第三章 遊園地イベントで好感度を上げろ

第11話 ……よしよし、弟くんしかいないよね

 その日から、俺は今まで以上に忙しい生活を送るようになった。

 家族みんなの生活の世話と創作のサポートをしつつ、空いた時間で同人用のオリジナルストーリーを考える。

 トイレの中でも風呂の中でもベッドの中でも空想を続け、スマホやノートパソコンに散文的なメモをして、少しずつ物語に落とし込んでいく。なかなか勉強の時間をとる余裕がなかったから、学校では出来る限り脳を切り替えて勉強に集中していた。といっても、休み時間になるとすぐ創作脳になってしまうわけだが。


「頑張っているね、アサヒ」


 昼休み。さっさとメシを済ませた俺は目の前のノートに集中していた。


「まぁな。うちの家族にがっかりされんのも嫌だし、何より締め切りがあるからな。とにかくネタを絞り出さねぇと……ああ、やっぱこの設定消すか。重すぎるしバランス悪い。同人誌だからページ数も少ないし、もっと気軽に読めるものにして……」


 ぶつぶつ言いながら構成を考える。やはり子どもの頃に考えた話には甘いところが多すぎて修正も大変だ。けど、使えるところも十分にある。単純に好きなことだけを詰め込めた小さい頃の方が、芯を食った創作が出来るのかもしれないな。

 なんて思っていると、ノートの横に俺の好きな『白バラコーヒー』のパックが置かれた。

 顔を上げれば、ハルが同じものを飲みながら手を挙げて自分の席へと戻っていった。

 差し入れ感謝。さて、糖分とって続きやるか――!


 ***


 それから数日が経った日曜日の早朝。

 珍しく俺が起こす前に2階から降りてきた珍しくコスプレ衣装のままじゃないノースリーブ短パン姿の夕姉が、朝一番のコーヒーを優雅に嗜む俺の顔を見て「げっ」と言った。


「うわぁ。なんて顔してんの弟くん」

「朝から弟の顔を見て『げっ』と『うわぁ』はないだろ」

「だってすごいクマできてんじゃーん。また遅くまでネタ考えてたのー?」


 近寄ってきて下から俺の顔を覗き込んでくる夕姉。朝から距離が近いぞ。


「ま、まぁな。ていうかなんで今日はこんな早く起きてるんだ? 普段から目覚ましすらろくに設定もしてないのに」

「別にそういう日だってあっていいでしょ? それより弟くんの方が心配なんだけどー?」 

「ちょっと夜更かししたくらいだから平気だって。やるからには手を抜けないだろ」

「そうはいっても限度があるでしょ限度がー。身体壊しちゃったら意味ないんだよ? 大事な睡眠をおろそかにするなんて、ホント困った弟くんだよねーもう。あ、あたしはホットココアねっ」

「夕姉に言われたくないが。てか顔洗ってこい!」

「りょ~」


 なんてやりとりをしつつ、牛乳を取り出して夕姉のココアを準備する。その間に夕姉は洗面台へと向かっていった。

 あんな金髪でイケイケのギャルみたいな見た目と喋り方をしているのにカフェインに弱く、苦いコーヒーが苦手な夕姉は、基本的にいつも甘めのココアだ。ふん可愛いやつめ。


 そんなことを考えてるうちに洗面台から戻ってきた夕姉がダイニングテーブルにつく。そしてキッチンに立つ俺の作業を眺めながら頬杖をつき、ニマニマしながら足をぶらつかせた。


「もうちょっと待ってな」

「ハーイ。んふっ、なんかこーゆーのって新婚夫婦みたいでいいねぇ」

「なに言ってんだ。てかその場合は逆がいいわ」

「えー朝からあたしをこきつかうってことー? 女にばっかり家事やらせるのってもう時代錯誤だと思いまーす」

「その通りだと思うがそもそもあんたは全然家事せんだろがい!」

「でも好きな人には尽くすタイプだし?」

「尽くしてるとこみたことないからそのときが楽しみだね!」

「それって遠回しにお姉ちゃんを口説いてんの~? なーんてねっ! んじゃ二人でやろうよ。そっちのが新婚ぽいかもよっ」

「なんでそんな新婚感出したいんだよ。てか来てもやることないぞ」

「それはそれでいいじゃん」


 すたっと立ち上がってキッチンに駆け寄ってくる夕姉。


「多めね多め。へへっ」


 そのまま俺の隣にぴたりと寄り添うが、別にココアを作るくらいのことで夕姉の手を借りる必要などまったくない。なので結局やることなく俺の手元を覗いてくるわけだ。やりづれぇ……そんでシャツの胸元の無防備な隙間が気になるのがなんか悔しい。しっかしそばで見ると髪綺麗だなこの人。確か金髪はまひるさんのお母さん譲りなんだっけか。


 そんでレンジに牛乳入りのカップを入れて温めボタンを押す。


「ねぇねぇ弟くん。そんでさー、同人の方はどんなカンジなの? 上手くいってる?」

「んー、まぁ多少は進んでるけど、なかなかなぁ。大まかな流れは決まってても、納得出来るクオリティにならないというか、あっちを直すとこっちがみたいな」

「ふーん。確か、すごい力を持って生まれた男の子が両親に捨てられて、エルフの女の子に拾われて家族になる、みたいなファンタジーだったよね?」

「ああ。ほっこり出来るような話を目指してるんだけど、ページ数も多くないし、まひるさんにイラストを挿れてもらえる場面もちゃんと考えたいしさ」

「そーねー。ケド別に一冊で完結する必要ないし、まずは一区切りつくようなとこで終わっていんじゃない? シリーズ化したっていいんだしさ」

「いきなりシリーズはハードル高ぇなぁ」


 そこでレンチンしたミルクがほどよく温まり、ココアとちょっぴりのハチミツを溶かして義姉に提供する。「ふぁ~ん♥」と蕩けた声で一口目を飲む夕姉は幸せそうなもんだ。ファンシーな『ミィメロ』のキャラクター柄マグカップは小さい頃からのお気に入りらしいが、この人、物持ちはいいんだよな。


 さて、もうすぐ日アサのアイドルアニメが始まるタイミングだ。まひるさんと夜雨が好きなアイドルアニメだから、二人を起こしてこなきゃな。


「んじゃ俺、二人起こしてくるな」

「ふぁーい。――ってやばっ、弟くんちょと待った!」

「んっ?」


 引き留められた俺がそちらを向くと、夕姉はシャツの隙間から胸の間へと長い指を突っ込んで、「んふっ」と色気をつけて笑う。

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