第二章 何を書けばいいんだよ
第7話 お昼のお供は白バラコーヒー
「へぇ、家族みんなで同人活動かぁ。はは、まさに『同人家族』じゃないか」
『美空家』サークルが誕生した翌日の昼休み。高校の教室内。
俺は購買の特製プレーンコッペパン(大。50円)に自作弁当のおかずを挟み、お手頃な昼食をとりながら手元の紙に目を落としていた。そこには来月の同人イベントに向けたスケジュールが書かれている。
俺はため息と共に対面の男へ言った。
「軽く言うなってのハル。うちの家族は全員プロとしてやってるクリエイター集団なんだぜ? そこに俺が混じるなんてさぁ」
「いいじゃない、家族仲が良くて。僕は一人っ子だし、両親ともアニメの話が出来るような感じではないからね。アサヒが羨ましいよ」
「むしろそれが普通だろ。うちは毎日あのアニメがどうだこの漫画やゲームが面白いだの話題ばっかりだぜ? 女三人で美少女アニメ観て可愛い~とか入浴シーンの裸観てキャッキャはしゃいでさぁ、俺だけ冷静になっちまうんだぞ!」
「あははははっ。やっぱり素敵な家族じゃないか」
腹を抱えて笑う我が親友ハル。その笑い顔は爽やかな二枚目という感じで、端正な顔立ちや猫っ毛、長身、勉強や運動もそれなりに何でもこなせてしまうスペックの高さは昔から女子に人気がある。そりゃそうだ。
ハルは頬杖を突いて言う。
「まぁでも、良かったよ」
「ん? 何が?」
「アサヒが新しい家族と上手くやっていてさ。再婚で女の園に放り込まれてどうなるかと思ったけど、もう心配は要らなさそうだね」
そう言ってまた笑うハル。
こいつは普段あまり口数の多い方ではないが、一歩引いたところからよく人を見ている。そして的確なところでアドバイスをくれる。その縁の下の力持ち的な性格にはよく助けられていた。
美空家に越した後も、学校という家庭から離れた場所で話を聞いてくれるこいつには感謝している。小学生の頃に好きなアニメの話で盛り上がって以来、中学高校とつるんでいる仲だ。同じ高校に来ることは決まっていたが、まさか同じクラスになるとはなぁ。腐れ縁ってやつだろうか。
「いろいろサンキュな、ハル」
「どういたしまして。さ、それよりどうするんだいお話作りは。着々と締め切りが近づいてくるんだろ?」
「ああ、それなぁ……」
特製コッペパンを俺の好物『白バラコーヒー』で流し込み、手元のノートに目を落とす。なぜかうちの学校の購買にはこの鳥取県名物のコーヒー牛乳が置いてあるんだが、あまりに美味いので入学以来俺は毎日これを飲んでいる。そういや鳥取生まれの母さんも好きとか言ってたな。
「あれ? アサヒ、それって小学生の頃のかい?」
「ん? よく覚えてるな。そ、最初に作ったネタ帳みたいなもん」
使い古されたノートをパラパラめくれば、昔の俺が殴り書きした作品のアイデアやキャラクター設定、ストーリーの展開、下手な絵の漫画が記されている。ほとんどは当時好きだったアニメなんかのパクりみたいなもんだが、こんな拙いものでも参考になるところはあった。
「うわぁ、懐かしいな。僕も読ませてもらったけど、バナナ王国の王子が冒険するやつが面白かったなぁ。『一皮むけるぜ』って決め台詞とか、最後に自分自身のバナナを剣にして戦ったりとか、今考えるとおかしいんだけどさ、当時は真剣に見てたよ」
「やめろやめろ思い出すなハズすぎるだろッ! つーか今思うと別の意味にとらえちまうセンシティブ設定じゃねぇか!」
「あははは。でも面白かったよ。なんというか、どれもアサヒのすごい熱量が感じられてさ」
「熱量なぁ……」
まさにそれだ。
このノートに残る一番の資産は、幼き俺が込めた創作への無限の熱量。俺は、このノートからそれを受け取りたかったのだ。
「アサヒ、中三の頃にはもう話を書かなくなっていたよね。急にネット小説も投稿しなくなったしさ。それって、やっぱり両親のことが大きいのかい?」
「そういうことよくズバッと訊いてくるよなぁ」
「気を遣う必要を感じないからね」
爽やかに言ってのけるヤツだ。ま、そういうところも気に入ってはいる。
「まぁな。物語を書くのは好きだったけど、物語を作って金を稼いでる両親が物語が原因で離婚してんだぜ? なんだよアニメの価値観が違うって。なんつーか、がっかりしたというか、急に創作意欲がなくなってな」
「なるほどね……うん、少しはわかる気がするよ。自分が好きなもの、夢を感じていたコンテンツで家族が離ればなれになったわけだからね。創作ってなんだろうと、自分のやっていることに疑問を感じるのは当然かな」
「お前、理解力高ぇなぁ」
「アサヒがわかりやすいんだよ」
褒められているのかそうでないのかよくわからんことを笑顔で言われ、複雑な気持ちになる俺。
しかしまぁ、こいつの言うとおりである。俺は親父のアニメがきっかけで創作が好きになったのに、そのアニメが原因で両親が離婚した。それでアニメや創作そのものが嫌いになったわけではないが、自分で作ろうなんて熱意は失ってしまった。もしかしたら、父親のようになりたくないという思いもあるのかもしれない。
「でも決めたんだろ?」
ハルが言った。
「また、創作をしようってさ」
「んー、決めたというか、強引に決めさせられたというか……」
「きっかけは何だっていいさ。僕はアサヒがまた物語を書こうとしてることが嬉しいよ」
「……ハル」
「やっぱり、アサヒの家族は素敵だと思うよ」
そう言って、ハルは微笑む。
まだ書きたいものが決まっているわけでもない。
けれど、いつかまたこいつに読ませてもいいようなものが書けたらなと、俺は思った。
それに――家族を褒められて悪い気はしないもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます