第41話 あなたが望むモノ

 かつて、親父と母さんも同じ事を言っていた。

 感想は人それぞれだ。SNSが当たり前の世の中ではより多くの言葉が目に付く。中には心ないものもある。そのときは二人とも怒っていた。怒りながら、次はもっとイイものを作ると意気込んでいた。

 そして俺も、きっと――


「朝陽ちゃんもきっと、同じ思いだったんじゃないかなぁ? だって朝陽ちゃんは、大地さんの子どもだもん~。それくらいで折れちゃう創作者じゃないですよ~! もっとやってやる~って、熱い気持ちがわき上がってくるタイプのはずです~!」

「まひるさん……」

「それでも朝陽ちゃんが書くことをやめちゃったのは……きっと、ママたちのため、なんですよね~?」

「……!」


 どこまで、と俺は思った。

 まだなにも話していないのに、どうして。


「自分の物語が原因で、ママや夕ちゃん、夜雨ちゃんまで否定されたように思えてしまって、自分のせいで家族を傷つけられたって、ママたちの作品を侮辱されたって、朝陽ちゃんは、それで自分が許せなくなっちゃったんじゃないかなぁって。そんな風に、考えたんです~」


 俺は、言葉を失っていた。


 その通りだ。

 今日、えびぽてとさんの親父さんと相対してよくわかった。


 あのとき、あのつぶやきを見たとき、俺は確かにショックを受けた。

 だがそれは、“自分の作品”に対してのものではない。

 まひるさんの、夕姉の、夜雨の作品たましいを否定されたように感じ、それがどうしても許せなかった。そしてなにより、大切な家族にあんな言葉を投げられてしまうような作品にしてしまった俺自身が許せなかったんだ。


 だから俺は創作をやめた。

 俺がいなければ、三人の作品にあんな言葉が掛けられることはないはずだから。

 それほど三人の生み出すものはすごい。俺の尊敬する人たちの作品にはそれだけの魅力がある。俺はそれを、あの書き込みをした人にも……それ以外の人にも知ってほしかった。だから同人活動をやめた。


 まひるさんは、なぜ、どうしてそこまで俺のことがわかるんだろう。

 情けないような嬉しいような。複雑な気持ちで俺は乾いた笑いを浮かべる。


「ほんと……まひるさんはすげぇなぁ。なんで、俺のことがそんなにわかるんですか?」

「それは、朝陽ちゃんが優しいからですよ~♪」


 手を合わせて微笑むまひるさんに、俺は「えっ」と目を点にする。


「朝陽ちゃんは、いつもママたちのことを考えてくれているから。ママたちも、朝陽ちゃんのことをい~っぱい考えるんですよ~。それだけなんです~♪」

「それだけ……って……。」

「うふふ。家族はみんな同じなんですよ~。ね~夕ちゃん? 夜雨ちゃん?」

「え――?」


 まひるさんの言葉と視線に、俺は部屋の入り口を振り返る。


 そこには腰に手を当てて胸を張る姉と、おずおずこちらを覗く妹の姿があった。


「もうすぐ締め切りなのに二人してなにやってんのよもー。ほら弟くんっ、どうよーこれ! 前よりもずっと完成度上がってカワイイっしょ! ちょーっち脚見せすぎかなって気もするけど、まぁこれくらいはサービスかなっ。見せにいく手間省けてよかったわぁ。ほら褒めて褒めて!」

「夕姉……それ、ルルゥの……!」

「ん? やっぱ見惚れちゃう~? へへ、こーんなパーフェクトお姉ちゃん見たら創作意欲湧くっしょ!」


 まひるさんが描いたルルゥのデザインそのままに、見事に着こなしてポーズをとる夕姉。なんだよ。夕姉もずっとそれ作ってたのかよ。細かいところまでこだわってさ。完璧じゃんか。さすがだよ、ったく。


「兄さん……」

「……夜雨」


 そして夜雨は、持っていたスマホを俺の方に差し向けて言った。


「こ、これ……聴いて、くださいっ!」


 そう言った夜雨のスマホから流れてきたのは、ルルゥを演じる夜雨の声。プレビュー版の物ではなく、クライマックス前の、新しい収録部分だ。


『いいんだよ。どんな選択でもいいの。ライカが決めて!』


 引っ込み思案で気弱な妹の――見事にルルゥになりきった強気な声。


『ライカは間違ってない。あなたが正しいって思うことをすればいいんだよ! 私は、私たちはその気持ちを尊重する。一番大切なライカの一番大切な気持ちを、私たちも共有したいの! それが、たとえ私たちの関係を終わらせるものだったっていい!』


 まるでその場に俺もいるように錯覚するほど真に迫る、感情のこもったすごい演技だった。


『お願いライカ。聞かせて。あなたの言葉で。あなたが、何を望んでいるのか!』


 本当の家族とルルゥたちとの間で揺れるライカ。

 ライカはここで、選ばなくてはならない。

 俺はライカがどうなることが一番良いことなのか、ライカとルルゥの関係は、それを読んだ読者がどう思うかを考えて考えて、それでも決めきれなかった。


 でも今――まひるさんの絵を見て。

 夕姉のコスプレを見て。

 夜雨の演技を聞いて。


 なんとなく、わかったような気がする。

 俺はただ書けばよかったんだ。

 ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、読者が喜ぶ終わり方でもない。


「……そうか。簡単だったんだ」


 俺はポケットのスマホを取り出す。そして『星導のルルゥ』の原稿データを開いた。


「ライカが望むことを、ライカが選んだものをただ書けばよかったんだ! ルルゥや読者はきっとそれを望んでくれるから! 俺はただそうすればよかったんだ!」


 俺は無我夢中でスマホの画面に文章を入力していく。

 どうしても書けなかったクライマックス。それが今はサラサラと書き進められた。

 親父はかつて、『パーフェクト・ホワイト』のラストが決められずに何日も苦悩していたという。けれど母さんに尻を叩かれてようやく完成させられたのだとか。

 俺は今、また親父のことが少しわかった気がする。

 もう悩むことはない。このまま最後まで書き進めればいい!

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