第30話 不意打ち王子

 『ギャプ・ロスの精 救出チーム』が結成されたその頃、サラは自室で一人机に向かっていた。


 机にはA4サイズくらいの紙が広げられている。紙の左上には日本語で『現状把握と課題、その対応策について』と題名があり、その下にびっしりと箇条書きで現状把握と問題点、コメントが書かれていた。


 マシロは昔から、物事に行き詰まると紙に書き出し『見える化』することで、頭の整理をするのが習慣になっていた。


 ※現状把握と問題点


 1.救出方法 → 買取る←お金がない! or 地下牢からの脱出 or その他 

 2.場所 → 地下牢。奴隷商人に見つかる可能性大。

 3.時間 → 売られるまで時間がない。数日から数週間?←要確認!

 4.奴隷契約 → 解除 or 信頼できる人と契約 →できれば奴隷商人から手を切りたい

 5.封魔 → 魔力が暴走すると大事故。封魔は必要。奴隷商人が必要? 聖女の力で可能?

 6.使える魔法 → 現在、初級の精霊魔法(火、水、風、土、光、闇)と、空間魔法(小) → 回復魔法と聖魔法は必須? 転移も欲しい ← 今の自分で可能か?


 更にその下には、『※新魔法を習得するにあたって』と書かれており、魔法習得に必要な魔力をポイント化して、サラの経験と書物から得た知識で割り出した概算が並べられている。


 ※新魔法を習得するにあたって


  現在の所持ポイント   推定100,000

  過去の消費ポイント    推定 10,000


【新魔法の習得にかかる推定ポイント】


  魔王討伐用魔法   800,000  ←あと70万不足!


 〇ロイの魔を封じるのに必要な聖魔法   30,000  ←必須!

  致死レベルの怪我を治すのに必要な治癒魔法  80,000

 〇1人分の転移魔法   15,000  ←これも必須!

  2人分の転移魔法   80,000  ←欲しいけど無理!

  上級精霊魔法 攻撃   15,000


 通常、魔力を数値化することはないが、魔王討伐にはそれなりの大魔法を編み出す必要があり、そのためには闇雲に欲しい魔法を覚えるのではなく、取捨選択する必要があった。


 個人が持てる魔力は無限ではない。


 そこでサラは魔力をポイント化して、無駄使いをしないよう気を使ってきたのだ。


 普通の魔術師の最大値は、サラの見立てによると3000ポイントくらいだ。


 初級の精霊魔法を覚えるのに必要なポイントが1,000ポイント、中級で5,000ポイント、上級で15000ポイントとすると、普通の魔術師は初級は覚えることが出来るが、中級以上は覚えられないことになる。


 ポイントは一度使っても、普通に生活していれば地道に回復するし、魔物を倒して得られる魔石を飲み込むことで一気に回復することができる。


 しかし、最大値は生まれた時からある程度決まっており、特殊な例を除き増えることはない。いわゆる『魔力容量』は生まれつき決まっているのだ。


 したがって、普通の魔術師は努力次第で複数の初級魔法を習得することはできるが、どんなに頑張っても絶対量が足りず中級以上の魔法は使うことが出来ないのだ。(属性の相性もあるので、例外は存在する)


 人間の場合、普通の魔術師を3,000とした場合、一般人の魔力量の最大値が200ポイント、中級で10,000、『鬼』や『梟』といった上級の魔術師で20,000から100,000くらいが目安であろうか。


 ちなみに、エルフの場合は、一般で20,000、上級者では100,000から300,000くらいであり、リュークは500,000、リーンやサラは800,000とサラは見積もっている。(あくまでサラの独断と偏見で決めた数値であるため、信頼性はゼロに等しい)


 もっとも、最大値はあくまでも器の大きさであり、そこにどれくらいのポイントを貯めることが出来るかは、本人次第だ。


 サラの予定では、進学する12歳以降に冒険者に交ざって魔物を討伐し、一気にポイントを稼ぐつもりでいたため、今はまだ、器の1/8程度しか溜まっていない。


 そこでサラは悩みに悩んで『ロイの魔を封じるのに必要な聖魔法』と『1人分の転移魔法』を覚えることにした。


 魔法は、一度でもその魔法を発動することが出来れば習得したとみなされる。


『ロイの魔を封じるのに必要な聖魔法』はぶっつけ本番で臨むしかないので、本番までにじっくりイメージトレーニングをするとして、転移魔法は練習が可能だ。魔法の習得方法は書物を熟読して頭に入っている。


(シズが帰ってくる前に、行って、戻らないと)


 もう一度、ロイに会うつもりだった。


 サラはメモをクルクル丸めて空間魔法で収納すると、冷え切った紅茶を一気に飲み干した。


「よし……!」

「何が『よし』なのですか?」

「きゃあ!」


 急に背後から声を掛けられ、サラは悲鳴を上げた。そして、振り返った先に立つ者を見て、二度悲鳴を上げそうになる。


「ゆゆゆゆゆゆゆ」

「ゆ?」

「ユーティス様!?」


 王子だった。


 昨日は下級貴族を意識した地味目のファッションだったが、今日は第一王子として相応しい装いであり、片手に薄桃色のバラの花束を抱えている。昨日に増して、キラキラ具合が半端ない。どこかからライトで照らしているのではないかと、本気で疑うレベルの輝かしさだ。


「あなたも僕が王子だと知っていたのですね」

「どどどうしてこちらに?」


 色んな意味でサラは動揺が隠せないでいる。


「どうしても、あなたにまた会いたくて。探してもらったんです。まさかパルマのご友人だとは思っていなかったけれど」


 そう言うと、ユーティスは自然な流れでサラの手を取った。


「ひゃあ!」

「そんなに怖がらないで?」


 ユーティスはくすりと微笑んだ。サラは手を引っ込めてもいいものか判断がつかず、握られたままになっている。


「昨日は申し訳ないことをしました。伯爵令嬢とはいえ、まだ、ああいう挨拶に慣れてはいなかったのでしょう?」

「ひゃい」

「ふふ。何と可憐な」


 ユーティスはサラの手をゆっくりと口元に近づけていく。


「ふひい!」


 サラは耐えきれずに、目をぎゅっと閉じた。言語がだんだんオークっぽくなっている。


 かさっ、と覚悟していた感触とは違う感覚がサラの手に触れた。


「これをあなたに渡したかったんです」

「ぶひっ……あ、バラの……」


 ずしりと重たいバラの花束を、サラは片手で支えることが出来ず両手で抱きしめるように受け取った。小柄なサラは、バラに顔が埋もれた。顔が紅いので隠すのにちょうどいい。


「いい匂い……」

「あなたの髪の色と同じ花を選びました。気に入ってくれましたか?」

「はい! ありがとうございます。とても、綺麗!」


 頬を染めて満面の笑みを浮かべるサラに、ユーティスも煌めきながら微笑み返す。


「また、キスされると思った?」

「な……!」


 かあっと顔が紅くなる。


「からかわないでください! 私、ユーティス様と違ってこういうことは苦手なんです!」

「こういうことって、こういうこと?」

「ひゃあああああああああああああ!」


 サラの両手がふさがっているのを良いことに、ユーティスは花束ごと抱えこむように正面からサラの背中に手を回した。


「ギブギブギブギブギブギブ!」

「ぷっ!」


 花束に顔を埋めて必死に何かに抵抗するサラに、ユーティスは吹き出した。サラの初心さが愛らしかったからで、決してブギブギ鳴いていたからではない。


「あはは! すまない。いえ、すみませんでした。あなたが可愛くて」


 一瞬、素らしい笑いが出ていたが、すぐに取り繕ってユーティスは優雅にお辞儀をした。


「からかうなんて、ひどいです! だいたい、婦女子の部屋に勝手に入ってくるなんて、高貴な方のなさることではありません!」


 サラは精一杯怖い顔でユーティスを睨んだ。


「怒った顔も、天使」


 逆効果だった。


「ちゃんとノックしましたよ? 返事がないので待っていたら、あちらの侍女が入れてくれました」

「アマネ!?」


 アマネは立ったまま寝たふりをしている。


「アマネエエ!?」

「あはははは!」


 思わず二度見したサラに、耐えられずにユーティスは笑った。優雅ではなかったが、こちらの方がユーティスらしいとサラは思った。


(腹立つけど……!)


 本来のユーティスは俺様系の清々しいドSなのだ。


 ひとしきり腹を抱えて笑った後、ユーティスは涙を拭って呼吸を整えた。


「申し訳ない。見苦しい姿を見せてしまいました」

「こちらこそ、失礼をいたしました」


 サラは頭を下げた。一応、向こうは一国の王子だ。


「昨日、あなたを奴隷商人の屋敷で見ました」


 いきなり本題に入った王子の言葉に、サラの体はびくりと反応した。油断していた。


「やはり……あの半魔の男を知っているのですね?」


 背筋が冷たくなる。ユーティスを巻き込むには危険が大きい。


「それは……言えません」

「そうですか。言いたくないなら、構いません。……ですが」


 ユーティスは片膝を突いて、サラの手を取った。


「悪い予感がします。あなたは関わるべきではない」


 真剣なまなざしが、彼が本心から言っていることを語っている。


「今、私の配下も動いています。悪いようにはしませんから、どうか、無茶はしないでください」


 ユーティスはサラの手の甲に、祈るように口づけをした。


「今日は、それを言いに来たのです。……では、また」


 すっと立ち上がると、ユーティスは優雅に部屋を去った。



 手の甲が熱い。


 ―――ロイの元に、行きそびれてしまった……。

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