第4話 義理の妹『夜雨』

 そして最後に向かったのは義理の妹の部屋だ。

 扉の前には『現在収録中』のプレートが掛かっている。ははぁ、こっちも徹夜だな。


「夜雨……入るぞ、っと……」


 手元のスマートフォンで妹にそんなメッセージを送り、少しだけ待つ。既読はつかず、反応もない。なるほどやはりな。

 一応ノックをして入室すると、案の定、カーテンの閉じた薄暗い部屋に妹の姿はない。

 視線を部屋の隅に移す。

 そこでデデーンと大きな存在感を示すのは、一畳程の防音ボックス。その中に光が見えた。仕事中なら立ち入れないが、おそらく今は違うだろう。

 こちらでも一応のノックをしてから、念のためにそっと扉を開く。


「――やっぱりか」


 小さな机と椅子、ノートパソコン、高そうなマイク等の収録機材が備えられた一人カラオケの店みたいな防音スペース。妹の夜雨はそこで机の上に突っ伏し、静かな吐息を立てて小さく丸まりながら眠っていた。可愛い。


「夜雨、起きろ。朝だぞ」


 肩を軽く揺すると、夜雨がゆっくりとまぶたを開く。


「ほぇ…………にい、さん……?」


 まひるさんによく似た銀髪。目元まで伸ばされた前髪から、とろんとした瞳が覗く。可愛い。


「またここで寝てたな。昨晩もちゃんとベッドに行けってメッセージ送ったろ」

「ん……ごめん、なさい……。どうしても、撮っておきたいシーンが、あって……編集を…………その……」


 しょんぼりとうつむいて声尻が下がっていく夜雨。素直に反省して偉いし可愛い。


「仕事熱心なのはいいんだけどな。少し頑張りすぎだ。成長期に無理するのはよくないぞ。もし夜雨が倒れでもしたら、俺はすごく悲しい。自分の身体も大切にしてくれ」

「兄さん…………うん、わかった……」


 こちらを見上げてほんのりと頬を赤く染め、俺のシャツの裾を掴みながらこくんとうなずく夜雨。可愛い。


「よし、じゃあ片付けて朝ご飯だ。夜雨のプリンもあるからな。一人で歩けるか? 抱っこしていくか?」

「へ、へいき……あっ」


 ノートパソコンを閉じようとした夜雨が、どこかのキーに触れてしまい小さな声を上げた。


 次の瞬間――



『わたしね……お兄ちゃんのことが好き。大好き! 妹だけど、もう妹だけじゃイヤだよ。お兄ちゃんの恋人になりたいの。ねぇお兄ちゃん。わたしじゃ……ダメなの? わたし、お兄ちゃんになら……どんなことでも、してあげられるよ……?』



 情感のこもった、愛らしくも切なく震える声。夜雨のものだ。しかも左右のスピーカーから立体的に聞こえてくるバイノーラル音声。ASMRというやつだな。これはいいものだ。



『お兄ちゃん……わたしに触って? ……んっ、はぁ……いいよ。お兄ちゃん……わたしと、えっち……し「ふにゃあああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」



 夜雨が防音ボックスを破壊しそうな大声量を上げて自らのボイスを遮りノートパソコンを乱暴に閉じた。大丈夫か。今の壊れてないか。


「あう、あうっ、あ、あぅ、あぁぁぁ~~~~」


 そして世界中の絶望を一身に背負ったみたいな悲痛な声で俺を見つめる夜雨。前髪から覗くその瞳はうるうると潤んでいた。


「い、いや、大丈夫だぞ夜雨。声優の仕事だよな。例の同人音声作品だろ? わかってるわかってる。大丈夫だから泣くなって。やっぱ妹モノはピッタリだよな。すごく上手だったぞ。俺も買いたいくらいだ! ちょっと過激だけどな!」

「あっ、に、兄さん……あの……う、うぅ~……」


 俺が夜雨の前髪をそっと持ち上げて目を合わせると、宝石みたいな夜雨の瞳が露わになってすぐに耳まで真っ赤になっていく。可愛い。


 ――『美空夜雨みそらやう』。中学2年生。俺の義理の妹。


 恥ずかしいという理由で目元を隠す銀髪はサラサラで、人形みたいに綺麗な顔をしている。中二にしてはちょっと小柄な方かもしれないが、その髪色や一部の発育の良さはまひるさん譲りだろう。

 この世界一可愛い俺の妹は大人しく控えめな性格なのだが、意外にも同人音声作品をメインとした声優業をやっている。芸名は『天音よる』。そう、この姉妹はまひるさんのペンネームに倣って自分たちの芸名をつけた。

 夜雨は声の仕事はハキハキと喋ってこなし、演技もすごく上手い。シリアスな作品やアクションだってこなせる。だが一番多いのは、いわゆるR-15のちょっとエッチなやつである。本当はR-18の方にも挑戦したかったらしいが俺が止めた。それは夜雨には早いでしょ!

 さらに驚くべきなのは、動画配信サイトで人気のバーチャルアイドルまでやっていることだ。個人のバーチャルユーチューバー――通称Vtuberというやつである。その配信で深夜まで活動していることが多いらしいのだ。そっちでもASMR配信などをやっていたが、その過激さでBANされたことがある。そりゃあれはなぁ……。


「よしよし。ご飯食べて元気だそうな。ほら、行こう夜雨」

「う、うん……」


 こうして仕事では意外と大胆になる可愛い妹を励ましつつ、リビングに戻る。


 さっきのやつ、ちゃんと発売したらヘッドホンでがっつり聴こう。

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