりゃあ来ますよ。えっと、新刊一部お願いします。あとこれ、暑いんで水とスポドリの差し入れを」

「え? さ、差し入れまでですか? あ、ああありがとうございますっ!」


 驚きながらも喜んでくれたえびぽてとさん。ハルに内心でちょっと感謝しておく。

 それから300円を払ってえびぽてとさんの新刊を手に入れた俺は、なんだかちょっとそわそわしていた。


「……あささん? あのう……わ、私の本、何かヘンですか?」

「ああいや、すいませんそうじゃなくって! 実は俺、こうやってイベント会場で同人誌買うの初めてなんですよ。だからそわそわしちゃって」

「え? わ、私の本が初めて……なんですか?」

「はい。前回はそんな余裕なかったっすからね。だからこう、今回は自分もイベントに参加してるんだなぁって実感が、ちょっと、いいなぁって思いまして」

「ふぁ……そうだったんですね……」

「えびぽてとさんの新刊、楽しみにしてたんですよ。前作も面白かったですから。あ、そうそう。前の本はわざわざ交換してもらっちゃってすいません!」

「い、いえいえそんな! こちらこそ、父が失礼なことをしてごめんなさい。娘として、同人作家として、返品・交換を受け付けるのは当然のことです!」


 真面目にそう返してくれるえびぽてとさん。

 前回彼女に貰った同人誌は喫茶店で親父さんに破かれてしまったので続きが読めなくなってしまったのだが、またあの喫茶店で会う約束をして、その時にわざわざ代わりの同人誌を持ってきてくれたのだ。その後でお互いまた創作が出来ることを話し合って、祝い合って、一緒に創作談義したり、同人誌作りの相談とかもしたりして、彼女にはホント世話になっている。


 えびぽてとさんがはにかんだように笑う。


「それに……ありがとうございます。楽しみだなんて言っていただけて。お世辞でも、それだけで十二分に嬉しいです」

「いやお世辞じゃないですからね。えびぽてとさんの作るモノ面白いですし、俺は好きですから」

「……え?」

「それに、えびぽてとさんは親父さんに認めてもらえたからこそ今日ここにいるわけじゃないですか。有名なプロの作家の、実の娘に対しても贔屓なんてまったくしなさそうなあの親父さんにですよ? それってすごいじゃないすか」

「……あささん……」

「『次の同人誌も出せそうです』って連絡貰えたとき、俺もすげぇ嬉しかったです。なんていうか、えびぽてとさんの本は自分の好きなもの、やりたいもの、書きたいものがちゃんと詰まっているっていうか、前の本はあの子たちが終末系の世界で二人きりでも楽しそうにやってる様子とかぐっときましたし、最後まで読むと最初のほのぼの感が利いてきてすげぇ切なくなって、何気ないセリフとか描写とか、いろんなとこから書き手の熱意みたいなのがすげぇ伝わってきて、これぞ同人誌だよなぁって、俺もやる気貰えたんですよ。だから、友達として、同人作りの戦友として、これからも一緒にやれたら嬉しいなってずっと思って――」


 彼女を励まそうと思いつつも、ついつい最後には熱く感想を語ってしまっていた俺はそこで言葉を止めた。


 えびぽてとさんが、声もなくぽろぽろと涙をこぼしていたからだ。


「え……えびぽてとさんっ?」


 俺が声を掛けると、えびぽてとさんはハッとする。


「……あ。あっ! ご、ごご、ごめんなさいっ」


 そこでようやく自分が泣いていることに気付いたのか、ごしごしと袖で涙を拭うえびぽてとさん。


「私、私……ずっとひとりぼっちで創作をして、勇気を出して初めて即売会に出て。ぜんぜん、本は買ってもらえなくて、私の書くものは面白いのかな、意味なんてあるのかなって、たくさん悩んで」

「……えびぽてとさん」

「けれど、あささんに出会って。はじめて、そんなことを言ってもらえて。ネットでも、ほとんど反応なんてなかったから……。ちゃんと、私の本を読んでくれて、感想をもらえて、好きって、言って、もらえて…………あの……とっても、とっても嬉しいですっ!」


 明るい表情を見せてくれた彼女に、俺も顔を綻ばせる。


「んじゃ、俺もえびぽてとさんの初めてのファンってことでいいかな」

「……! はいっ、ありがとうございますっ!」


 涙を拭いながら、綺麗な顔で笑うえびぽてとさん。

 きっと、彼女はずっと活動をがんばってきたんだろう。

 自分の好きな世界を誰かに届けたくて。知ってもらいたくて。共有してほしくて。

 もちろん多くの人に届けばより嬉しいが、どんなに少なくとも、楽しんでくれる人が現れるのはなにより嬉しい。こうして対面し、目の前で自分の本を買ってくれる喜びは他の場所ではそうそう味わえない。それがきっと、同人の世界の大きな魅力だろう。


 今のところ他にお客さんがいなかったのもあって、俺は彼女のブースでそのまま少し話を続けた。やがてえびぽてとさんのテンションは過熱する。


「先ほど導入だけちょこっと読んでみたのですが、やっぱりすごかったです! 物語はもっと読みやすくなって面白いですし、イラストが本当にすごくって! ボイスもすごく可愛いです! それにあんな素敵なレイヤーさんまでいて、やっぱり美空家さんすごいです!」

「すごいのは俺以外の人たちなんですけどね。でもそこまで言ってもらえると嬉しいっす」

「そんなことないです、あささんの物語だってすごいですよ! 私にはこういうの書けません。だからきっと、この魅力に惹きつけられてたくさんの方が買いにきてくれるんでしょうね」

「そうだと嬉しいけどなぁ。ただ本当、あれだけの人が来てくれたのは嘘みたいですよ。前のプレビュー版、SNSで不評だったりしたんで、なんか不思議で」

「え? 不評……ですか?」


 目をぱちくりさせるえびぽてとさん。俺は少し気恥ずかしい思いで話す。


「実は前のイベントの後、いわゆるエゴサってやつやっちゃったんですけどね。それでちょっとキツイのがあって。俺のせいで他のサークルメンバーに迷惑掛けたくなくって、書くのをやめた理由はそれなんです。心配してもらってたのに、ちゃんと説明するのが遅れちゃってすみません」

「い、いえ、そんな……」

「だから今日、お客さんがあんなに来てくれるなんて本当驚いて。なんか理由でもあんのかなぁって」


 そう話す俺を、えびぽてとさんはまだちょっと不思議そうにポカンと見つめていた。


「ん? えびぽてとさん?」

「あささん。もう一回『つぶったー』でエゴサ、してみてください」

「え?」

「サークル名と作品名を両方入れて、是非」


 えびぽてとさんが、なんだか真剣な顔でそう言うものだから。

 俺はちょっとの抵抗感を受けつつも、自分のスマホで『つぶったー』の検索をしてみた。言われた通り、前回と同じ『美空家』と『星導のルルゥ』のダブルキーワードで。


 すると当然、前と同じあのつぶやきが出てきた。

 えびぽてとさんがうなずき、俺は画面を下へとスクロールしていく。

 そして出てきたつぶやきは――


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