第3話 義理の姉『夕』

 そうして義母に声を掛けた後は二階へ。次は義姉の部屋である。


夕姉ゆうねえ。入るよ」


 鍵など掛かっていたことのない無防備なドアを開くと、部屋の真ん中でドレスの海に埋もれながら顔だけ出してスヤスヤ寝ている義姉の姿が見えた。服を布団代わりにすな!


「この前片付けたばっかりなのに……相変わらずすげぇな……」


 お姫様のようなドレスだけではない。私服、モデル仕事用の衣装、何よりもコスプレ用の派手な衣装やウィッグ、グッズが物量の大半を占める。それらがクローゼットに収まりきらず部屋中に溢れているのだ。汚部屋と呼ぶにはいささか華やかすぎるが、当人にとってはこれが居心地良いらしい。中には下着や水着すらポイポイされているので初めは戸惑ったもんだが、もうすっかり慣れた。


「夕姉。ほら起きろって。つーかいい加減ベッドで寝ろっての。もはやベッドがどこかもわからんが」

「……んんん~。なぁにぃ? あ~弟くんかぁ~。重いからおこしてぇ~」

「はぁー。ほんっとこの人は……」


 服のふとんから片手を伸ばしてくる夕姉。俺がその手を掴んで起こすと、服の山を崩しながらその全身を露わにする。


 指通りの良さそうな金髪はクセもついておらず、眠たそうな顔はそれでもめちゃくちゃ綺麗に整っている。スラッとしてるのに出るとこが出ているまひるさん譲りの体型まで含め、その完璧美少女を具現化したみたいなルックスは同年代女子たちの憧れそのものだろう。実際バレンタインには友チョコとか結構貰うらしいし、男子からは過去に相当数告白されているとかなんとか。そしてその白い肌はバッチリ胸元まで見えていて――


「……ってオイ!? なんだよその服っ!」

「んん~……はー起きた起きたぁっ。おはよ弟くんっ」

「おはよじゃなくて! その! 格好!」

「ん? ただのコスプレ衣装だけど?」


 自らの服装を見下ろして平然とつぶやくこの姉。


「ゲスト招待されてるゲームの公式イベントイベ近いから徹夜で作業しててさぁ、そのままぐーすかと……あ、弟くんの好みじゃなかったってコト?」

「どちらかといえば好みだがそういう問題じゃねぇの!」


 目のやり場に困る俺。

 夕姉がパジャマ代わりに着ていたのは、最近アニメ化したばかりのラブコメ漫画――『晴れ時々魔女』、通称晴れ魔女のヒロイン『ミラベル』のコスプレ衣装。近いうちにゲームも発売される予定で、おそらく夕姉はそっちに仕事で行くのだろう。

 普段は清楚で淑やかなミラベルだが、ある呪いを掛けられている彼女は変身するとやけに布面積の少ないエッチな格好になってしまい、その時だけは性的興奮が高まって主人公を大胆に誘惑するようになってしまうという設定だ。実際に今の夕姉も胸元が大胆に開けたデザインをちゃんと再現していて、動いたらあれこれ見えてしまいそうな危ういヤツだ!


 夕姉はあえて胸元をひらひらさせながら膝を立て、にじり寄ってくる。


「んふっ。青少年には刺激が強いかにゃー? ほれほれー。お姉ちゃんのおっぱいチラッと見ただけで負けちゃうのー? やーいざーこざーこ♥」

「変身後になりきってメスガキみたいな煽りすな! ああもうやめろって!」


 ――『美空夕』。一つ年上の高校2年生。俺の義理の姉。


 この部屋を見るだけで一目瞭然だが、この人は生粋のコスプレイヤーだ。ネットや実店舗で材料を集めて衣装を自作するほど入れ込んでおり、同人誌即売会等のイベントではいつも大勢のカメラマンを集める超人気プロレイヤー『天音ユウ』なのだ。実際ネットにも夕姉の写真は山ほど転がっているし、夕姉が去年の夏に販売したコスプレROMは最大の同人誌即売会である『コミマ』で伝説的売り上げを記録し、ネット販売でも世界中で売れ続けている。もちろんSNSでも大人気だ。

 なんでも幼い頃からまひるさんの趣味で着せ替え人形にさせられまくったり、一緒にコスプレをすることもあったため、自然とファッションやコスプレに目覚めたらしい。美少女すぎる小学生コスプレイヤーとしてテレビにちょこっと出たことがきっかけで事務所にスカウトされ、モデル業を始めたのだとか。ちなみにモデルとしても成功しており、過去に何度もティーン向けファッション雑誌の表紙を飾っている。中身はすげぇアニオタだけどな。


 そのレベルの美少女な姉はニンマリと笑って言う。


「んふふっ。そんな目ぇそらさなくってもいいじゃーん。ほ~ら、弟くんにならぁ、特別に、この中も見せてあげてもいいのになー?」

「だーもうメスガキごっこはいいから! さっさと着替えてリビングなっ。つーか撮影会でそういうことしてないよな? 絶対やめろよ!」

「うわー心配してくれてる? あはは、ありがとね弟くんっ♪ でもヘーキヘーキ、するわけないじゃん安心してよ! だってこういう……エ、エッチなサービスするの弟くんだけだからねっ。…………な、なんちて……」

「正気に戻って照れるならそういうこと言わないで!?」

「だ、だってアニメだとあたしみたいなお姉ちゃんはちょっとエッチな感じじゃん! 恥ずかしいけど頑張ってエッチなお姉ちゃんやってるあたしを敬って褒めてよ~!」


 朝っぱらから妙なこと言ってはめちゃくちゃ赤くなって詰め寄ってくる姉。この人もいつも大体こんな感じである。


「そんなこと頑張らんでよろしい! ひっつかんでくれ!」

「ぶうー! あ、それとあたしの黒いTバックどこかな? ほら、あのスケスケでレースのエッチなやつ。コスで使うんだけど。前片付けてくれたよね?」

「そこの上から二段目!」

「即答だ~! お姉ちゃんのエッチな下着の場所をしっかり覚えてるなんて、イケない弟くんだね~?」

「ならせめて下着くらい自分でしまってくれないもんですかねぇ! ていうか夕姉さ、コスプレのときあんなの履いてんのか? おい、まさかこっそりそういう撮影を……!?」

「うわー、なに想像してんの弟くん引くんだけど。そんなことするワケないじゃんっ! 見えないトコまで完ぺきに仕上げるのがコスってもんなの! まったく思春期男子の妄想はやらしーなぁ。……てゆーか、あんな恥ずかしいの弟くん以外に見せるワケないっての……!」


 そりゃそうかと、そのつぶやきにちょっと安心する俺。

 という感じで、コスプレしてるときなんかは特にグイグイくるけど、実はまだ彼氏を作ったこともなければバレンタインに俺以外の男子に義理チョコをあげたことすらないらしい割と純情だったりする姉でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る