第8話 家族のお世話が日課です

 帰宅部――というかまだ特に入る部活とかを決めていない俺は、都内の学校から軽快に自転車チャリを飛ばして30分ほど掛けて家まで帰ってくる。電車やバスを使って通学する方が楽ではあるんだが、適度な運動と節約を兼ねて自転車通学にしている。新しい家に慣れるため、周囲の土地勘を掴みたかったってのもあるな。


 そして美空家に帰ってくると、家族のお世話という日課が始まる。

 まずはリビングのソファでスヤスヤ寝ていたまひるさんにズレていた毛布を掛ける。このときまひるさんは必ず一度起きて「おかえりなさぁい」と言ってくれる。なんとも癒やされる出迎えだ。


 それから家族全員の洗濯物を取り込む。最初はかなりドキドキしたもんだが、さすがにもう女性モノの衣類や下着を畳むのにも慣れてしまった。それを俺がそれぞれの部屋に持っていくんだが、そのせいでもうどれが誰の下着なのかを一瞬で判別出来るようになった。

 例えばまひるさんは高級で清楚なシンプル物が多く、夕姉はああみえて激カワ少女趣味なので普段はガーリーデザインの物を好むが、コスの影響であらゆる種類の下着を持ってる(信じられない穴あきデザインとかもある)し、夜雨は意外に……派手なタイプが好きだったりする。お兄ちゃんは少し心配だよ。

 そして、家族の誰もが俺がそうすることになんのためらいもなくむしろ感謝してくれる。夜雨なんて新しい下着を買うとわざわざ見せに来てくれるし、夕姉に至っては俺をからかうために下着姿の写真を撮って送ってきてすぐ消して後悔するよくわからんことをする。長男だから我慢出来るとかそういう話ではないし、そもそもそんな長男いねぇよ!


 で、この辺りでだいたい夕姉と夜雨も帰ってきて、家族で夕方のおやつタイムを取る。まひるさん曰く、このおやつタイムがめちゃくちゃ重要らしい。というのも、創作には良質な糖分と家族との気分転換が必要だからなのだとか。


 その後はさっさと風呂掃除をして、夕食の準備。両親の離婚後に料理をするようにはなったが、俺は別に料理が得意なわけではなく、今は定期の配達サービスで食材をまかなうことが多いから、スーパーへ買い物に行くのはだいたい週1くらいで済む。そのときは散歩がてら家族みんなで行くようにしてるんだが、引きこもりがちな創作一家だし気分転換になるんだろうな。


「ミールキットさんはホント便利で助かるわ。さて、じゃあメシの前にもう一仕事するか」


 炊飯器のスイッチを入れた俺は、ホットコーヒーを手に1階のまひるさんの部屋へ向かう。


「まひるさん。コーヒーっす」

「あ~朝陽ちゃん。家事ありがとう~。お疲れ様です~」

「まひるさんこそ仕事お疲れさまっす。あと1時間くらいでごはん炊けますよ」

「やった~♪ それまで、ママはもうひとがんばりしちゃいますよ~」


 コーヒーを差し入れすると、まひるさんは両手で専用のカップを持ちながらくぴくぴと可愛らしく飲む。この家の大黒柱たるまひるさんの手伝いになればと思って、俺は普段から出来る限りの家事をやっているが、イラスト仕事には直接何の手伝いも出来ないのが残念なところだ。


 そこで俺はちょっと尋ねてみた。


「まひるさんって、どうして絵を描くようになったんですか?」

「え? 突然どうしたんですか~朝陽ちゃん?」

「あ、仕事中にすいません。昔から絵が得意だったのかなーとか、どうして創作をするようになったのかなってちと気になりまして。あ、忙しかったらぜんぜんいいんで!」


 なんとなく、その話が聞いてみたかった。

 するとまひるさんは、ニッコリと優しく微笑んで俺に椅子を勧めてくれた。


 座ったところでまひるさんが話し始める。


「美術はもともと好きでしたよ~。でも、それは家や学校の習い事として風景や人物画を描いていただけで、その頃は、アニメや漫画はまったく知りませんでした~」

「まひるさん、生粋の『お嬢様』なんですもんね。夕姉が言ってましたけど、アニメの制作会社に入るまで家族以外の男と会話したこともなかったって本当ですか?」

「恥ずかしいなぁ~っ。運転手の方とはありましたけれど、でも、本当のことですよ~。小、中、高とずっと同じ女学院でしたし、家と学校を送り迎えしてもらうだけで、外の世界にはたまの海外旅行くらいでしか行けなかったんです~」

「外に出るときは海外っすか。スケールでかいなぁ。大変じゃなかったですか?」

「当時は、大変だとは思わなかったですね~。それが当たり前でしたから~。でも……もしかしたら、疲れていたのかもしれませんね~」


 まひるさんはカップの中を見つめながら、なんだか懐かしそうに語る。

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