第35話 戦友

 そうしてゲーセンの向かいにある個人経営らしい昔ながらの喫茶店に入った俺たち。カランカランと鳴るベルがレトロな良い雰囲気を演出していた。


 テーブル席に向かい合って座る。お互いに制服ということもあり、なんとなく放課後の学生デートみたいな感じになってしまってちょっと気恥ずかしい。えびぽてとさんなんか背筋をピンと伸ばしたままメニューとにらめっこしていてまったくこっちを見ない。

 いやまぁ、俺もあの家で暮らしてなかったら女性免疫なんてなかっただろうし、そしたらおんなじ感じだったかもな。

 

 そんな空気の中で注文した俺のアイスコーヒーとえびぽてとさんのホットカフェラテが届き、優しそうなマスターのおじさんが「ごゆっくりどうぞ」と一言添えて去っていく。絵に描いたようなマスターぶりだ……。

 軽く周囲を見渡す俺。

 シックな店内に広がるコーヒーの良い香りと、心地良いジャズっぽいBGM。

 この店の存在はもちろん知ってたが、利用したことはなかったからなかなかの居心地の良さに驚く。作家さんとかがこっそり仕事とかしてそうな感じもして落ち着く店だな。また来たくなる雰囲気だ。


「えーと、逆におごってもらっちゃってすみません。えびぽてとさん」

「あ、い、いえそんなっ。こちらこそ、このようなものをいただいてしまいまして……!」

「いやいや、ただのプライズフィギュアっすよ」

「それでも嬉しいです! 私、ゲームはとても下手っぴなので……以前に挑戦したときは、5千円使っても獲れなくて……うう、あのときは、あのときは……」

「そ、そうだったんすか……」


 なにか大層なものでもプレゼントされたかのように袋を抱えるえびぽてとさん。そりゃ5千円つぎ込んで獲れないってのは学生にはキツすぎる。今日みたいに偶然会えれば俺が獲ってあげるんだがなぁ。


「ていうかめちゃくちゃ驚いたんですけど、えびぽてとさん、この近くに住んでたんすか?」

「あ、少しだけ離れていて……今日はどうしてもこちらのゲームセンターに寄りたかったもので。自宅は星川町の方なんです」

「ああ、そうなんですね」


 星川かなるほど。美空の家に引っ越してから自転車であちこち散策していたからよくわかる。丘の上の方にある高級住宅街だ。まひるさんの実家も星川だし、しかもアイリスの後輩だったとはなかなかの偶然だ。


「はは、でも意外ですね。まさか初めて同人誌即売会で挨拶したお隣のえびぽてとさんがアイリスの人だったなんて。うちの母もそうなんで、制服見てすぐわかりました」

「そうだったのですか? す、すごい偶然です! そんな方と街中で偶然お会いするなんて……うわぁん!」

「えびぽてとさん!?」


 いきなりテーブルに突っ伏すえびぽてとさん。今度はどうした!?


「なんか運命感じそうになっちゃいましたぁ! ダメですダメです! 私こういうエピソードに弱いんです! これから本当にお付き合いして結婚して一緒に同人活動やる未来を妄想しかけています~~~!」


 ええ……マジかよこの人。チョロすぎるじゃん。急にこの人の将来すげぇ心配になってきた。いやお嬢様なら大丈夫だろうけどさ。


 と、そこで俺はある偶然に気付いて言う。


「と、とにかく落ち着いてくださいえびぽてとさん。そうそう、えびぽてとさんの同人誌読み始めましたよ」

「えっ」


 バッとうつむいていた顔を上げるえびぽてとさん。驚いたように目を見開いている。

 俺はたまたま昼休みに読もうと思って鞄に入れておいたえびぽてとさんの同人誌を取り出す。A5サイズだから小さめでかさばらないし、表紙も二人の女の子のシルエットだけでなんとなくオシャレだから別に見つかっても恥ずかしくない。

 俺はページをめくりながら言う。


「まだ半分までなんですけど、女の子二人がのんびり楽しそうに暮らしている何気ない描写の裏で既に世界崩壊してるって冒頭からなかなかインパクトありました。続き楽しみに読みますね」

「あわ、あわわ……う、嬉しいですありがとうございます! わぁ、こんな風に感想貰えたの初めてです!」

「おお、そ、そうだったんですか」

 

 テーブルから乗り出すような勢いで目を輝かせるえびぽてとさん。めちゃ嬉しそうだ。


「あのっ、よ、よろしければまた感想をいただけませんか? とても参考になるので……あっ、えと、れ、連絡先などお聞きしても……かかかか構わないでしょうか!」

「構わないでございます」


 もはやテンパり具合が面白いえびぽてとさん。

 俺がスマホを取り出すとえびぽてとさんも鞄からスマホを取り出した。そのスマホケースもあの目玉なお父さんの可愛らしいデザインである。えびぽてとさんの趣味も面白い。ていうかマジでどこに売ってるんだろう。


「わ、私……男性の方と初めて連絡先を交換してしまいました……! お、お父様に怒られないでしょうか……!」

「おお……やっぱそういう家柄なんですね。えびぽてとさんすげぇキチンとしてるし、姿勢も良いし、良いところのお嬢様なのかなって思ってました」

「そ、そんな大した者ではないですよ! けれど……なんだか新しいお友達が増えたようで嬉しいです。あっ、か、勝手にお友達だなんて失礼でしょうか……」

「いやいや。俺も嬉しいですよ。戦友としてこれからも――」


 と、そこまで言って言葉に詰まる。

 

「……あささん?」

「いや、なんでもっ。とにかくこれからもよろしくっす!」

「は、はい。お友達として、戦友として、こちらこそどうぞ宜しくお願いいたします!」


 めちゃくちゃ丁寧に頭を下げるえびぽてとさん。見合いかよ。

 そうしてSNSアプリの連絡先を交換し終えた辺りでようやく俺たちのぎこちない空気も和らぎ始め、えびぽてとさんがつぶやく。


「ところであささんは、今日はどうしてこちらにいらしていたんですか?」

「あー、いやたまたまですよ。学校帰りにちょっと時間つぶしたかったんで」

「ふふ、そうだったんですね。同人活動の方は順調ですか? 私、次は思い切って『サンフェス』に出る予定なのですが、今からもう緊張してしまって、なかなか進まなくって……」

「えっ? えびぽてとさんもですか!?」

「えっ? 私もって……そ、それじゃああささんもサンフェスに? そ、そんな偶然ってあるんですか!? うわぁんやっぱり運命の出会いなんでしょうか~~~~!?」


 また妄想してテンパり出すえびぽてとさん。いやお互い同人やってれば目指すところは同じっていうかそりゃイベントくらいかぶるだろうと思うがなんかここまで言われるとマジで運命なんじゃねぇのって気がしてくる。俺も案外チョロいのかもな。


 俺は少し申し訳なく話す。


「そうなんですけど、俺はもう出ないんです。同人はやめたんで。だから、たぶんサンフェスには他のメンバーだけで出ると思います」

「え? ど、同人を……やめた?」


 コーヒーを飲みながらうなずく俺に、えびぽてとさんがカップを持ったまま固まる。

 そしていきなり身を乗り出し、ずいっと迫ってきた。


「ど、どどどどどうしてですか!?」

「うわっ、え、えびぽてとさん?」

「あんなに素敵な同人誌を書ける方がなぜやめてしまうんですか!? 勿体ないです! なにかあったのですか? 私でよろしければお話聞きます! 教えてください!」


 コーヒーのグラスごと俺の手を握って真剣な表情をするえびぽてとさん。それは心から俺を心配する瞳に見えた。


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