第15話 お姉ちゃんちびる
続けて俺たちが向かったのは、いわゆるお化け屋敷というやつだ。
しかしただのお化け屋敷ではない。こちらもしっかり改装されており、有名なホラー演出家の手にとって驚愕のホラーハウスに進化を遂げているらしい。入り口の説明書きからしておどろおどろしいジャパニーズホラー映画みたいな設定に俺ですら軽くびびっていた。廃病院がテーマで謎解きとかがあるらしく、あまりに怖すぎてリタイアする人が後を絶たないらしい。ああ、今横の扉から出てきたあのカップルとかそうか……。
「に、兄さん兄さんっ! いこ! いこっ! 夜雨、楽しみだったの!」
先ほどとは一転、めっちゃウキウキした様子で前髪から覗く片目をキラキラさせる夜雨。あっちの絶叫は苦手だがこっちの絶叫は得意らしかった。何でもホラー映画やゲームが昔から好きなのだとか。そういやVtuberの配信とかでもたまにホラゲーやってたな。テンションアゲアゲな夜雨も可愛い。
その一方――
「えーと……夕姉?」
「な、なななななぁに弟くん! ふぎゃあっ!」
ホラーハウスの中から聞こえてきた誰かの悲鳴に敏感に反応する夕姉。わかりやすすぎる! ああそういや夏頃にやってる心霊系の番組とか絶対見なかったもんなこの人!
「やっぱこういうの苦手なんだな……。つーか、さっきから腕に抱きつかれて動きにくいんだけど……それにその、当たってるぞ……」
絞め技かよってくらいガッチリと片腕をホールドされている俺。まひるさんが「あらあら~」と朗らかに笑っていた。
あまりにも密着されるものだから歩きづらいことこの上なく、そして夕姉の……その、柔らかバストの感触がダイレクトに伝わってきちゃって気が気がじゃない。これ以上むぎゅむぎゅ押しつけないでくれ頼む!
「きききき気のせいでしょ! あ、あああたしがこういうのニガテで思わず弟くんに抱きついちゃう怖がりびっくりガールなわけないじゃん! おっぱい好きでしょ当ててあげてるのっ! ほほほほらいくよぉ!」
「こんなとこでおっぱい好きとか言うなや! つか無理すんなって!」
「よるちゃんがあんな楽しみにしてるのにお姉ちゃんが逃げるわけにいかないっしょ! 姉には無理しなきゃいけないときがあんのよ~~~!」
「うわ夕姉っ!? ちょおっ!」
「いこ! いこ! 兄さん! お姉ちゃん! ママも、はやく!」
「はいは~い♪ うふふ、楽しみですね~♪」
こうしてヤバそうなホラーハウスに突撃する美空家一同。
――そして予想通りの展開になった。
「あっ! 兄さんみて! あの走ってくる幽霊看護婦さん可愛い!」
「んぎゃー! こっちくんなくんなくんなぁっ!」
「こっちのお医者さんは人形かな? 細かいところまでよく出来てるねっ、すごいね兄さんっ」
「みゃあああああああおねがいあっちいってえええええええええ!」
「この女の人が持ってる鍵を後ろから奪うみたい。ママはあっちから行ける?」
「おっけ~だよ~夜雨ちゃん~♪」
「夜雨もまひるさんもめちゃくちゃ楽しんでて全然ビビらねぇ……。いや俺も怖いけど、リアクション芸人も真っ青なレベルでビビってる人がいるから落ち着くわ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~~~!」
薄暗い廊下に赤や紫の怪しい灯り。ひんやりとした冷たい空気。本物の病院みたいな消毒液っぽいニオイ。あえてBGMやSEなどは使わないリアルな静けさの恐怖感。それは俺でも怖いくらいで、夕姉にはクリティカルヒットしていた。
もはや仕掛け人のスタッフさんたちが逆にビビるくらいの悲鳴で慌てふためく我が姉夕。とにかくその怖がりぶりはすごく、カートにぶつかって頭から盛大にすっ転んだときは素に戻ることを許されないはずのスタッフさんがその禁忌を破り「大丈夫っすか……?」とガチで声を掛けてくれたほどだがその接近で絶叫した夕姉はもう泣いていた。いや大丈夫じゃないっすよこれ。
「夕姉、この辺りでリタイアしとくか……?」
さすがに俺も心配になり、近くに見えた
「こ、こ、こんなもんで逃げてたら、お、おね、お姉ちゃんとして笑われるじゃん! こちとら吸血鬼のお姫様コスしたこともあんだからぁー!」
「だからなんなんだよ……まぁ大丈夫そうなら行くか。夜雨たち先に行っちゃったし、一応時間制限あるからな」
「うわぁん待ってぇ!」
ガシッと俺の腕を掴んで離さない夕姉。もう入ったときからずっとこれであり、密着しているからこそガチで怖がっているのがよくわかる。夜雨のときよりすげぇな。
やれやれとばかりにため息をついて振り返った俺だったが――
「お、おね、お願い弟くん……っ。離れないで? ず、ずっとそばにいて……」
ぎゅうっと俺に強くしがみつき、潤みきった瞳でこちらを見上げてくる夕姉。思わず俺の心臓が跳ねる。
「そ、そんなセリフをそんな顔で言うなよな……。ったく、離れないから平気だって。もう少しだけ頑張ろうぜ。お姉ちゃんだもんな」
「ま、まま任せなさいよ! お姉ちゃんらしいとこ見せて――ふぎゃあそこなんかいるうううううううう!」
ただの影だよ。うん、ダメだなこれは。
そんな感じでホラーハウスを堪能した俺たち。
当然ながら夕姉の悲鳴はとどまることを知らなかったが、ホラーリーダー夜雨の冴え渡る推理能力によって見事に謎解きをクリアして家族揃っての生還を果たした。ラストに大勢の患者ゾンビに追いかけられたときはさすがにビビったし夕姉は気絶寸前だったが、中盤で手に入れた人形のアイテムを使ってゾンビたちの気をそらす機転に気付いたのがさすがの夜雨だ。あれで失敗する人がたくさんいるらしいし。
そんな夜雨はまだ興奮冷めやらぬ様子であったが、まひるさんが一度も驚くことなく「あらあら~」と終始ニコニコ顔で乗り越えたのも恐ろしい胆力である。まひるさんて実は最強なんでは……?
一方、一人青ざめた顔の夕姉は叫び疲れたのかぜぇはぁと息を整えながらまだ俺にくっついていた。
「ふ、ふーん? こんなもん? ぜ、ぜんぜん、たいしたこと、なかったじゃん! …………ちょっと、ちびっちゃったけど……」
「ちびるくらい頑張ったのか……偉いぞ夕姉。イキった顔も誇らしいぜ……!」
「弟くんがもっと男らしく守ってくれたらちびらなかったもんっ! お姉ちゃんをちびらせて辱めて性的興奮覚えるなんてヘンタイっ! 責任とってよぉっ!」
「ちびらせた責任てなんじゃ! 性的興奮覚えてねぇわ! んなこと外で大声で叫ぶなっての! ぐえっ、ちょ、首を揺するな! まひるさん! 夜雨! た、助けてっ!」
「あらあら仲良しさん~♪」
「お、お姉ちゃん、お、おちついて……っ」
こうしてなかなかハードな滑り出しを決めた俺たちは、その後も遊園地をめいっぱい楽しんでいく。
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