第39話 面倒くさくて可愛い友達

 えびぽてとさんとのお茶を済ませて外に出たとき、既に暗雲は去っていた。

 綺麗な月が煌々とこちらを見下ろしている。


「いや、つい話が弾んじゃって長居しちゃいましたね。コーヒーもめっちゃ美味かったし。あ、時間大丈夫っすか?」

「はい、母には連絡を入れておいたので。それに、父も知っていますから」

「それはそうか」


 思わず笑い出す俺たち。

 あの後で子供の頃に見ていたアニメとか読んでいたラノベとかの話であっという間に時間が過ぎてしまった。どうやら偶然にも俺とえびぽてとさんは同い年だったようで、ジェネレーション的な話題が合ったのだ。おかげで良いリフレッシュになったと思う。良い喫茶店も見つけたしな。


「それじゃあえびぽてとさん――っと」


 そこで俺のスマホが鳴る。メッセージではなく電話だった。

 相手は『まひるさん』。すぐに通話ボタンを押す。


「――まひるさん? すいません連絡してなくって。……あ、はい大丈夫っす。 え? なんで泣きそうなんすか!? いや平気ですから! 埠頭の謎の倉庫に閉じ込められてませんよ! 謎の組織に薬飲まされてもないって! 大丈夫大丈夫! 友達とつい話が弾んでただけで、今すぐ帰ります! 心配かけてごめんなさ――ってうわ夕姉!? 大丈夫だって! あ、夜雨までいるのか!? だーごめん帰るから心配要らないって! つーかみんな今日締め切りだろ!? 俺のことはいいから! じゃあな! ハイハイまた後で!」


 まひるさんだけでなく、途中から夕姉と夜雨の声まで聞こえてきててんやわんやになってしまった。とにかく心配を掛けてしまったようなので早く帰らねば。ああ、お詫びになんか手土産でも買ってくかな。


 そんなことを考えながらスマホをしまった俺を見て、えびぽてとさんがくすくすと上品に笑っていた。


「――あ、ご、ごめんなさい。とっても仲の良いご家族なんだと思いまして」

「はは、血は繋がってないんですけどね」

「え?」

「義理の家族なんです。父が再婚した方の家にお世話になってて。もう離婚済みなんですけどね。しかもその理由がアニメの価値観の違いですよ。めちゃくちゃだよもう」

「そ、そうなのですか。アニメみたいにすごいご事情ですね……!」


「そうなんすよ」と返せば、呆然とまばたきするえびぽてとさん。

 彼女は、それからふっと表情を和らげて言う。


「……あささんは、きっと、ご家族のことがとても好きなのですね」


 俺は、少しだけ驚いてえびぽてとさんの顔を見た。


「本当の家族に血の繋がりも何も関係はないと、私たちはいろいろな作品から教わってきました。あささんがどうして同人活動をやめてしまうのか、詳しい事情は訊けません。きっとそれは、ご家族に関係があることなのですよね」

「えびぽてとさん……」

「あささんのご家族なら、きっとあささんの想いをキチンと受け止めてくれると思います。だから、素直にすべて話してみてもいいのではないでしょうか。もしも私があささんのご家族だったなら……そうしてほしいと、思います」


 ――その通りだと、俺は思った。

 そっか。そうすればいいんだよな。

 あんな風に心配してくれる家族に、俺は何を隠していたんだろう。

 全部言えばいいじゃないか。そうすれば三人だってきっと納得してくれる。同人をやめるやめないの話じゃない。家族とどう向き合うかという話だったんだ。


「ありがとう、えびぽてとさん。そうするよ!」

「はい」


 綺麗に笑うえびぽてとさん。なんだかだいぶ世話になっちゃったな。


 するとそこで、えびぽてとさんが姿勢正しく俺を見る。


「? えびぽてとさん?」

「申し遅れましたが、改めまして。『海老園かいろうえんゆかり』と申します。『えびぽてと』は……そのぅ、プライベートでは恥ずかしいので……ふ、二人きりのときは……その……」


 ほんのり頬を赤らめるえびぽてとさん――いや。


「そっか、わかったよ。でも海老園だと親父さんの方思い出すし、紫さんでいいかな?」

「え? あ、は、はいっ!」

「さっき店でも言いましたけど、俺は美空朝陽です。よかったら遠慮なく朝陽って呼んでください」

「は、ははははい! あ、あさ、あさささっ、朝陽、さん……!」

「そんな緊張しなくても」


 苦笑する俺。わかりやすい人だなぁ。けどまぁ、だからこそ可愛いとも思う。

 えびぽてとさん――改め紫さんは胸元に左手を添えてなにやらぶつぶつとつぶやく。


「ど、どどど、同級生の男の子とお茶をして、連絡先を交換して、なななな名前を呼び、名前を呼んでもらってしまいました……! こ、これは夢? 私は今、現実と妄想の狭間にいるのでしょうか……?」

「いやめっちゃ現実にいますよ。それじゃあ帰りましょう。あ、もう暗くなってますし紫さん家の近くまで送りますよ」

「えっ!?」

「ただ俺自転車だからなぁ、よかったら後ろ乗ります? あーでも今は二人乗りってダメなんだっけか」

「へにゃあぁっ!?」

「うお!? ゆ、紫さん!?」


 また敏感に妙なリアクションをし始めた紫さん。今度はなん……ハッ! し、しまった俺のせいかこれ!


「うわぁぁんダメです! さりげなく送るなんて優しいことしてくれたりあまつさえ自転車の二人乗りだなんてそんな青春の代名詞みたいな行為をしちゃったらもう私は今の私に戻れませんきっと青春の悦びを知って頭はそのことでいっぱいになって同人活動を続けられなくなっちゃいます朝陽さんにはそのご覚悟がおありですかそれならば私はもう私はもう~~~~~~!」

「送るだけでそこまで覚悟することないんですけどぉ!? 紫さんいったん落ち着こう! 今めちゃくちゃ面倒くさいモードですよ! 俺まで恥ずかしくなってくるからやめよう! ほら帰るよ!」

「ご迷惑おかけします面倒な女で申し訳ありません~~~!」


 こうして俺は、新しく出来た面倒くさくて可愛い友達をエスコートしつつめちゃくちゃ目立ちながら帰途につくのであった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る