第32話 パーフェクト・ホワイト

 それは吹雪のシーンから始まる。

 冒頭から気合いの入った雪の映像は今時のアニメにまったく引けを取らない。いや、それ以上の美麗な作り込みだ。


 この作品は永遠に雪が降り続けるファンタジーの世界が舞台で、人類は止まない『永雪』によってどんどん生活圏を失い、絶滅へと近づいていく。多くの人はそれを信仰する神の意志と受け取って、穏やかに絶滅を受け入れていた。そして、神の意に逆らう者を迫害していく。

 身寄りの無い主人公スノウは、自分を拾ってくれた親代わりの女性ティアと、兄弟のように育ったレイと三人で静かに暮らしていた。優しいティアは二人を守るために泥棒などの犯罪行為に手を染めてしまい、彼女のためにスノウとレイも泥棒を始める。生きることに執着する三人は、周囲から虐げられながらも三人で支え合って生きていく。どれだけ苦しくとも、世界に絶望しても、諦めずに生きていくことが大切なのだと信じて。


 だがそんなある日、ティアが町の信奉者たちの手によって殺されてしまう。


 それが許せなかったレイは、怒りによって“太陽の民”の力を覚醒させ、町を焼き尽くす。

 神人となったレイは人に戻ることをやめ、世界を滅亡させるために一人旅に出る。そんなに死にたいのなら今すぐみんな殺してやると。ティアを認めなかった世界を許さないと。

 レイを止められなかったスノウは、ティアが残した魔法によって二人が特別な子供であると知る。レイは世界を照らす“太陽の民”。そしてスノウは世界を冷ます“雪の民”。かつては二つの民が世界の均衡を守っていたが、戦争によってそのバランスは崩れた。二人はその末裔だった。

 だがスノウにとってそんな事実はどうでもよく、ただ、ティアが二人が幸せに暮らしていくことだけを願っていたのだと知り、レイを追いかけて旅に出る。

 成長し、大きくなるスノウ。新たな仲間となるヒロインとも出会い、旅は進む。そして明らかになっていく世界のさらなる真実。クライマックスにレイと再会したスノウは――。



 とまぁ、今でもこれくらいのあらすじをサッと思い出せる程度には印象深いアニメだ。各話に衝撃的な仕掛けがあって、まったく予想がつかないし想像が裏切られる。シリアスで容赦が無く、けれどどこか温かく優しい話は考えさせられる部分が多く、キャラクターも魅力的なやつばかりで、特にレイはその最期が感動的だったから女性人気がすごかった。俺だって泣いた。今でもレイの誕生日には『つぶったー』で生誕祭タグが賑わうほどだ。


 あっという間に一話を見終わり、特殊OPに入る。監督には『天堂大地』の名前。そしてスタッフに『坂井湊』――母さんの名前もある。母さんは結婚した後も仕事上の名前表記を変えなかったから、おかげで離婚後も楽だったと笑っていた。

 さらに、作画にはまひるさんの名前も載っている。

 俺の親がみんな参加している作品という意味でも印象深い作品であり、夕姉と夜雨にとっても思い出深い作品らしい。

 この家に来たばかりの頃、この『パーフェクト・ホワイト』の劇場版を観てみんなであれこれ話したことが懐かしい。親父もまひるさんも楽しそうだった。


「……創作ってのは、いろんな形で人の心を変えるよなぁ」


 俺もまた、そういう作品を創りたいと思っていた。

 思っていたが……。


「…………ん?」


 そんなとき、スマホの画面が光ってぶーぶーとうなる。


「なんだハルか」


 馴染みの友人ではあるが、アイツが直接電話をしてくることは珍しい。

 なんだなんだと電話に出ると、ハルは唐突に言った。


『やぁアサヒ。突然だけど、再来週の日曜日は空いてるかい? 池袋のゲームカフェ辺りで遊ばないかと思ってさ。割引クーポンがあるから、よかったらどうかな』


 椅子の背もたれに身を預けつつ、俺はその誘いにすぐに応じた。


「別にいいけどさ。ハルがこんな風に誘ってくんの珍しいな。お前、いまだに気を遣ってんじゃないだろうな?」

『そりゃあ気も遣うさ。やりたくもない勉強に励んで普通の学生のフリしてる今のハルは見ていて痛々しいし、『えにぐま』のえにぐまちゃんみたいだからね』

「あまりにだらしないニートだから悪魔の両親に捨てられて地上で主人公の女の子に拾われてなおニートを続けてるぐうたら悪魔ちゃんと一緒にすんなや! ホント素直だよなお前は!」

『良いアニメだよね。それが僕の良いところだと思ってるよ。久しぶりに二人で気分転換するもいいじゃないか。あとはカラオケでアニソン縛りでもどうだい。ところで……Serenaさんの『スノウ・ホワイト』が聞こえるね。良い曲だよね』

「ん? ああ、偶然アニメ見返してたんだよ。お前これ好きだもんな。高いキー出せるし」

『今でも好きな作品だからね。アサヒも一緒に歌うかい?』

「俺は無理だっての。んじゃまた明日な」

『うん。ああアサヒ』

「なんだよ」


 スマホの向こうで、少しだけハルが間を置いた。

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