第42話 書く!
――十分、二十分。
どれくらい書いたのだろう。とりあえず一番書きたかったところを吐き出したところで、俺はハッと気付く。
まひるさんと、夕姉と、夜雨が俺のことを見ていた。
「あ……ご、ごめん。なんか勝手に一人で盛り上がっちゃったな。でも結構良い物が書けたかなって……!」
我を忘れていたことが気恥ずかしくなり、照れ笑いしてしまう。
すると――三人が急に抱きついてきた。その勢いのままに倒れる俺。
「うわっ!? え、えっ? ちょっと、まひるさん? 夕姉? 夜雨までっ、どうしたどうした!」
いきなりのことに慌ててしまう。てかさすがに三人は重い! なにより密着されるとあちこちの感触が気になる!
そんな風に身動きのとれなくなった俺の胸元に顔を伏せたまま、まひるさんがぼそぼそとつぶやく。
「ママね~、やっぱり、本当はダメダメだったんだぁ……」
「……え?」
「家事も、ぜんぜん上手く出来なくって……むしろ、部屋を汚しちゃったり、指を怪我しちゃったりして……そのせいか、仕事も捗らなくなっちゃって~……。こんなだから、大地さんのことを幸せにしてあげられなかったのかなぁ……。朝陽ちゃんが一緒にいてくれないと、ママ、ポケポケになっちゃうんだなぁって、そう思ったんです……」
「……まひるさん」
なんと声を掛ければいいのか。
戸惑う俺の顔を、夕姉が突然左右からぐにゅりとつぶしてきた。
「そーよ弟くんっ! 弟くんがちゃんと起こしてくれないからあたしだって遅刻しちゃったし、服忘れたりぼーっとして仕事だって失敗しちゃうしっ、お気に入りのブラとパンツすぐどっかいっちゃうし、コス衣装もなんかイマイチ決まらないし、ココアだって自分でいれてもオイシくない! ぜんぜんぐっすり眠れないのー! ぜんぶ弟くんのせいなんだから! 弟としてお姉ちゃんの世話責任果たしてよ! 勝手にいなくなったら許さないんだからねっ!」
「ゆ、夕姉……」
「兄さん……ルルゥは、ああ言ったけど……夜雨は、怖いよ。兄さんが夜雨を選んでくれなかったらって……想像すると、怖い、の……。兄さんが、いてくれないと……夜雨、なんにも、出来ないの……。夜雨は……兄さんと、一緒にいたいよ……」
「……夜雨」
まひるさんは寂しそうな笑みで、夕姉は怒りながらも瞳が潤んでいて、夜雨は俺の手を掴んだまま目元を拭っていた。
まひるさんが瞳を潤ませながら言う。
「朝陽ちゃんは、創作をやめても……もう二度と同人活動をしなくなっても、本当の家族のところへ戻っても、どんな選択をしてもいいんだよ~」
「え……」
「それでもママたちは、ずぅっと朝陽ちゃんを応援するから。でも……でも、ね。朝陽ちゃんがいなくなっちゃったら、寂しいなぁ。泣いちゃう、かなぁ」
「……まひる……さん……」
「美空家にはね、ママたちにはね、朝陽ちゃんが必要なの。もう、誰もいなくなってほしくない。ずっとずぅっと、四人で、仲良く楽しく、一緒に暮らしたいなぁ」
そう言って、まひるさんはいつものように笑った。
まひるさんに。
夕姉と夜雨に。こんな顔をさせてしまったことを俺は後悔した。
親父のようになりたくはないと、まひるさんたちを悲しませたくないと思って俺はこの家にいたはずなのに。なのに俺は――。
――そのタイミングで、俺の手元のスマホがブブブと何度か揺れる。
目を落とす。
メッセージの通知。相手は母さんだった。
その場で開くと、こう書かれていた。
『おーい朝陽。
言い忘れてたけど、お前がうちに帰ってくるかどうか、まひるにも相談しといたからな。
お前の今の母親はまひるだし、ちゃんと話し合って決めろ』
は?
『あー、そういやこっちもちゃんと言ってなかったか。
私とまひるは高校の先輩後輩な。
こんな美人ママ二人いるとかお前やっぱラブコメの主人公だわ。感謝しとけよー』
最後には大笑いしている酒飲み親父のスタンプが押されている。
母さんとまひるさんが先輩後輩関係? は? 出身校が同じだけじゃないの?
まひるさんたち……母さんから話を聞いて、俺が母さんの元に戻ると思って?
……そっか。そうだったのか。
やっぱり俺は馬鹿だ。
まひるさんたちは、俺に心配を掛けないように、俺がどんな選択をしてもいいように、家事も仕事も、全部、毎日、必死に頑張っていたんだ。全部、きっと、俺のために……!
そんなことにも気付かないで、俺は、自分が必要ないなんて思っていて。
「はは……あーアホか俺は!」
自分があんまり馬鹿馬鹿しくて、大の字になって笑えてしまった。
上に乗ったままの三人がキョトンと呆ける。
「こうやってこじらせたキャラ、たまに青春系の作品とかに出てくるよな。ああいうの見てるとじれったくて、もっとこうしろよとか、そうはならんやろとか思うけど、なっとるやろがい! 俺もそうじゃん!」
自嘲気味に笑いつつ話す俺を、三人は目をそらさず見てくれる。
「俺さ、母さんやまひるさん、夕姉と夜雨を傷つけた親父を軽蔑してたんだ。結局あの親父はアニメのこと、創作のことばっかりしか頭になくって、普通の家族生活が送れない破綻者なんだって。まぁ今でもそんな感じに思ってるけど、でも、そんな親父を尊敬してた」
小さい頃に見ていた親父の作ったアニメ。創作を知るきっかけになったアニメたち。
そのアニメの話がきっかけで親友が出来た。
そして新しい家族が出来た。新しい友達も出来た。
ぜんぶぜんぶ、親父の作ったもののおかげなんだ。
親父は上手く家族を作れなかったけど、創作からは逃げなかった。なのに俺は、家族からも創作からも逃げている。
「親父はどんなことがあってもアニメを作った。辛いことなんてきっと山ほどあったんだ。それでも諦めず、最後まで続けて、やり続けて、すごいアニメをいくつも作った。親父のそんなところだけは、そこだけは尊敬してた。それなのに……」
俺はそこで、自分の頬を両手でパーンと叩いた。その音に三人がびっくりする。
「そんな創作バカの息子が、これくらいでなにどっちも諦めかけてんだ! まひるさん! 夕姉! 夜雨!」
「は、はい~!」
「えっ、ひゃい!」
「ははははいっ」
三人はびっくりして俺の上からどくと、呆然と俺を見つめる。
俺は正座し、全力で頭を下げた。
「今までほんっっとうにごめんなさい!」
そして願う。
「それから、お願いします! 俺はまだ諦められない。まひるさんと、夕姉と、夜雨と一緒に最後まで作品を作りたいんだ! 俺のせいで三人まで悪く言われるかもしれないし……そんときゃまた絶対後悔するけど。でも、三人と一緒にやりたい! 三人と一緒なら、親父や母さんの作品にも負けないものが作れると思うから! どうか俺と、また一緒に同人活動してください!」
真剣に頭を下げたまま、俺の思いを全部込めた。
――返事を待つ。
けれど、しばらく待っても言葉は返ってこない。
俺は、おそるおそる顔を上げた。
「おかえりなさい、朝陽ちゃん~♪」
「言うのがおっそいの! 弟くんのばーか!」
「兄さん……うんっ。一緒に、がんばろうねっ♪」
三人はまた勢いよく抱きついてくる。俺は倒れずにちゃんと受け止めることが出来た。
そしてまひるさんも、夕姉も、夜雨も。
俺のことをを受け入れてくれた。
きっと、ずっとそばにいてくれた。
それが家族なのだということに俺は気付いて、だからそのときにはもう、頭の中は創作のことでいっぱいになっていた。
「今なら書ける……! よっしゃ、俺やります! 間に合わないかもしれないけど必ず最後まで書きます! だから待っててくれ!」
三人はすぐにうなずいてくれる。
俺はその場でスマホに向き合い、文章を連ねていく。本当は自分の部屋に戻ってノートパソコンを使うべきだろうが、戻ってパソコンを起動する時間すら惜しく感じる。その間にこの頭からこぼれ落ちてしまいそうな繊細なイメージを今ここですべてはき出す。
「ふふ~っ。朝陽ちゃん、昔の大地さんとおんなじ顔してます~♪」
「あんなパパになってもらっちゃ困るけどね~。もー弟くん、あたしがノーパソ持ってきたげるからちょっと待ってなよ! あと軽くなんか食べな! よるちゃんゼリー飲料とかラムネとか持ってきてくれる?」
「う、うんっ! 兄さん……とっても楽しそう……♪ がんばれ、がんばれ、兄さん……!」
「おう! 兄ちゃんがんばるぞ! それにあんな父親にはならん!」
みんなの応援を背に受けて、俺はひたすら執筆していく。途中から夕姉が持ってきてくれた俺のノートパソコンを開き、夜雨が持ってきてくれたゼリー飲料を即行飲み干してエネルギーチャージし、一気にスピードアップする。
俺が表現したいすべてを。
ライカが、ルルゥが、そして美空家のみんなが望んでくれたものを目指して、俺は一心不乱に書き続けた。
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