第六章 創作は人を変える
第29話 次なる目標『サンフェス』
初めてのイベントから数日が経った、5月の半ば。
日差しが気になるようになってきた季節に、家族サークル『美空家』では早速次のイベントに向けての準備を進めていた。というか既に慌てていた。
すべてはまひるさんの鶴の一声である。
「先日はお疲れ様でした~。サークル美空家は、いよいよ『サンフェス』に参加しますよ~♪ 開催日は6月下旬。スケジュールにあまり余裕がないので、気合いを入れていきましょう~! えいえいえーい♪」
『ええーっ!?』
と同じ反応をした俺と夕姉と夜雨。
当然である。『サンシャインフェスタ』――通称『サンフェス』は長い歴史のある有名なオールジャンルの同人誌即売会だ。夏と冬に開かれる最大規模の『コミマ』ほどではないが、池袋の会場規模はかなり大きく、以前よりもずっと多くの人が訪れるイベントである。サンフェスはコスプレでも有名であり、夕姉が小学生の頃にコスプレイヤーとしてデビューしたのもここだったのだとか。
俺は慌てながら言った。
「いやいやまひるさんっ、だ、だってその規模になると相当前から申し込みしとかないとですよね!? 俺たち、春にサークル作ったばっかりなのに――」
「うふふ。家族でこうして同人活動するのが夢だったから、実は冬には既に申し込んでいたんですよ~♪ 今回は全サークル当選でよかったです~♪」
「マジっすか!? そんな前から着々と準備を!?」
「あーハイハイぜんぶわかった! ママ、だから急に自分から同人やろうって言い出したワケね! サークル名だって決められてたし、最初からこうするつもりだったんでしょ。んもー、ママって意外とゴーインでワガママなとこあるんだよね~。結婚の発表だっていきなりだったしさ」
「で、でも、そうなると、あ、あまり時間、ないよ? 兄さんが、すごく、がんばらなきゃ、いけなくなっちゃう……」
夜雨の心配そうなつぶやきと共に、家族の視線が俺へと注がれる。
まひるさんが俺の手を取ってニッコリ微笑んだ。
「ありゃりゃ。こりゃもう逃げられないねー弟くん。んじゃ、次こそ完成させないとじゃん!」
「に、兄さん……夜雨も、お、お手伝い、するからね……?」
「朝陽ちゃん~。家族みんなで、協力しあってがんばろうね~♪」
「は、はいっす……」
思わず返事をしてしまった俺。
次のイベントはもうちょっと先だろうと高をくくっていた俺はこうして尻を叩かれ、再び締め切り地獄に悩まされることになってしまうのだった――。
****
「ずいぶんやる気だね、アサヒ」
高校での昼食時。
今日は屋上庭園でいつものようにハルとメシを食っていた俺。うちの高校は屋上にちょっとした菜園があり、生徒たちの休憩スペースとして自由に使うことが出来るため、昼食時には割と多くの生徒が来る。夏が近づいて天気も良いから、外に出たいヤツも多いんだろう。
そんな明るい日差しの元で、未だに完成していない自分の原稿――を打っているスマホの暗い画面を眺めながら俺はうなっていた。
「そりゃあなぁ。だって次はあのサンフェスだぜ? 規模が前回よりずっとデカいし、締め切りもあと二週間ちょっとしかないんだぞ。それまでに完成させなきゃいけないんだが……ああー!」
ベンチの背もたれに寄りかかって頭を後ろにだらんとさせる。そんな俺を見てハルが笑っていた。
前回のイベントに参加した影響だろうか、確かにやる気はある。創作意欲は高まっていて、今度こそちゃんと本を完成させたいという思いがある。しかしやる気とは裏腹に原稿は進まない。残すはクライマックスのオチだけなのに、意欲だけが空回りしてしまっている状態だ。
自分が納得出来る作品。そして同人誌を買ってくれる人に満足してもらえる作品にするにはどうすればいいのか――。
ハルが白バラコーヒーを嗜んで言う。
「けどさ、ハッピーエンドになることは決まっているんだろう? そこまで悩むことがあるのかい?」
「いやまぁそうなんだけどな……」
ハルの言うとおり、『星導のルルゥ』はハッピーエンドである。
初めての同人誌でバッドエンドなんて書く勇気はないし、そもそも俺の趣味ではない。より多くの人に楽しんでもらいたいということを考えれば、ハッピー一択であることは間違いないのだが……。
俺は自分の考えを話す。
「ハッピーエンドだっていろんな形があるだろ? 主人公やヒロインにとって、読者にとって何が一番ハッピーで収まりがいいのかわかんねぇんだよな。たとえば去年の『フェリアルプラネット』だって解釈難しいだろ」
パッと思いついた直近アニメのネタを振ると、ハルはすぐに「ああ、冬アニメだね」と返してくる。
「よく覚えてるよ。ヒロインのアイリが主人公コウの地球を守るために無茶をして、そんなアイリを助けるためにコウがフェリアルプラネットに同化して消えてしまった。アイリは自分の星に帰る唯一のチャンスを捨て、何年も掛けてプラネットの意識に自身のフェリアル体で入り込み、コウを取り戻した。けどコウはアイリに関する記憶をすべて失っていた。アイリはそれでもコウが帰ってきてくれたことを喜び、コウが最後に何かを喋ってアイリが笑う――って終わり方だったね」
「そうそう。俺はコウがアイリの名前を呼んだんじゃないかって思うけど、たとえ記憶が戻っても結局アイリはあのままじゃ地球に長居出来ないし、元の星にも二度と帰れない。まぁ二期とかあればまた変わるのかもしれないけど、あれも本当のハッピーエンドと言えるのかってさ。そんな感じで悩んでるんだよ」
「なるほどね。読ませてもらえれば僕も何かアドバイス出来るかもしれないけど、それはダメなんだろ?」
「お前はダメ。俺が納得してないものをハルに読ませたくないからな。プレビュー版も読ませてやらん」
「意固地だなぁ。こっそりイベントへ買いに行けば良かったよ」
苦笑するハル。来るなと言ったのは俺だが、こいつは来るヤツだからこそ釘を刺しておいたのだ。
「それでどうするんだい? ご家族は自由にやってって言ってくれたんだろ?」
「その自由ってのがなぁ。むしろダメ出ししてくれた方が訂正考えやすいっていうか」
「ははは。ならSNSの反応でも見てみたらどうだい? イベントは結構盛り上がったんだろ? 参考になる意見があるかもしれないよ」
「そりゃ気にはなるけどさぁ。そういうの見て書けなくなった人の話とか聞くととてもエゴサする勇気なんて俺にはねぇよ」
「じゃあ僕がするよ。――ほら、検索したら結構出てきたよ」
「マジかよ怖え……!」
俺はおそるおそるハルのスマホ画面を見せてもらうと……
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