第33話 うち来るか?


『僕はさ、君の作る話が好きだよ』


 ハルの声に、俺は少しばかり言葉を失う。


『小学生の頃、転校したばかりで友達もいなかった僕に、アサヒが最初に話しかけてくれた。『パーフェクト・ホワイト』の話で盛り上がって、まさかそれが君のお父さんのアニメだとは思わなくて驚いたな。それからクラスのみんなと仲良くなることが出来た。君のおかげで毎日が楽しくなったし、中学に入ってもそれは変わらなかった』

「……な、なんだよ急に」

『中学生の頃、君が書いた物語を読んで驚いたよ。小学生の頃の作品よりずっと面白くなっていて、君もきっとお父さんみたいなクリエイターになるんだろうなと思った。その応援がしたいと思うくらいには、僕は君の物語が好きなんだよ、アサヒ』


 スマホから聞こえるハルの声は、淡々としながらもどこか力強い。

 小学生の頃、転校してきたハルは今よりさらに大人しかったから、自分からクラスに馴染めていなかった。そこでなんとなく俺がアニメの話をしたら乗ってきた。それからずっとつるむようになって、やがて創作物を見せるようになった。ハルは、家族以外で初めて俺の作った作品を読んでくれたヤツだ。そして家族以外で初めて面白いと認めてくれたヤツだ。

 そんなヤツからの言葉には――とても、特別な重みがある。


『君が創作をやめても、僕が君の友人であることは変わらないし、これからもそうさ。もしまたやりたくなったらそのとき始めればいい』

「……ハル。お前……」

『でも、僕としては早く続きが読みたいけどね。ライカはルルゥを助けるために戦うだろうけど、自分のクローンにどう向き合うのかな。それにご両親。これは複雑だよね。歪んだ思想かもしれないけど、ご両親も妹もライカへの確かな愛情を持っている。うーん、なかなか難しい話を考えるものだよ』

「は?」


 身を乗り出す俺。

 おいおいちょっと待て。


「……ハル。お前なんで同人誌の内容知ってんだよ!?」

『『メルカプ』で買ったんだ。3000円もしたけどね』

「わざわざフリマで買ったのかよ!? しかも元値の30倍じゃん!」

『君が続きを書かないっていうからますます気になってね。親友にわざわざフリマアプリで高騰する同人誌を買わせるなんてひどいヤツだね君も』

「お前が勝手に買ったんだけどな! つーかそんなことしなくても見本誌くらい……ああいや一冊しか残ってねぇし、読ませんって言ったの俺だったわスマン! つーかフリマで売られてんの結構ショックだね!」


 頭を抱える俺。

 するとハルは笑って言った。


『ねぇアサヒ。物語を、作品をどう感じるかはその人によるだろ? 君の作る作品が好きなヤツもいるんだから、一部の大きな声を気に病む必要なんてないよ』

「一部の、って…………あ。お前まさかっ!」

『僕のスマホだからね。検索履歴が残ってたよ。僕個人としては、このクオリティの同人誌を読んであんな感想を発信する人は想像力と見る目がないと思うけどね。それと最後に一つ。キミの家族は言わないと思うから僕が言うよ』


 電波の向こうで、少しだけ空気が変わったような気がした。


『――逃げるなよ、アサヒ。言いたいことはそれだけだよ。じゃあね』


 そのまま電話は切れる。


「……は? ちょ、おいハル! ……んだよアイツ、言いたいことだけ言ってさっさと切りやがって!」


 俺は少し乱暴にスマホを机に置いて、独り言ちる。


「…………なぁハル。別に逃げちゃいないだろ? そりゃあれはショックだったけどな、俺だってアニメ監督の息子だぜ。自分の作品が貶されたくらいで同人をやめたわけじゃないんだっつーの」


 カレンダーに視線を移す。

 ハルとの約束の日は――俺がサークル参加する予定だった『サンフェス』の開催日だ。


 そこで再びスマホが光ってうなる。


「うわっ。またハルか文句の一つでも……って、今度は母さんか」


 表示されている母の表示に驚きつつ、電話に出る。


『おー青少年。元気にやってるか。女所帯なんだし、ほどほどに性欲発散させとけよ』

「実の息子にのっけからそんな挨拶する母親がいるか!?」

『はっはっは。最近そういうヤツ作ってたからちょっと心配になってな。ラブコメアニメみたいなエロいトラブルまみれの爛れた生活送ってて楽しそうじゃん』

「爛れた生活送ってねぇよ! 今も勉強中だったの! 息子をなんだと思ってんの!?」

『勉強サボってアニメ観るヤツ』

「ぐっ!」

『当たりだろ。はっはっは』


 思わずツッコんで手痛い返しを受け、黙り込む俺。ヘラヘラと笑う母。その笑い方だけは親父に似てるんだよな。

 そんな我が実母――『天堂湊』は旧姓の『坂井湊』に戻って今はアニメのプロデューサー業をやっている。スーツ姿のよく似合うキャリアウーマン風の人で、とにかく仕事がよく出来るクール系の美人だ。

 元々はアニメーターであり声優でもありイベントではコスプレまでして司会進行やプロデューサー業までもこなす何でもクリエイター超人として業界では有名だったらしいんだが、そこで監督の親父と出会って結婚したそうだ。親父とは今でもたまに現場で会ったりすることがあるのだとか。大体俺には二日にいっぺんは電話をくれるので、そういう話も聞いたりする。


 俺はブルーレイのチャプター画面に戻ったモニター画面を眺め、インストで流れてくる『スノウ・ホワイト』のBGMを聴きながらなんとなしに尋ねてみた。


「母さんさ、親父はどうしてんの?」

『ん? あのろくでなしが気になんの?』

「まぁちょっとは。最近母さんからも話聞いてなかったしさ」

『あー。私もよく知らないけどな。ナイトメアが好調だし、WEB原作の新作も始めるみたいだから食いっぱぐれることはないだろ。プライベートはどうせまた業界の若い女捕まえてイチャコラしてんじゃない? どうでもいいだろ』

「我が母ながらドライすぎるだろ……」

『あの人は勝手にやるからいいんだよ。それより朝陽、お前だお前』

「ん?」


 母さんは『あー』となんだか珍しく言いづらそうに間を伸ばして、それから突然言った。


『お前さ、もしそっちの居心地悪いならうち来るか?』

「……え?」

『朝陽がそうしてほしいってんなら、あのダメ親父との再婚考えてもいいぞ』

「…………はい?」


 予想だにしなかった母親からの提案に、俺はしばらく呆然となった。


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