第48話 嬉しい誤算

 落ち着いたところで、えびぽてとさんは某妖怪アニメの目玉が親父なあのデザインのがま口財布を持って言う。


「今日は是非、ちゃんと買わせてくださいね。新刊を一部ください」


 俺と夕姉は『はい!』と同時に答え、丁寧に本を手渡す。


「ありがとうございます。前の本を読んで、私、すごく感動しました。これなら完売するのも当たり前だって。だから私も気合いを入れ直して、がんばりました! 美空家さんに負けないように! ……でも、やっぱり負けちゃいましたね。だって、きっと想像以上に素敵な本に仕上がっているってわかるから」

「そんなことないっすよ。でも……みんなで頑張ったんで嬉しいっす。ありがとうございます!」

「えへへ。今から読むのが楽しみです。私、美空家さんの最初のファンと言ってもいいでしょうか」


 照れたように微笑みながらそう言ってくれたえびぽてとさんに、俺はちょっと感動していた。そんなことを言ってくれる人が、今日最初のお客さんになってくれたことを心から感謝する。夕姉は「ヤバイマジでイイ子じゃんそりゃ弟くんもたぶらかされちゃうよはぁ~~~」と嬉しいのか困ってるのかよくわからん顔をしている。別にたぶらかされてねぇよ!


 そんなえびぽてとさんの後ろから声が掛かった。


「あのー、並んでいるんですが……」

『えっ?』


 俺とえびぽてとさんが同時に驚く。

 夕姉は既に動いていた。


「あ、すみませーん! 他のサークルさんのご迷惑にならないように列の配慮お願いしまーす! 『美空家』はこちらでーす! お利口に並んでくださっている方には、後でコスプレゾーンで優先的にあたしを撮影できちゃう許可がおりまーす♪」


 いつの間にか、えびぽてとさんの後ろには5人ものお客さんが並んでいたのだ。

 まだイベントは始まったばかりなのに。俺たちのサークルに、もう、お客さんがこんなに来てくれていた。


 えびぽてとさんが慌てて横に避ける。


「ご、ごめんなさい! あの、そ、それじゃあがんばってください!」

「えびぽてとさんありがとう! 後で絶対挨拶行くんでっ!」


 俺がそう言って見送ると、えびぽてとさんははにかんで胸の前で小さく手を振り、自分のスペースへと戻っていった。

 俺は嬉しい誤算に戸惑いつつも、すぐに目の前のお客さんに対応する。


「こんにちは! あ、見本は自由に読んでください。――新刊一部ですね、はい! それからアクリルキーホルダーもよろしければ。ども、ありがとうございます!」

「美空家はこちらでーす! 小説にイラスト、さらにヒロインのボイス付きの新刊ですよー! 是非見本を読んでみてくださーい! ボイスも少し試し聴きが出来ますよー!」


 夕姉と一緒に必死の接客を続ける俺。その盛り上がりぶりが、近くを通りかかった新しいお客さんの興味を引いてくれる。

 嬉しいことにその勢いはしばらく続き、『美空家』ブースはずっと忙しいままだった。その状態に気付いたまひるさんと夜雨も戻ってきてくれて、四人で協力しながらお客さんをさばいていく。あんまりお客さんたちが増えると周辺サークルさんの迷惑にもなるしと、とにかく俺は急ぎつつも丁寧な接客を心がけた。一人さばいてはまた次の人がやってくる。このままだと用意してた本足りなくなっちまうんじゃないのかこれ! マジで嬉しい誤算だわ!


「――新刊一部ください。あとこれ、差し入れです」

「えっ差し入れっすか? うわぁありがとうございます! こういうの貰えるのって人気サークルさんだけだと思ってたわ。それではこちらどう――ってハルぅ!? おま、なにやってんだ!」


「やぁ」と軽く手を挙げる我が友人。なんでお前がここにいんの!?


「お前には後で見本誌やるって言ったろ! なんでくんだよっ!」

「友達と遊ぶ予定がなくなって暇になったからね、来てみたよ。うん、良い本が出来たみたいだね。さっそく帰って読ませてもらおう。皆さんも、よろしければこちらの飲み物いただいてください。それじゃあねアサヒ」

「あ、ちょ、ハル! ……マジでさっさと帰りやがった」

「飲み物嬉しいね~。ハルくんは良い子です~♪」

「イケメン君、やっぱ中身もイケメン君じゃん。絶対モテるねアレ! あ、でもあたしのタイプじゃないから安心してよ弟くんっ」

「兄さんの、お友達さん……いい人、だね」


 我が家族から高評価を受ける爽やか二枚目ボーイであった。

 そんなこんなで朝から忙しいことになり、それはとても嬉しいことだったが、俺は終始戸惑ってもいた。前回は俺のせいであまり良い評価はもらえなかったし、『つぶったー』の宣伝だってほとんど効果はないはずだ。えびぽてとさんはリツイートまでしてくれたが、だからといってここまで人が来てくれることはないだろう。なのにどうしてこんなにも多くの人が来てくれたのか、俺はそれがちょっと不思議だったのだ。


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