第九章 同人は友を呼ぶ

第47話  『サンフェス』イベント当日!

 いよいよやってきた、イベント当日の日曜日。空は眩しいくらいに晴れて暑いくらいの日になった。

 池袋にある『サンフェス』の会場には、朝から大勢のサークルが集まっていた。壁の方の大手にはとんでもない量の段ボールや多くの人手があって、見ているだけで圧倒される。もう企業ブースみたいじゃん。

 一方、島中の俺たちは前と変わらない小さなスペースで準備をしていた。一回体験しただけでも慣れたもので、以前よりスムーズに準備を終える。


 そしてあっという間にイベント開始の放送が流れ出す。

 俺たち『美空家』は、四人で手を合わせていた。


「朝陽ちゃん。リーダーとして、一言どうぞ~♪」

「そうそう。うちの主は弟くんだかんね。ほらかっこつけちゃってよ」

「兄さん……お願いします」


 三人がそう言うものだから、俺は多少照れながら咳払いをして言う。


「うし。それじゃ今日はがんばりましょう! 前と同じように交代制で、疲れたり体調が悪くなったらすぐ言うこと。無理はしないこと。それ以外は買い物も自由っす! というわけで、よろしくお願いしまぁす!」

『おー!』


 周りのサークルさんたちと一緒にイベントスタートの拍手をして、ついに『サンフェス』が始まった!



 ――最初にスペースに留まるのは、以前と同じように俺と夕姉。

 そわそわした気持ちで会場に目を向ける。以前のイベントよりもさらにみんなの熱量が高く、入ってくるお客さんの数もずっと多い。壁サークルさんたちの方にはあっという間に待機列が出来てすごいことになっていた。コスプレも可能なため、コスした売り子さんもあちこちにいる。夕姉も額に手をかざしてそっちの方を眺めていた。


「うはー、やっぱ人気サークルさんはすごいねぇ。売り子だって3人も4人もいるしなぁ。けど弟くんっ、本の出来はこっちも負けてないんだし自信持ってくよ!」

「おう。売り子の魅力だって勝ってるしな」

「へっ? ば、ばーか当たり前じゃん! んもうっ、それじゃどんどん売ってくからね!」


 少し照れたような夕姉は、完璧なルルゥのコスプレで元気いっぱいに売り子をしてくれる。家族贔屓かもしれないが、やっぱ夕姉は“奇跡の美少女レイヤー”なんて呼ばれ方にふさわしい人だと思うし、めっちゃ綺麗で可愛い。その華やかな魅力にきっとたくさんのお客さんが興味を持ってくれると思う。

 けど、どうなるかはわからない。

 以前はプレビュー版でとにかく安かったから手にとってもらいやすいというのもあったが、今回は完全版。ページ数は倍以上に増えたし、カラーや紙の質、製本にしっかりお金を掛けた分、値段は跳ね上がってしまった。オリジナルの同人誌でどこまで見てもらえるか不安なところはある。


「宣伝なんかも、ほとんど意味ないだろうしなぁ」


 スマホに目を落とす俺。

 先日に作ったばかりの、『美空家』サークルの『つぶったー』アカウント。今日のイベントに参加する旨や、まひるさん制作のお品書き、本の見本などを掲載したが、フォロワー数の少ない今の状態じゃあまり効果はないだろうと思う。実際リツイートとかいいねもあんまりない。


 夕姉が俺の肩に頭を乗せてスマホを覗き込んでくる。


「ま、別に儲けることが目的じゃないしいいっしょ。それに、一から始めることの大変さと大切さを弟くんに実感してもらわなきゃ。あたしたちの人気で売れたって嬉しくないっしょ?」

「まぁな。もしかして夕姉たち、そのためにあえて宣伝とかしなかったのか?」

「そゆこと。まーあたしやよるちゃんもすごいんだけどさ、ママが本気で宣伝しちゃったら集客力ありすぎてお客さんで溢れちゃうでしょ。それはちょっと違うじゃん」


 うなずく俺。夕姉の言うことはよくわかる。実際、もしそういうことになっていたら一冊目が売れた感動やえびぽてとさんとの出会いの喜びも薄れていただろう。


「ま、だからといってまったく利用しないワケでもないんだけどねー」

「ん? どういうことだよ?」

「んふっ。そのうちわかるかもね♪」

「よくわからんが……ってか夕姉、顔近いって」

「ドキドキしちゃうっ?」

「ハイハイしちゃうよ」

「んー、照れ隠しで適当にあしらったように見せかけて、実はマジでときめいてるヤツでしょ! んもー素直じゃないんだから。親愛度1上げておいたげるっ」

「そりゃどうも!」

「へへっ」と嬉しそうに笑う夕姉。ったく調子良いよな。


 そうそう、『美空家』のアカウントを作ってすぐに『えびぽてと』さんがフォローしてくれたのは嬉しかった。えびぽてとさんも今日のイベントに参加しているらしいから、後で探して挨拶をしておくべきだろう。


 なんて思っていたところで、うちのブースの前に一人の女の子がやってきた。


「あの……こ、こんにちは、あささん。お、お久しぶりです!」


 ぺこっと頭を下げる女の子。

 そのおさげと少々あどけなく見える童顔。そしてエビフライの髪飾りには覚えがあった。ていうか間違いない。


「『えびぽてと』さんっ! 来てくれたんすかっ!」

「は、はい。その節はお世話になりました。美空家さんには是非、ご挨拶をと思いましてっ」

「ああー前のイベのお隣さんっ! あはーいらっしゃい! 今日はお互いがんばろうね!」

「は、はいっ」

「ところでうちの弟くんはカンタンに渡さないから覚悟してね♪」

「……ほぇ?」

「いきなりえびぽてとさんを威嚇すなっ! だからなにもなかったって説明したろ!」

「ヤダごめーん! でもお姉ちゃんとして大切な弟を守らなきゃいけないから、許してね☆」


 お茶目に笑う夕姉と握手をしたまま、呆然とまばたきをするえびぽてとさん。こういうのラブコメで見たことあるぞ既に女の戦いは始まってるってことか! つーか開戦しようとしてんのうちの姉なんすけどね! このお姉ちゃんなんか勘違いしてるんだすんませんえびぽてとさん!


 すると、えびぽてとさんはくすっと微笑んだ。


「やっぱり、美空家さんは仲がよろしいですね。心から心配してくれるこんなにお綺麗なお姉さんがいて、あささんは幸せですね」


 そう言ったえびぽてとさんに、俺たちもまた呆然とする。それからすぐ夕姉が「なんだめっちゃイイ子じゃーん!」とマッハで手のひらを返し好意的に握手をし直した。なかなかやるぜ、えびぽてとさん!

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