第50話 貴方の作品を好きな人はいます


『サークル『美空家』さんの本、『星導のルルゥ』を読みました。まだプレビュー版なのに完成度が高くって、小説もイラストもボイスもクオリティがすごいです! 本当に面白いです! 私、すっかりファンになってしまいました! 完成版が今から楽しみです!』


 写真付きのつぶやきで、俺たちの本を褒めてくれている感想。

 そのつぶやき主は――


「……あ。え、えびぽてとさん!?」

「ふふっ。私だけじゃないですよ」


 さらにつぶやきを眺める。

 えびぽてとさん以外にも、同じように俺たちの本を褒めてくれる感想がいくつもあった。


 ――知らないサークルだけど当たりだった。ていうか、イラスト担当してるの神絵師でVのデザインもやってるまひるママじゃね? 目の描き方が一緒だし

 ――まったく聞いたことないオリジナル(しかも小説本)なのにクオリティたっか! この人たち何者なん!? 次真っ先に買いに行く!

 ――これアマの仕事じゃないべ。ボイス聞いたけど完全にプロやん。エッッッってなったわ。別名義でやってんのかな?

 ――そういや売り子さんがむちゃくそ有名なレイヤーさんらしいけど納得だわ。なんでこそこそやってんのかわからんが、このサークル間違いなくすぐ人気出るぞ。今のうちに古参名乗っとこ


 知らなかった。

 前はあのつぶやき一つで見るのをやめてしまったから、こんなに多くの肯定的な感想があるのを知らなかった。


 ――有名絵師のイラストに天才美少女レイヤーのコスに人気同人声優のボイスとめちゃくちゃ豪華ですげぇけどさ、小説もいいぞーこれ! めちゃ気になるところで終わってるから、次が楽しみだわ! ちゃんと完全版出ますように!


 ちゃんといた。

 俺の物語を読んでくれた人が、楽しんでくれた人がいた。


「貴方の作品を好きな人はいます。もちろん、私も」


 えびぽてとさんが優しく笑う。

 俺は、さっきえびぽてとさんが泣いた理由がよくわかった。

 やべぇ。油断したら泣きそう。


「ふふっ。知っていますか? 『美空家』さんの前回のプレビュー版の本、フリマアプリですごく高騰してるんですよ」

「え? ああ、そういやハル――いや友達が同じようなこと言ってました」

「ちょっと待ってくださいね……どうぞ、こちらです」


 えびぽてとさんがスマホでフリマアプリの出品情報を見せてくれる。おおあったあった。確かに前回のプレビュー本が一件だけ出品されてるな。んで値段は――げぇ!?


「い、いちまんえんっ!?」

「すごいですよね! 転売……ってことにもなっちゃうかもですが、価値は100倍です」

「えええ!? ハルが買ったとき3000円て言ってたぞ! な、なんでこんなことに!?」


 わけがわからん俺に、えびぽてとさんが小さく笑って説明をしてくれる。


「小説担当の『あさ』さん。イラスト担当の『ひる』さん。コスプレ担当の『ゆう』さん。ボイス担当の『よる』さん。実はもう、ネット上で話題になってるんですよ」

「えっ? 話題?」

「はい。一見適当に揃えたペンネームに見えて、『ひる』さんはあの神絵師7の『天音まひる』先生で、『ゆう』さんは奇跡の美少女コスプレイヤー『天音ユウ』さん。『よる』さんは地上派アニメでプロデビューもされている同人音声メインの声優『天音よる』さんだって。それぞれのファンの方がすぐに発見、拡散されて、それで一気に同人誌が高騰したみたいです。数の少なさを考えると当然でしょうか。レアものです!」

「マジか……も、もうバレてたのか! あっ、じゃあ今日こんなに人が来てくれてたのって!」


 真実に気付いた俺に、えびぽてとさんがくすっと笑いながらうなずく。

 いやまぁ隠してるわけじゃなかったけど、まひるさんたちSNSで宣伝とかはしてなかったし、なのにバレるの早え! やっぱすげぇんだなまひるさんたち!


 そこで、えびぽてとさんが人差し指をチッチと振る。 


「ファンの慧眼を舐めてはいけませんよ? 私だって『まひる』先生の絵はすぐわかりましたから。それに……あのぅ、全然違ったら、その、申し訳ないんですけど……』

「ん? なんです?」

「あささんって、3年くらい前に、ある小説投稿サイトにこちらの本の原型となる作品を投稿されていませんでしたか?」

「……っ!!」


 予想していなかった言葉に、俺は何も言えなくなるほど驚いていた。

 その通りである。

 俺が中学生の時に書いていたWEB小説。それはこの『星導のルルゥ』の原型となる作品だったのだ。

 けど親父と母さんの離婚から書くのをやめて、あの小説もネットからは消えて、俺やハル以外は誰も知らない作品になっていたはずなのに。


 やがて、ようやく絞り出すように声が出てくる。


「……どうして、知ってるんですか……?」

「わぁ、それじゃあやっぱりあささんだったんですね! 私、あの小説が好きだったんです。けれど恥ずかしくて感想は書けなくて。そんなある日、投稿がされなくなって、サイトも辞めてしまったみたいで、すごく寂しくって……とっても後悔しました。一言だけでも、好きだって伝えたかった。だから、先日のイベントで頂いたプレビュー版を読んでとても驚きました。きっとこの人だって! あんまり嬉しくって、『つぶったー』にあんな感想を書いてしまったくらいで! えへへっ」


 知っている人がいた。

 あの作品を書いた俺以外にも、ハル以外にも、俺の作品を覚えてくれている人がいた。

 なにこれ嬉しい。すげぇ嬉しい。

 泣きそうとかじゃなくて泣くわ。


「すんませんちょっと泣いてます」

「ふぇ? え、えーあささんっ? ごめんなさい私何かっ」

「いやそんなことあるんだなって奇跡に感動して。そっか、そっか……。ありがとう。本当、ありがとうございますえびぽてとさん!」


 男泣きを見られないようにうつむきながら鼻をすすり、お礼を言う俺。慌ててハンカチを差し出してくれるえびぽてとさんの優しさが目に染みるぜ。


 なんてやりとりをしつつ落ち着いたところで、またちょっと世間話をする。

 そこでめちゃくちゃ気になっていた目玉が親父ながま口財布について訊いたところ、彼女が小学生の頃まで住んでいた地元の鳥取県――境港市にある有名な妖怪ロードというところで買ったものらしい。ってか母さんの出身地じゃん! 境港で生まれた坂井湊だって小学生の時にからかわれた男子一生許してねえって言ってたからよく覚えてるわ! 


「……う。ううううぅ~~~……!」

「ん? え、えびぽてとさん? ハッ、これは例のやつでは!?」


 何度か経験したことですぐに察知した俺。お嬢様ゆえなのか、彼女は少々夢見がちなところがあり、日常の中で運命を感じたりするとこうして悶えてしまうのである!


 えびぽてとさんは胸元に両手を添えながら、感じ入った様子で話す。


「本当に、こんな、こんなことがあるんですね。いつも夢想していたような出会いは、物語の外にも存在するんですね」

「えびぽてとさん……」

「うう、本当に面倒くさいことを言ってごめんなさい。でも、でも、私はやっぱり、あささんとの出会いは運命であると思えてしまうんです。良かった。創作をしていて良かったって、私は今、素直な気持ちで心からそう言えます」


 本当に嬉しそうな。優しく、澄み切った、ほんのり赤くなった顔で、えびぽてとさんは微笑んだ。

 俺は、何も言わずにただ笑い返した。

 えびぽてとさんほどじゃないけど、正直ここまで来たら俺も運命みたいなもんは感じてるしな。


 そんなやりとりをしたところで、えびぽてとさんが「あっ」と小さな声を上げる。


「――ご、ごめんなさいつい長話をっ。あささん、そろそろお戻りになった方がいいですよね?」

「あ、そうっすね。こっちこそすみません、長々お邪魔しちゃって」

「いえいえいいんですっ。どうせお客さんも一人も来ていませんでしたし! ……どうせ……」

「うわぁ落ち込まないで! 絶対読んでくれる人いるんで! えびぽてとさんの本面白いんで! 俺保証するんで!」

「お気遣い感謝致しますゆえ……」

「なんで急にそんなよそよそしく!?」


 馬鹿馬鹿しいやりとりに、それからお互い笑い合う。


「んじゃ行きます! あ、それから」


 立ち去ろうとしたところで、俺は少し気になっていたことを言った。


「俺たち同級生タメですし、そろそろ敬語はいいんじゃないかなって。さん付けは……まぁペンネーム呼びのときはそっちのがいいか」

「え……」

「つーわけで、よかったらこれからは気軽に! それじゃ!」


 それだけ言って、えびぽてとさんのサークルを離れる俺。うーむ、やっぱえびぽてとちゃんって呼ぶのもヘンだしな。えびちゃんとかぽてちゃんも馴れ馴れしすぎるだろ。やっぱ名前はさん付けがいいわ。

 とかなんとか思いながら『美空家』のブースに戻ってくると、そのタイミングでスマホがぶぶぶと振動する。

 目を落とす。えびぽてとさんからだった。


『あささん、ありがとう。

 それじゃあ、これからはもう少し砕けた話し方にするね。

 これからもよろしくお願いします。同人活動、お互いにがんばろうね!』


 俺は笑い、えびぽてとさんに人気アニメ『ナイトメアパーティー』の吸血鬼の男キャラが親指を立てるスタンプを送った。するとえびぽてとさんからも『ナイトメアパーティー』の金髪和装吸血鬼の女の子が両手を広げて喜ぶスタンプが帰ってくる。早えな! 同じスタンプ持ってんのね!


「ほらほら弟くんっ、もうすぐ完売だよ! 最後までがんばらないと!」

「がんばろうね~朝陽ちゃん~♪」

「兄さん……もう少し……ふぁいと……!」

「おう!」


 こうして俺は家族みんなと一所懸命にお客さんの対応をして、その結果、100冊以上も刷った本はとうとう最後の一冊となっていた。


 そして記念すべき最後のお客さんは――


「――おー、景気いいみたいだな。一冊くれ」


 は?

 いやいや嘘だろ。なんであんたがここにいるんすか!


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