第五章 初めての同人誌即売会

第25話 記念すべき一冊目

 ――あれから二週間近くが経った。

 印刷所へ連絡を入れる予定だった締め切りまで、あと数時間の夜。

 

 しかし――同人誌は未だに完成していなかった。


 俺がどうしてもクライマックスを決められなかったからだ。


「まひるさん……夕姉……夜雨、すみません!」


 リビングで三人に頭を下げる俺。

 夕姉のコスプレ衣装はともかく、まひるさんの挿絵イラストや夜雨のボイスは俺が物語を完結させられなければ当然完成出来ない。つまり、俺のせいで今回のイベント用の同人誌は未完成になることが決まってしまったのだ。


 するとまひるさんが優しく言う。


「大丈夫ですよ~朝陽ちゃん♪ でしたら、今回はプレビュー版でいきましょう~♪」

「え? プ、プレビュー版、ですか?」


 顔を上げる俺。まひるさんはうんうんとうなずいた。


「体験版、お試し版、ともいうかなぁ? 今、こういうものを作っていますよ~って、さわりだけでも知ってもらう先行同人誌のことですよ~。今回は間に合わなかったけど、次回以降に~みたいなときに、一部100円なんかで頒布したりするんですよ~」

「ああ……な、なるほど……! そういう手もあるんですね……」


 初めての同人誌をいきなり落とすしかないのかと責任を感じていた俺だが、まひるさんの提案に少しだけ救われた。


 夕姉が腰に手を当ててちょっぴり呆れた顔になる。


「まったく弟くんはー。でもま、しょーがないかっ。完成品はどうしても価格が高くなっちゃうし、オリジナルならなおさらお客さんも手を出しにくいし。むしろ安めのプレビュー版でどんなもんか手軽に読んでもらえた方がいいかもねっ」

「う、うん。夜雨も、そう、思う……! だから兄さん……あ、あんまり、気にしちゃ、だめ、だよ……?」

「夕姉……夜雨……ああ、ありがとな」


 姉妹の気遣いに感謝する俺。

 そこでまひるさんが「あ~」と何か思い出したようにタブレットを取り出した。


「みてみて~。それとねそれとね、実はママ、『ルルゥ』ちゃんのアクリルキーホルダーもデザインしておいたんです~♪ これも一緒に作るので、きっと華やかになりますよ~! 入稿データも準備ばっちりです~♪」

「ええ!? まひるさんいつの間に!」

「うふふ、一度作ってみたかったんだぁ~♪ 可愛いですよねぇ~♪」

「ママったら、あたしたちにナイショでもーっ。けどSDキャラになってもカワイイじゃんっ。こういうグッズはスペースに置くと目立ちそうだしっ」

「う、うんうんっ。素敵……夜雨も、ほしい……!」

「初めての家族同人グッズだから、記念にみんなの分も用意しますよ~♪」


 夕姉と夜雨が盛り上がって手を取り合う。


「まひるさん。気を遣ってもらってすみませ――」


 まひるさんはそっと俺の口に指先を当てる。


「朝陽ちゃん。家族みんなで、少しずつ、進んでいきましょう~♪」


 そう言って微笑むまひるさんの顔は、本当に綺麗だった。


 ****


 こうして、俺たち美空家が取り組んでいた初めての家族共同制作同人作品――『星導のルルゥ プレビュー版』は完成した。


 しかし、イベント当日には一つ大きな問題が起きていた。


「んもぉー! 見本誌の郵送してもらうの忘れてたなんて! ママのドジー! あたしたち同人誌作りは素人なんだから、ここはママがちゃんとするところでしょー!」

「俺がちゃんと確認しなかったからだごめん! まひるさんは悪くないっす! てか平気か夜雨っ!? 兄ちゃんがおんぶするぞ!」

「はう、はうっ……! あ、ふぁ……っ」

「みんなぁ、ごめんな、さぁ~~~い!」


 電車を降りて朝っぱらから会場までバタバタと走る俺たち。そう。印刷所から会場まで直接搬入してもらうプランにしたのはよかったが、見本を送ってもらう連絡を失念してしまっていたため、イベント当日である今日まで実物確認をすることが出来なかったのだ。これはさすがに気が気がじゃなくて前日からそわそわが止まらなかった。


 そうしてたどり着いた、本日の即売会イベント会場。都内の某センタービルを前に俺はおんぶしていた夜雨を下ろす。ここの展示室の一つが今回の会場だ。


 家族全員そわそわしながら会場へ急ぎ、ようやく『美空家』サークルのブースにたどり着く。ともかくまずは実物を確認して、問題がないかどうかをチェックしなくてはならない。てかあったら大変だからマジでありませんようにぃぃぃ!


「ああ、もう届いてるみたいだ」


 親切にブースまで運ばれていた段ボール。俺がみんなに確認をとって開封すると――


『……おお~!』


 美空家の声が重なる。

 真っ先に見えたのは、まひるさんが描いてくれたヒロイン『ルルゥ』の可愛らしいイラストが栄える表紙。

 一冊取り出してみれば、まず手触りに感動する。今回はB5サイズ20Pの本として作り、価格を抑えるため表紙や挿絵はモノクロだ。特別良い紙を使っているわけでもないし、そもそも中身は未完成品だ。それでも、初めて自分が作った同人誌を前に俺は興奮していた。


「綺麗に出来たね~朝陽ちゃん♪」

「ほら弟くん、中、中!」

「にいさん……チェック、しよ……」

「あ、ああ!」


 家族みんなでしゃがみ込み、顔を近づけて、俺が表紙をめくる。

 まず出てくるのは専用のQRコード。これを読み込むことで、夜雨が演じてくれたヒロイン『ルルゥ』のセリフをボイスとして聞くことが出来る。地の文や主人公『ライカ』の音声はないが、同人誌と一緒にヒロインのボイスも聞いてより楽しんでほしいという狙いだ。最近CG集とかで多いやり方だな。


 さらには何度も読んだ、自分の文章がそこにある。

 小説本文が読みやすいように、まひるさんと夜雨が一緒に段組などのレイアウトを考えてくれたおかげで見栄えも良いと思う。印象的なシーンに入る挿絵は細かいところまですごく丁寧に描かれていて、このイラストの力で間違いなくこの同人誌の魅力が大いに増している。


 そして小説は、クライマックスに差し掛かるところで終わる。

 最後のページでは、まひるさんの描いてくれたミニキャラのルルゥが「引き続き制作中!」と一言添えている。

 奥付には、『美空家』サークル各メンバーの名前を載せていた。といっても、全員ひらがなで「あさ」「ひる」「ゆう」「よる」と適当なペンネームだ。まひるさんたちは既にプロとしての名前を持っているが、俺と一緒に一から始めたいという理由で新しいペンネームを作ったのである。

 にしても、“昼”、“夕”、“夜”って元々特徴的な名前だった美空家に“朝”の俺が入ってきたのってすごい偶然だよな。改めて思うわ。


 まぁ、とにもかくにも同人誌のチェックは終わった。印刷ミスなんかもないし、レイアウトがおかしくなっているような箇所もない。スマホでQRコードのチェックをし、同人誌内のパスワードを入力すればちゃんと夜雨のボイスを聞くことも出来た。グッズの方の段ボールも開けたが、まひるさん制作のルルゥアクリルキーホルダーもバッチリである。


「――よし。全部問題ないっす!」


 そんな俺の声に、家族三人がハイタッチをして喜ぶ。最後に俺も三人と同時にハイタッチをした。

 

「さてさてっ、ホッとしたトコであたしはコス衣装に着替えてくるね! 弟くん、お姉ちゃんの本気コスに思う存分見惚れなよ~? じゃ、後はよろしくぅ!」


 夕姉が荷物を持って控え室へ向かい、俺たちは「はーい!」と揃って返事をする。

 まひるさんがポンと手を叩いた。


「それじゃあママたちは準備ですね~♪100均の便利なグッズを持ってきてあるので、本やグッズを綺麗に並べましょう~。おつりも忘れずにですよ~♪」

「値札とか、細かいことは……夜雨が、やるね……。あ、兄さん……ポスター、貼ってくれる……?」

「任せてくれ。にしてもまひるさん、まさかこんなポスターまで作ってくれてたなんて……ホントありがとうございます」

「スペースは狭いので、縦の空間を広く利用出来るポスターはイベントにはすっごく有効なんですよ~♪ なにより目立って可愛いですよね~♪」


 感謝しつつ、ヒロインルルゥの表紙イラストを綺麗にカラー印刷したポスターを貼り付ける俺。いやもうホント可愛い。何から何まで感謝だ!

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