第31話 広すぎるお風呂
次の日から、美空家は変わった。
朝になっていつも通りにみんなを起こしにいこうと思ったが、俺が行っても気まずい空気になるだけかもしれない。昨晩あれだけハッキリと気持ちを伝えたばかりなのだ。しばらく様子を見るべきか。
「うーん……けどみんな自分で起きてこれるかなぁ……」
などと俺がリビングで悩んでいると――
「おはよう~朝陽ちゃん~♪ 夕ちゃんと夜雨ちゃんも~♪」
「ふぁぁ……んー、おはよ……」
「んん……。おはよう……ございます……」
「え――」
驚く俺。
なんと、あの三人が規則正しい時間に起きてきたのだ。なんだなんだ今日は天変地異でも起こるのか!?
「あ、えっと、お、おはよう! あっ、朝ご飯は用意してあるから。それじゃ俺、さ、先行くな!」
三人はいつもと変わらずに見えたが、しかし驚いた俺の方が動揺してしまい、つい一人で早めに家を出てしまった。みんなが寝坊しないかとちょっと心配だったのだが、杞憂だったか。なんだ、俺がいなくてもちゃんとやれるじゃないか。
そして学校での過ごし方も変わる。
今まで同人活動にかかりきりで勉強がおろそかになっていた俺は、学校の図書室で居残り勉強をすることになった。ハルが付き合ってくれたこともあり、順調に捗る。
そして普段より少し遅めに家へ帰った俺は、また驚くことになる。
――良い匂いがした。いつもはリビングのソファで横になっていることが多かったまひるさんが、なんとエプロン姿でキッチンに立っていたのだ。
「あ、朝陽ちゃんおかえりなさい~♪ もうすぐカレー、出来ますよ~♪」
「あ……は、はい。ありがとう、ございます……」
「うふふ、久しぶりに腕を振るっちゃいました~。美味しく出来てるといいなぁ~」
驚いていると、洗濯かごを持った夕姉がスリッパをパタパタさせてやってくる。
「あー、弟くんおかえりなさーい。洗濯物いれといたからね。お姉ちゃんの下着も自分でやったから心配ないよー」
「お、おう。そうか」
「クンクンできなくて残念でしたー♪」
「いやしねぇよ! ったく、なんだよ急に……」
さらに続けて、髪を結んで腕まくりをした夜雨がやってくる。
「あ……兄さん、おかえりなさい……。あの、お、お風呂……あらった、からね。も、もう、はいる……?」
「え……あ、ああ。じゃあ、そうしようかな」
「う、うん。あの、や、夜雨のことは、いい、からね。ひ、ひとりで、ゆっくり、どうぞっ」
そう言って夜雨は2階へ戻っていく。
よく見ればリビングはいつもより片付いていたように思うし、朝食の洗い物もちゃんとされていた。俺がやることがなくなっている。
久しぶりに一人だけで入った風呂はやけに広く感じて、ゆっくり出来てとても落ち着く……かと思ったんだが、夜雨がいないとこんなに変わるもんなのか。
「……なんか、余計なこと考える時間が増えちまったなぁ……」
ぶくぶくと湯に沈む俺。
やはり、この風呂は一人には広すぎる。
そして夜雨はまひるさんと一緒に入ったらしかった。やっぱ夜雨がいないと落ち着かん……妹欠乏症か……。
夕食時には、みんなでいつものようにアニメを観ながらカレーを食べる。けれど食後の感想会はなく、そもそも会話が少なくなっていた。みんな俺にあれこれ訊いてくるようなことはなかったし、たぶん、気を遣ってくれているのだろう。そんなことをしなくてもいいのにと思ったが、そうさせているのは、俺か。
そんな日々が続き――あっという間に二週間ほどが過ぎ去っていった。
家族同士で挨拶はするし、他愛のない会話もする。ご飯だって一緒に食べるし、アニメもみんなで観る。家族であることに何も変わりはない。俺が同人活動を始まる前の時間に戻っただけだ。
それでも。
やっぱり、美空家は変わった。
俺が家事をする時間は減り、家族とのコミュニケーションの時間が減り、その分勉強に身を入れることが出来た。おかげで学校のテストでもそこそこの点数がとれたし、遅れは挽回出来ただろう。学生として素晴らしいことだ。
そんなわけで、今夜も勉強が捗っている。
「本来、高校生としてはこっちの方が正しいスタイルなんだけどなぁ」
なんてつぶやきを漏らして自嘲しつつ、片付けた課題を前に息をつく。ちゃんと勉学に励む学生がなぜこんな気持ちにならにゃいかんのだ。
そこで机の上から一冊のノートが落ちた。
拾う。ちょっと前まで毎日にらめっこをしていたかつてのネタ帳だ。
「……もう使わないか」
引き出しにしまうと、次に卓上時計に目をやる。時刻は夜の十時過ぎだ。
スマホを手に取る。通知は来ていない。いちおう動画サイトを覗くも、やはりVtuber『朝灯ヨル』は定期配信をしていなかった。
「なぜこうもヨルちゃんの声が聴きたくなるのか…………むはー!」
うなだれて椅子に背中を預ける。
『美空家』は変わった。いや、俺が変えてしまった。
けれどそれでよかったのかもしれない。
みんなちゃんと自分で起きられるようになったし、炊事洗濯などの家事もこなしてくれている。私生活と仕事、同人活動を成立させているのだ。それは立派なことだろう。そうだ、むしろ今までがおかしかったんだ。うんうん、家族の自立は喜ばしいことであろう。
「……もしかして、親父ってこんな気持ちだったんかな」
妙なもの悲しさと孤立感。この家を出て行った親父は、一人でどう過ごしているんだろう。母さんがたまに様子は見ているらしいが、なぜだかちょっと心配になった。
俺はなんとなく思い立ち、席を立つ。
棚にしまっていたあるアニメのブルーレイを手に取る。10周年記念でボックス化されたもので、親父が試供品として貰ったものを俺が譲り受けた。
――『パーフェクト・ホワイト』
俺が小さな頃、親父が監督を手がけた1クールのテレビアニメ。この作品は大成功を収め、当時SNSでは大いにバズり、続編の劇場版も大ヒット。親父の名を一躍広めた出世作だ。今でもスピンオフ作品が作られたりしている。俺にとってはかなり衝撃で、創作するきっかけになった作品でもある。
「ちょっと休憩がてら、な」
俺は、久しぶりにこの作品を見てみることにした。
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